結局、リアレさんは私に何かを教えることもなく、そのまま再び最前線へと旅立っていた。
私を置いて、私を置いて、かわいい後輩である私を置いて。
「あああぁぁぁっ……リアレっ、さぁぁぁんっ……」
「嬢ちゃん、オレらじゃそんなにショックか?」
そりゃあ、教えるのには明らかに向いていない3人組だ。
しかも当たる任務当たる任務全てが酷い結末なのだから、彼らに習ってしまったらどうなるか知れたもんじゃない。
実力も実績もあるのに、3人が未だに新人の教官にあてがわれていないのがその証拠だろう。
「リアレさん……リアレさん……いつでも来いって言ってくれたのに……」
「テイラーちゃん、そこまで言われると僕らも流石にショックだよ」
「なんだ? 若いイケメンが良かったってか?
ガハハ、オメーもしかしてリアレに気があるのか──おいそんな目で睨むなよ悪かったから……」
そういう冗談は、本当にやめてほしい。
セルマは私がリアレさんと修行することは許してくれたが、心の中には大きな葛藤があっただろうし、内心快く思わないのも当然だ。
そんな中で私とリアレさんの熱愛報道とかバカみたいな情報が流れたらどうなるか。最悪、死人が出る。
※ ※ ※ ※ ※
「なぁ嬢ちゃん、諦めろって。リアレはもういないんだよ……」
「いいヤツだったんだけどね……」
「オレたちの──心の中にいる」
「いや、なんでわざわざ死んだみたいに言うんですか」
で、なぜ実力があるこの3人に私が教えを乞うのが嫌なのかというと、この人たちがその実力を持ってしても有り余るほどのろくでなしだからだ。
「ろくでなしってヒドイな……」
街であまりいい噂を聞かない3人、ジョノワさんの姪であるイスカは、親戚であるということを隠したがっていた。
しかもこの人たちが関わると、事件の成功率はほぼ100%でも、そのあとの被害が比べ物にならないくらい大きかったりする。
こないだの事件でも、ミューズの漁業組合会長がこの3人捕まったおかげで、一時期お魚が宝石のように高額になっていた。
最近ようやくミューズでも新しい会長の元漁業の再開をしているらしいけれど、やはり魚類の値段の高さは否めない。
「なぁ嬢ちゃん、そんな俺たちを邪険にするなって」
「傷つく──悲しい」
「ほら、僕らのリーダーは心がガラスなんだ。
大の大人なのにそういうストレスに全く耐性がないんだよかわいそうだろ?」
「えぇ……」
どうする、このままでは流れに負けてしまいそうだ。
とても申し訳ないけれど、ここは正々堂々、トンズラここうか────
「おっ、かわいい子はっけーん。おーい」
ダメだ、出入り口の一つはジョノワさんが塞いでいた。
呑気に通りすがりの女の子に声をかけている。
なら、もう一つの扉────
「よっ、ほっ!!」
は、その前でエッソさんが体操中だった。
なぜか突然扉の前で体操を始めたのだ。
「おーい、元気ぃー?」
「やっ、そっ!」
どうやら、部屋にある2つの扉はおっさん2人がいるせいで使えないようだ。
しかしここは幸いにも2階。かくなる上は窓から飛び出してでも────
「空が──キレイだな」
そして窓は、リーダーのライルさんが塞いでいた。
わざとらしく天気を見ながら独り言を言っている。
ちなみに今日の天気は曇り、彼の目はどこについているんだろう。
「フフフフフ」
「ガハハハ!」
「ハァ──ハハハ……」
おっさん達のわざとらしい笑い声が、部屋のなかに響く。
もしかして、私囲まれているのか?
