第112話 廃墟

三番街の教会。

一番街の路地から入っていって、

がらくた横町とは逆の方向にある。

植物に覆われかかっている、

半ば廃墟の教会だ。


そこに、罪の告白をしている女がいた。

女だという事はわかる。

しかし、存在が曖昧だ。

女はいる。

しかし、情報が希薄な感じだ。


女は朽ちかけた十字架の下で跪いていた。

そして、自分の情報を消し去ろうとしていた。

そして、自分であることを消しきれないと気がつくと、

女は涙を流した。

苦しくて、涙を流した。


「どうして…」

廃墟の教会で女は涙を流す。


「あなたがあなたであるからですよ」

不意に入口から声。

女が振り返ると、

そこには、黄色いサロペットに黒いシャツ。

金髪の耳あたりまでの髪、前髪だけ黒く触覚のようにのばしている。

斜陽街の螺子師がいた。


「がらくた横丁から出る時、よくあなたを見るんですよ。これで何度目ですか?」

「何度でも…情報を全て捨て去るまで…」

「見たところ、それは無理なようです」

螺子師は断言した。

「どうして…」

「あなたはあなたであるから、そして、あなたはあなただけではないからです」

螺子師は女の腹を指差す。

「あなただけではない」

女が腹に手をあてる。

「…いのち…」

「そう、命があります」

螺子師は頷く。

女はうなだれる。

「また、重荷を背負わせることに…」

「あなたはあなたであるから。あなたも命も一人ではないから」

「一人じゃない…」

「そう、あなたが悔いているのなら、命のために、あなたでいてください」

「重荷を背負わせたら…」

「心配しているなら、重荷をあなたも背負えばいい。一人じゃないんです。命もあなたも」


螺子師が女の螺子を締める。

少し、女に気力が戻ったようだった。

涙の跡は残っていたけれど。


「…もう、行きます」

女が言う。

「この命が、生まれてよかったと思える場所を探しに…」

女はそう言うと、廃墟の教会を出ていった。


「あなたがですか?命がですか?どちらもですか?」

螺子師は女の背に小さく問い掛ける。

答えはなかったが、

幸せは多い方がいいと思い、

螺子師も教会をあとにした。