第68話 邂逅

廃ビルから出ていった男は、

…正確には、ただの男ではなかった。

毒蜜に長い事浸けられていたにもかかわらず、

『境界の蝶々』に蜜を残らず吸い取られただけで、

ふらふらとではあるが、歩けるまで回復しているのだから。

姿も、毒蜜に浸けられていた頃は、

醜く爛れていたのに、

これもまた回復しているのか、

男らしい、凛々しい姿になっている。


彼は目指しているところがあった。

つかみかけた、彼女の元へ。


彼は慣れない斜陽街に迷いながら、

剥き出しの配管に足を取られたりした。

猫のしっぽをふんずけたりした。

そうして、番外地の神屋跡にやってきた。


神屋跡では、

探偵とその助手が、

『空っぽの女神』を相手に、

欠けた部分を、ああでもないこうでもないとしていた。

やってきた彼が、物音を立てると、

探偵が振り向いて、笑った。


「『かけらの男神』が来たようだな」

「かけらの?」

「男神?」

女神と助手が問い返す。

「ああ、勘がそう告げてる。間違いない」

探偵の勘に対する自信は、今に始まったことではないが、

困惑している彼等をよそに、

「この女神をどうしてあげたい?」

と、彼に…『かけらの男神』に探偵は問いかけた。


『空っぽの女神』は、胸の部分が、向こうが見えるような空洞になっている。

彼女はそれが虚ろで…

埋まらなくて…

夢で泣いていた。

夢で、埋めてあげると、そう約束した。

やっと、出逢えた。


「あなたの空洞を埋めてあげます」

『かけらの男神』はそう言うと、『空っぽの女神』を後ろから抱きしめた。


女神の空洞が埋められていく様子は劇的だった。

そして、女神に笑顔が浮かんだ。

二人は身体ごと繋がった。

女神の背と男神の胸が繋がっている。

それは見ようによっては異形のようであったが、

繋がった彼等は至福そのものの表情だった。


「ま、新たな神屋だな」

探偵は助手とともに新しい神屋をあとにした。


斜陽街に、こうして新しい住人が出来た。