まさかと思ったけれど、先程から天井の換気扇のスミになにやら黒い影がチラチラ動いている。
多分ライルさんの相棒、影に忍び込むことの出来る精霊、“シャドウ・ピューマ”のミーがあそこで待ち構えているんだろう。
まさか、あんなところまでガードされてるなんて。
「フフフフフ」
「ガハハハ!」
「ハァ──ハハハ……」
なんて汚ないおっさん達────
※ ※ ※ ※ ※
まぁ、リアレさんはいなくなってしまったけれど、私に訓練をつけてくれる人はこの3人以外から選べばいいか。
とりあえずこの人たちには、アデク隊長からサインをもらえるように取り計らってもらおう。
「まぁまず私、アデク隊長から許可もらえてないので、それをとりあえずなんとかしてほしくて……」
私が(建前上)おずおずと要求を伝えると、窓の外を眺めていたリーダーのライルさんが懐から一枚封筒を取り出して私に渡した。
「ほらこれ──うっぷ」
「え、ライルさんこれなんですか? てかなんで気持ち悪そうなんですか……」
「開けてみたらいいよ」
ジョノワさんに促されて封筒を開けると、中には紙が2枚はいっていた。
そのうちの1枚は────
「研修期間の用紙……」
「これが──ほしかったんだろうっぷ」
しかもアデク隊長のサインまでしてある完成品だ。
そうだ、私にはこれが必要だった。
でもなぜ要求を伝えお願いする前に、すでにこの人たちが持っているのだろう。
「昨日リアレから聞いて、先にリーダーがアデクにサインをもらいに行ったんだよ」
「リーダー頑張ったんだぜ? 酒強くないくせに、アデクと飲み対決してなんとか勝って手にいれたんだ」
「えぇ……」
ありがたいと言えばありがたいが、私の未来が酒飲みたちに委ねられていたと思うと、なんとも嫌な気分になる。
というか、だからライルさんはさっきから吐きそうな声をあげていたのか。いわゆる二日酔いだ。
「後継者のためだ──安いもんさ……」
「いや、【快傑の三銃士】の後継はしませんからね?」
まだあの話、諦めていなかったのか。
私はちゃんと断ったはずなのに、しつこい人たちだ。
「まぁ、それとこれとは特別に話が別でいいさ。
今回は優しい優しい優しい優しいおじさんたちが、なんと大大大サービスで君に修行をつけてあげると言ってるんだ」
うわぁ恩着せがましい。
「まぁありがたい話ですけれど、そこまでしていただいたんじゃ申し訳ないんで訓練は別の方にお願いを────」
「じゃあこれはいらないね、せーの」
「あーあー、ごめんなさいっ」
私の名前が書いた研修期間の用紙を、容赦なく破ろうとするジョノワさんを私は慌てて止めた。
アデク隊長の事だ、彼らからもらえなかったらもう一枚、はできないだろう。
「分かりましたよ、どうぞよろしくお願いしますから……」
「決まり──だな」
なんか体よく騙された気がする。
そういえばリアレさんは私と彼らが初対面だとおもってたみたいだけど、そのせいでとんだ迷惑な目に遭った。
次会ったとき絶対嫌みのひとつでもいってやろう。
「そういえば嬢ちゃん、封筒にもう一枚紙がはいってるぜ」
「えー、ほんとですね。どれどれ」
そこには、アデク隊長の文字で手紙が書かれていた。
手紙と言っても、メモに近い。
字のきれいなアデク隊長には珍しく、震える文字で
「〈オボエテロ〉って怖いんですけどなにこれ……」
「あー、あいつも相当酔ってたからね。
その上飲み比べで負けて、君に腹が立ったんだろう」
「な、なんですかそれ逆恨みもいいところ────て言うか、無理矢理飲ませた3人が怒られてくださいよ」
「「「ふへへへへ」」」
【伝説の戦士】に対してもパワハラモラハラの止まらないおじさん3人は、呑気に笑っている。
この人たちに任せて、果たして私は強くなれるのだろうか────
「まぁ、精霊との事なんかを教えたり、戦い方についてアドバイスしたりってことについては心配しなくていいぜ?」
「君も僕たちの強さは何となく分かるだろ?」
「まぁ、はい。そこは信頼してますよ……」
以前、50人以上いる海賊の集団を、たった3人で全滅させてしまったほどの戦闘力を、私は目の当たりにしている。
3人が3人とも、戦闘だけなら軍の国の幹部たちにも引けをとらない実力者だ。
それに対して文句を言える立場にないことは、私も重々承知している。
「それに、僕らは全員が精霊と契約しているし“精霊天衣”も出来る。少しは役に立てるはずさ」
「え、そうだったんですか?」
てっきり、契約してるのは“シャドウ・ピューマ”がパートナーのライルさんだけだと思っていた。
少なくとも海賊船で戦ったときは、2人とも精霊の姿は近くになかった。
「ガハハ! あんな船の上じゃオレらの精霊は使うまでもなかったわけだ!」
「まぁ、人に教えるのは久しぶりだけどね。
アデクやリアレやカレンに、“精霊天衣”を教えたとき以来かな?」
「あの人たちも皆さんに教わってたんですね────」
一応過去に実績があるので、リアレさんは私に紹介しようと思ったのかもしれない。
しかしここ一番でそれを聞いても、私は彼らを信用できなかった。
「なんで3人を教えたんですか? あの人たちの先生は?」
「あいつらの隊長だったやつは、精霊と契約してなかったからな」
「頼まれたんだ──だから教えた」
まぁ、本人たちの言葉を信用するのは危険だけれど、自称実績は申し分ない、というか嘘でないのならまぁ頼るのもひとつの手かもしれない。不本意ながら。
「なんでそこまで嫌がるの」
「私を変な団体に入団させようとするからです────」
「【汚いおっさん三銃士】のことか? どこが変な団体なんだよ!!」
まずネーミングからして入りたくなるようなものじゃない。
多分私は相当頑張らないと、その汚いおっさんとやらにはなれないだろう。
そもそもそんな呼ばれ方してないし。
でもまぁ、リアレさんを最初に信用したのは私だ、ここで断っては彼の顔も立たないだろう。
私はため息をつきたいのをこらえて、3人に深く頭を下げた。
「これから、よろしくお願い、いたし、ます……」
その一言を合図に、それから1ヶ月に及ぶ【怪傑の三銃士】による長い長い修行の日々が始まった。
そしてその日を境に、首都エクレアから私エリアルと相棒のきーさんが、所在不明となる。