ルーキーバトル・オブ・エクレアに参加登録して、5日が過ぎた。
でも結局、修行相手が決まらなかったアタシは、今日も街をぶらぶらしている。
「クレアちゃんよかったの? 手空いてるとき手伝うわよ?」
「いやいいよ、流石に悪いって」
訓練をみてくれる相手が決まったらしいセルマが声をかけてくれたけれど、それじゃ多分迷惑になるし、何より他のヤツと差をつけることができない。
でも一ヶ月つきっきりで訓練に付き合ってくれる強いヤツなんて、そう簡単に転がっているわけがない。
そもそも、入隊一年もしないぺーぺーの知り合いに、そんな都合のいいコーチがいるはずないんだ。
その点、セルマもスピカもうまくやってるみたいだし、こないだから行方の分からないエリアルだって、遊んでる訳じゃないと思う。
なんだか、自分だけ置いていかれてるみたいで、やるせない。
「くそっ!」
イヤ気が刺して裏路地に落ちてたジュース類の空き瓶を蹴飛ばすと、イヤにいい音をたてて割れた。
瓶のオレンジ色がそこらじゅうに散乱して、裏路地の辺り一帯が鈍く光る。
アタシはなにやってんだよ、と自分に言いたくなって割れた欠片をぐしゃぐしゃと踏んだ。
「ん? んんん? なんだこれ?」
アタシは違和感を覚えて、さらに空き瓶を踏み潰す。
すると、中から長方形の板が出てきた。
瓶の口からでは、絶対に入らない大きさだ。
「これ、なかに入ってたのか……?」
空だと思った瓶の中に意味深に込められた板。
そこには、少々雑な字でたった一文。
「〈ツヨクナリタイセンシサマ、ダイボシュー〉? なんだこれ?」
何か、新手の宗教勧誘だろうか。それとも何かのイタズラか?
でも、それにしてはなんだか意味深すぎる。
そしてその板をよく見て見ると、裏に地図が描いてあった。
「ここに行けば、強くなれるってことかよ……?」
なんだか、眉唾物の怪しい話この上ない。
信じていいのかイケないのか──でもアタシには、こういう話を相談できる相手も、今はみんな修行で出払っていた。
「うーん……」
でも、もしこれが本当だとしたらこんな幸運はない。
ちょうどアタシが強くなりたいところに、強くなりたい人間を募集してるのんだから、ちょうどいいことこの上ない。
例えこれが何かの詐欺だとしても、すぐに逃げればいいし、なにより今のアタシには、他の奴らに引き離されているかもしれないこの時間がもったなかった。
「仕方ねぇ、行ってみるか」
そう呟いて、板の裏に刻まれた地図に、心当たりのある場所を思い浮かべる。
「うーん、どこだ──ってここじゃねぇか!?」
よく見ると目と鼻の先に、その地図の建物があった。
見た目ボロいビルという感じだけれど、地図と照らし合わせると間違いない。
そしてビルには一枚、ボロい看板が出ていた。
「え、『エリアル研究所エクレア支部』??」
エリアルって、あのエリアルか??
※ ※ ※ ※ ※
「たのもー!」
薄汚れた外見のビル、でも見た目に反してエントランスはとても清潔感があった。
白い壁に、白い床に、おしゃれな植物まで置いてある。
なんだか清潔すぎて、外から突然別世界に来てしまった気さえしてくる。
それに、ここは研究所らしいのに、エントランスには誰も迎え入れてくれる従業員がいなかった。
「ったくなんだよここ、空き家か?」
「そんなわけないじゃろ」
「うわっ!?」
突然声をかけられ、飛び上がるほど驚く。
みると、すぐ真上から長い髭を蓄えた白衣のジジイはが、天井から顔を出していた。
「って、なんだ天井に穴が空いてるのか……」
「何をしてるんじゃ貴様。ここは貴様のような小娘が来るような所ではないぞ」
シッシと手を振ってから、ジジイは顔を引っ込めてしまった。
アタシは慌ててそれを追いかける。
「おい待てよジジイ!」
「うぎゃっ!?」
アタシが天井の穴までジャンプで手を伸ばしてそのまま2階に上がると、今度はジジイが腰を抜かして驚いた。ザマアミロ。
「ききき、貴様ただの小娘ではないな!? なんの用だ、言うてみい」
「なんの用って、アタシは──ウワここ汚ねぇな!!」
2階は、1階とはうって変わって、よく分からない機械や植物なんかが乱雑に置かれている、いわばゴミ屋敷だった。
1階と壁や電灯なんかの作りは同じみたいだけれど、随分と扱いに差がある。
「なんなんじゃ貴様、人を捕まえて汚いだの掃除しろだの!!」
「いや、掃除しろとは言ってねぇよ。
アタシはエクレア軍のクレア・パトリスだよ」
「はぁ、なんじゃそう言うことか……」
その言葉を聞いて、ジジイは急に興味を失ったようにため息をついた。
なんかムカつく言い回しだ。
「な、なんなんだよ。アタシまだなんも言ってねぇだろ!?」
「おおかた八つ当たりで
バレてた、しかも掃除のおまけ付きらしい。
「って、そうだ! アタシ強くなりてぇんだ!
