92.領主とエルフ三姉妹


 昨日エルフ三姉妹と会う約束をした。


 朝になって、ラニアもうちに呼んである。

 俺たちの中には秘密はなしだ。

 ギードさんには確認して了解してもらった。


 あ、ギードさんが領主という話はバレてしまったので、バレたことになった。

 ややこしいが、そういうことで。


「ごめんください」

「ようこそ」


 先頭に鎧装備を収納した軽装になっているマークさんがいる。

 部分鎧だけど、これはこれで高そうなのが一発でわかる程度にはいいものを着ている。

 その後ろには三姉妹が今日もポンチョコートで入ってきた。


「喫茶店エルフィールですか。いいお店ですね」

「でしょ」


 マリアーヌさんにそう言われると俺もうれしくなる。


「「「失礼します」」」


 そういうと、ポンチョコートを脱いで収納した。

 みんなマジックバッグを持っているみたいだ。

 スカートの横の隠しポケットがそうらしい。


 あのドレスアーマーのミニスカの格好になる。


「ご領主様……」


 ギードさんが立ち上がると、声を掛ける。


 三姉妹がギードさんの前に並んで、片膝を突く。

 そして三人ともミスリルのナイフなのだろう短剣を掲げる。


 例の俺も持ってるドワーフの一品という親愛の証だ。


「領主様、ここに長女のマリアーヌ、生きて、参上しました」

「領主様、次女のミリアリーフ、私も、生きて、お会いしたかったです」

「領主様、三女のソクラシア、お姉ちゃんたちと一緒に生きてきました」


「あ、ああ、生きていてくれて、うれしいよ。フェルメールの三姉妹」


「はい。領主様。しかしサルバトリア領は」


 長女さんが代表して会話をするらしい。


「そうか、すまない。私の犯した罪だ」

「いえ、そんな、そんなことあるわけないです。人族だって同胞だと。それは建前ではなく、事実としてそこにあると。本当のことです。立派なことをしただけです。領主様は」

「まあ諸侯には恨まれてしまったけどね」

「あれは、どう考えても、言いがかりです。あんな仕打ち。エルフ同士で、なにやっているんでしょう、私たちは」

「本当にバカだな、エルフは」

「そうです、そうですよ」


 と、まあ共通の敵を見て盛り上がったところで、話を戻す。


「メルン様、それからミーニャ様」

「生きていてくれて……うれしいです。三人とも」

「んにゃぁ、私? 私えっと」

「ふふふ、ミーニャ様はまだ小さかったから。ほらウサギさんですよ」


 そういうと指を小指と人差し指だけ伸ばしてウサギっぽくする。


「あっあ、これ私知ってる。お姉ちゃん?」

「そうだよ、ウサギのお姉ちゃん」

「わっ、わっ、なんだか懐かしい気がする」


 ミーニャがマリアーヌに抱き着く。


 それをそっとあやしてから、話を始める。


「私たちは生きて子孫をその……つなぐ。そのためには無条件降伏しかありませんでした。私たちは降伏の隙に領主様同様、逃げられたのですが――」


 三姉妹だけではない。

 八年前、エルフ騎士団のうち若い子はエルダニア出兵に際して残された。未来のために。

 エルダニアから生きて戻ってきたエルフもいて、騎士団の規模は半分以下になったものの再結成された。


 しかしそれも数年のことだった。

 諸侯からサルバトリア領は反逆罪の汚名を着せられ、あっという間に諸侯軍に包囲された。

 真っ先に領主様を脱出させた後、エルフ騎士団は籠城していた。

 そして降伏勧告。


 脱出前の領主様の判断は「生き抜いてくれ。死ぬな」。

 元々エルフは人口が少ない。

 それゆえ死んだら何もならないのは骨身に染みている。

 モンスター戦では仕方がないが、エルフ同士で殺し合っていてはだめだ。


『じーじは最後の最後まで、戦いますじゃ。裏王家、エルフの誇りに懸けて。賊は向こうですじゃ。大義は我にあり』

『じーじ、領主様は生きろとおっしゃいました。降伏しましょう』


 玉砕するというじーじの言葉をみんなで説得して、生きる道を選んだ。


 いくら屈辱でも生きていれさえすれば、またチャンスは来るはずだからと。


 こうして無条件降伏の受け入れとなり、城門を開けた。

 エルフ同士、まだ話はできるはずだ。


 その間、ほんの少しだけど時間に猶予があった。

 その隙に若いエルフたちを優先させて領都から脱出させた。


 三姉妹をはじめ多くの若いエルフはメルリア王国の首都メルリシアに避難した。

 それから冒険者を始めた。


 マークさんとは首都メルリシアで出会ったそうだ。


 マークさんは元のパーティーメンバーと業績を上げて王都に屋敷を貰った。

 パーティーを解散して王都で休暇をしていたらしい。

 そこへエルフの三姉妹と運命的な出会いをして、今は彼女たちとパーティーを組んでいるそうだ。


「こんなんでも、マークはいいやつだから」

「そうなのよね」

「そうそう」


 口々にマークさんを褒める。

 そっと自分たちの格好を見て、頬を染める。


 マークさんもまんざらではなさそうに、首をブンブン振っている。


「マーク、改めて、路頭に迷いそうだった私たちを救ってくれて、ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」


 ちゅ。ちゅ。ちゅ。


 三姉妹がマークの頬にキスを落とす。


 なるほど。

 細かいことはわからないけど、この子たちもいい関係を築けているんだ。

 そういうのはなんかいいなって思う。


 うちも、みんなといい関係を続けられたらと思う。


「マークはそこそこ強いから。死なないでしょ。でも寿命で死んじゃうかもしれないね」


 ソクラシアさんがそっと言った。


「……」


 人とエルフではどう頑張っても寿命には差がある。

 ちょっとしんみりしてしまった。


「あ、でもマークの魔力、おかしいから、エルフと同じくらい生きるかもしれません」


 マリアーヌさんがそういう。


「領主様、どうなんです?」


 今度はミリアリーフさんが質問した。


「そうだね。魔力が多ければ、長生きはすると思う。あと僕はもう領主じゃないんで、そのギードさんとでも呼んでくれ」

「そんな、領主様は私たちの領主様です。いつもよくしてくださいました」

「そうですよ、お姉ちゃんのいう通りです」

「ソクだって、そう思います」


「そ、そうか、でも変な感じだ。領主業からは逃げてきたからな」


「逃げてきたんじゃないです。みんなで逃がしたんですから、領主様の責任ではありません」

「まあ、そういう解釈も」

「そうなんです、あれは領のエルフ貴族の総意なんですから」

「そうだったな、すまん。オンボロ領主で」

「そうですね。こんなところで喫茶店なんてやってる領主はオンボロですね」

「あはは」

「それもエルフィールだなんて」

「そうだな」


 ちょっと涙目だけど、笑顔を浮かべて、生きて会えたことをよろこびあった。

 くっそ。いいじゃねえか。

 俺まで泣きそうだ。



 この後はトライエ市のほうの領主に挨拶してから、そうそうに王都へ帰るそうだ。

 西の人間同士のいざこざは彼らの領分ではないとのこと。

 王都はトライエから見て東側、エルダニアの先にある。


 三姉妹とも別れ際に俺の頭を撫でてくれた。

 向こうを向いて、ポンチョコートを羽織る。


 うちから出ていく。

 さて、学校に行かないと。


 お姉さんたちの格好のドレスアーマーもなかなかカッコよかったな。