翌日。浮かび上がってくる意識の中で、体がとても温かい。眠っているベッドから石鹸のような香りに、頬に感じる人肌が心地よい。いつも睡眠時間は数時間しかなかったので、熟睡できる幸せを噛みしめる。
(ふかふかのベッドに布団。最高っ)
この温もりはフランだろうか。そう考えた瞬間、フランがもう傍に居ないことを思い出し、重たげな瞼を開いた。
目の前にいたのは真っ白でふわふわな毛並みのオコジョ──ではなく、ベッドの端に突っ伏しているセドリック様の姿だった。私が彼の手を握っているのを見て、そのまま傍に居てくれたのだろう。
(ずっと握っていてくれた……?)
思えばフランも私がつらくて、苦しかった時、ずっと傍に居てくれた。具合が悪くなったときや熱が下がらなかったときすら、誰も看病してくれなかったのに、この方は私が安心できるように傍に居てくださった。
(……って、陛下をこのまま寝かせておいたら不敬だわ!)
慌ててセドリック様の肩を揺らして起こす。普段は凛々しい顔立ちだが、眠っている姿は思いのほか可愛く見える。
「セドリック様、こんなところで寝てしまっては風邪を引かれます」
「ん……んん」
寝起きが悪いのか、唸りながらも体を起こした。片足が怪我をしているので、立ち上がらずに体を揺らすのが精いっぱいだった。セドリック様には自分の使っていたベッドを使って休んでもらおうと思ったのだが、考えが甘かった。寝ぼけたままの彼はおもむろに立ち上がったので安堵した瞬間、ベッドに寝転がり──さらに私の腕を引いて抱き寄せた。
そのまま押し倒される形でベッドに沈み、二人分の重みで僅かに軋む。
「セドリック様っ」
「んー、ああ。私の好きな匂いがする」
だらしない顔で、私を包み込んで離さない。これは完全に抱き枕扱いである。しかも首筋に甘噛みをし始めた。くすぐったいやら恥ずかしいやら抵抗するが体力的にも腕力的にもすぐに白旗を上げるしかなかった。
「せ、せ、セドリック様!」
「んん~、オリビア」
蕩けるような甘い声に、愛おしさが篭った言葉に胸が熱くなる。
今までこんな風に求められたことなどなかった。
甘え上手というか、何となく許してしまいそうになるのは、セドリック様の人柄だろうか。
そういえばフランもこうやって甘えるようなことをしていたような──と日が昇るまで現実逃避する。
(フランがセドリック様……だったとしたら、こんな風に三年間も一緒に寝ていた?)
そう実感すると熱が出るほど体が熱く、羞恥心で死にそうになった。
今まで死ぬ前提でいたので、本当に好かれているとは思っていなかったのもあり、今頃になってじわじわと実感する。分かりやすいほどの好意。重いほどの愛情だからこそ、彼が本気なのでは? と誤解しそうになる。
ぐっすりと眠って栄養のあるものを食べているからか、フランを失った時のような自暴自棄に落ちることは減った──と思う。
その後、様子を見に来たサーシャさんは驚きつつも、すぐさま解決方法を取ってくれた。もっともその方法というのは、王太后様が乱入することだったのだけれど。
「ほんとぉおおおおおに、何を考えているのですか!」
「すみません」
「申し訳ない」
私は車椅子に座り、セドリック様は床に正座をして小さくなっている。といっても体型ががっちりしているので、縮こまっていても実際はさほど小さくはない。にしても彼は一応、グラシェ国の王代理なのだが、正座して項垂れているのはいいのだろうか。
王太后様は今日も美しく、薄緑色のドレスに身を包んでおり神々しい。そんな彼女は先ほどからセドリック様を叱り付けている。
私も謝罪しているのだが「オリビアはいいの」と私には優しいというか甘い。などと思っていたら眉を吊り上げて憤慨していた王太后様が私に向き直った。たぶん矛先を私に変えたのだろう。「ふしだらな」とか「王妃として」云々のねちねちした嫌味が出て来るかと身構えたのだが──。
「それはそうと、オリビアは私のことをいつまで王太后様と呼ぶのかしら?」
「え、あ。すみません、グラシェ国では、どのようにお呼びするか分からず──」
「お・か・あ・さ・ま!」
「オカアサマ?」
「そうよ! セドリックと結婚するのだから、私のことはお義母様と呼ぶのが正しいでしょう!」
(結婚……!)
改めて生贄ではなく花嫁として温かく迎えてくれただけなのでは──と、認知してしまうと、恥ずかしさや、現実味を帯びてきて体温が上がる。
(ううん。簡単に信じたらダメ……)
なぜかわからないが王太后様、もといお義母様は私のことを気にいったようで、ものすごく気を遣ってくれている。ちょっと狡いかもしれないが、お義母様に甘えることでこの場を乗り切ることにした。