第32話 泥棒

彼は螺子ドロボウ。

素性は不明。

タキシードをまとっている、少々ふざけた泥棒である。

頭の螺子を盗むことを楽しみとしている。


「待てぇっ!」

螺子師が螺子ドロボウを追いかけてくる。

ここで捕まるようなら、螺子ドロボウ失格である。

建物を飛び、走り、捕まりそうなところで逃げる。

常に螺子師の視界にいるようにする。

そうでなくてはスリルがない。


そして、螺子師に螺子を返す。

「こんな螺子が欲しいんじゃないんだ…わかるよね?」

そうやって螺子ドロボウは闇に消える。

唖然とした螺子師を残したまま…


ある日螺子ドロボウは番外地を歩いていた。

最近、妙な歌が聞こえるというあたりだ。

人形師が不格好になった人形を持って、三番街に歩いていくのを見た。

きっと螺子師のところに、人形の螺子を緩めてもらいに行くのだろう。

「んー?なんだ?」

螺子ドロボウの前に、不格好に膨れた…多分、犬が現れた。

「犬…?」

「ばう」

…犬らしい。

相撲取りのような犬は、多分人形師の人形と同じ症状が起きているのだろう。

心が張り裂けんばかりの歌を聞き、思いを中に溜め込み過ぎたのだろう。

人間なら身体と心の耳を塞ぐ。

出来ないと思いを溜め込み過ぎて膨れる。

最後には内側からはじけてしまうかもしれない。

螺子ドロボウはそこまで考えてやめた。

スプラッタは嫌いだ。


「よーしよしよし、今、楽にしてやるからな」

螺子ドロボウは犬の頭の螺子を緩め、盗んだ。

途端に、風船がしぼむように犬はしぼんでいった。

あとにはちょっと貧相な野良犬が残った。

「ばう」

「楽になったろう?」

「ばう」

犬は感謝するように一つ吠えると、路地裏に消えていった。


「螺子ドロボウらしくないことしたかな…」

ふと、螺子師の顔を思い出した。

彼なら喜んで犬を助けただろう。

螺子なんてなければ、本能の赴くまま行動できて、思いなんて内側に溜まらないのに…

そのあたり、螺子ドロボウはわからない。

螺子を大切にする螺子師のことがわからない。

「まぁいいか…」

螺子ドロボウは長髪をくしゃくしゃとすると、また闇を歩き出した。