あの板どう言うことだよ!?」
「それは本人に聞くんじゃな。テオ、客だぞ」
「ふへぇ~??」
「にゅわっ!? ビックリしたっ!」
思わず変な声が出てしまうほど驚いた。
近くの瓦礫から、間延びした声をあげて少女が飛び出してきたからだ。
スピカより薄いピンクの髪に青い目。
年は多分、6歳くらいだろうか。
テオと呼ばれたそのガキは、アタシの元にテトテトと寄ってきて深々とお辞儀をした。
「お客しゃん、テオはテオっていいましゅ、しゅきな食べ物はケーキでしゅ。
今後とも、しゅえながくよろちく」
「はぁ、よろち──よろしく……?」
舌足らずな言い回しと、眠そうな表情。
さっきまで寝ていたみたいだから当然だけれど。
「なんなんだよ、〈ツヨクナリタイヒトダイボシュー〉って、あの板お前のいたずらか?」
「いたずらじゃないでしゅ。まじめでしゅ」
そう言いながら、テオはその辺にほっぽり出してあった白衣を羽織った。
でも、どう見ても大人用のそれはこのガキにとっては大きすぎたみたいで、袖が半分以上足りていない。
必死に腕まくりしてるけれど、多分無理だと思うぞ────
「だめでしゅ。切れたでしゅ。お客しゃん、甘いものくだしゃい」
「おおおおい、なんだよ……!?」
テオはブカブカの白衣のまま、アタシに抱きついてきた。
子供独特の匂いが鼻について、アタシは怒鳴る。子供は嫌いなんだわ。
「おいそこの髭の保護者! あれはこいつのイタズラなんだろ!? 何とかしろよ!!」
「ん──? ワシゃそいつの保護者じゃない。
まぁ、何とかしたいなら、試しにケーキでも渡してやったらどうだ」
「はぁ? なんでアタシが、やだよ!!」
しかし、それでもテオはアタシにぎゅうぎゅうとしがみついて離れない。
「かえっちゃやーや! やーや! あーまーいーもーーんーー!」
「あーんもう!」
アタシはポケットから包装された飴玉をひとつ渡した。
テオはそれを見るなり、パーっと目を輝かせる。
「いいの!?」
「あーいいから、食べていいから離してくれ」
さっきの板がコイツのイタズラなら、そんなものに付き合ってる暇はない。
こんなことならさっさと訓練場に行って、適当なやつに勝負でも仕掛けた方がまだましだ。
「あーん」
「あーんて、食べさせろってことか? お前自分で食べろよ」
「あーん!!」
なんで食べさせてほしいのか分からないけれど、どうやら口に放り込むまでは動かないらしい。
アタシは仕方なく、大口を開けるテオの口にミントの飴を転がした。これだから子供は嫌いなんだ。
「わー、ミントミント!! キライ!!」
「人からもらって文句言うな!
おいジジイ、こんなとこにこんなガキ置いといていいのかよ!!」
「いーんだ。ほらテオ、飴もらったならしっかりお礼言いなさい」
「おねーちゃんありがと!」
テオは、その場でご機嫌そうにピョンピョンと跳ねた。
「じゃあアタシ帰るから離してくんね?」
「ちょっと──待ちやがれ、もう少しってのが分からんのかねぇ?」
「帰るって言って──は?」
一瞬、誰が返答したか分からなかった。
ジジイに目線を送るが、彼は何か細かい作業をしているようで、全くこちらに興味を示していない。
「ちげーよ、俺様だよ俺様」
「って、お前……」
声のする方へ目線をたどるとテオがさっきとはうって代わり、こちらを冷たい目で見ていた。
「よーし、ようやく頭が回って来たじゃねぇか。
全くオ
「あ、甘味? テオ何言って────」
「あー、もう一度名乗るのかよ……?」
テオは面倒くさそうに頭をポリポリ掻きながら、さっきと同じ言葉を同じ声で答えた。
「俺様はエリアル研究所エクレアラボ副所長、テオ・ボイエット。
固有能力は【スイート・ジーニアス】、6歳独身彼氏なし、今後ともよろしくお願いしますな、
いや、ガキんちょはお前だろ。