第15話 最高のピース

第15話 最高のピース





 手入れのされていない、腰まで伸びるほどの銀髪と。

 メガネでも隠しきれない、クマだらけの目付き。


 検査室にやって来た女性は、クロバラや検査員たちを見ながらため息を吐く。




「それで、問題なのはその子ね。眼帯がスキャナーに接触してるとか、そういう不具合じゃないの?」


「いえ。一応、その可能性も考慮しましたが、ずっと謎のエラーが出たままで。申し訳ありません、ガラテア博士」




 見た目からは、かなり若く見える。それも、下手をすれば10代に思えるほど、ガラテアと呼ばれる女性は若かったが。

 他の検査員は、彼女に対して敬語を使っていた。


 待機していた軍人たちも、ガラテアに敬礼をしており。

 単に軍人としても、階級が高いの存在なのかも知れない。



 しかしそんなことは、まるで関係なく。

 クロバラは、ガラテアの顔に釘付けになっていた。



 まるで、信じられないものを見るかのように。




「何かしら、お嬢さん」


「……まさか、プリシラ?」




 クロバラが呟いた、その名前に対して。


 ガラテアは、少々苛立つような表情を見せる。




「はぁ。……まさか、こんな子供にも言われるなんて。プリシラって女、いよいよ鬱陶しいわね」


「……?」




 予想外の反応に、クロバラは理解が追いつかない。




「いい? お嬢さん。わたしの名前はガラテア。アジア連合に招集された技術人で、ここに置いてある色々な設備の開発者。あなたの知ってる、プリシラって人とは、顔が似てるだけの別人よ」


「……なら。プリシラの、親戚か?」


「いいえ。血の繋がりも、一切の関連性も無いわ。かつてわたしとそっくりな顔をした、プリシラって人間が居て、同じように軍の研究員をやってたみたいだけど。本当にただの偶然。他人の空似だから、間違えるのは勘弁してほしいわ」


「……なるほど」




 他人の空似。

 納得はできないものの、そう言われたのなら仕方がない。


 しかし、思わず名前を呼んでしまうほどに、クロバラの脳内の人物と、目の前のガラテアの姿は酷似していた。




「それにしても。確かプリシラって、8年近く前から行方不明って話じゃない? あなた、その年齢でプリシラと会ったことがあるの?」


「いや、その」




 クロバラは書類上、12歳ということになっている。しかも、見た目で判断するならそれよりも幼く見えるほど。

 ゆえに、ガラテアはその点を疑問に思った。




「魔法少女になるにあたって、色々と勉強して、そこにプリシラって人の顔写真が載ってて」


「ふーん」


「えっと、あー。魔力強度の概念構築や、MGウイルスの発見とか。その他にも、数え切れないほどの功績を残した天才だって」


「……」




 天才。その単語に、ガラテアの表情が僅かに動くも。

 表面上は、まるで気にしていないように振る舞う。




「まぁ、どうでもいいわ。プリシラに間違えられるのは慣れてるし、別に興味ないし。わたしのほうが、絶対に科学者としては上だし。それに、わたしのほうが若くて、未来を有望視されてる存在だし」




 つまり彼女自身、そのプリシラという人物と間違えられていることを、かなり気にしている様子だった。


 下手に刺激したらマズい、と。

 クロバラは、雰囲気からそう察した。




「それで、スキャナーの故障ですって?」


「ええ。わたしたちも、ある程度はプログラムに精通しているつもりですが、まるでエラーの原因が分からなくて」


「あー、はいはい。天才の造った機械だもの、あなた達凡人には扱えなくて当然よ」


「うっ」




 言葉の圧で、検査員たちをどかせると。

 ガラテアは面倒くさそうに、コンピューターの操作を始めた。



 カタカタと、キーバードを叩く音が鳴り響き。

 他の者達は、ただ黙って眺めるしかない。



 そんな時間が、しばらく続いた後。

 ガラテアはその手を止めた。




「ちょっと、どういうこと? 別にスキャナーに異常はないじゃない」


「ですが、博士。何度システムを起動しても、エラーで白紙の検査結果が出るだけで」


「あなた達、こんな簡単な作業も出来ないわけ? ……まったく。わたしが見ててあげるから、もう一度検査を実行しなさい」


「……了解しました」




 ガラテアの高圧的な態度に、少々疲れた様子で。

 再び検査員たちが、同じ作業を起動する。




「ごめんね、クロバラさん。辛いだろうけど、もう一度スキャナーを起動するわ」


「いいえ。わたしは平気なので、よろしくお願いします」




 クロバラの了承も得て、再び検査装置が起動。


 鈍い動作音が鳴ったあと、再びけたたましいアラートが発生した。


 プリントされた検査結果は、またしても白紙のまま。




 その様子、一連の過程を、余すことなく見届けて。

 ガラテアは面倒くさそうに、頭を掻きむしった。




「何なのよ、このエラー」


「だから言ったじゃないですか」




 アラートが鳴り続ける中、ガラテアは再びシステムの見直しを行うことに。

 アラートの音に負けないほど、激しくキーボードが叩かれる。




「あぁ、もう。面倒くさい面倒くさい。シックスベースの見直しに加えて、わたしの仕事は山積みだって言うのに。こんなどうでもいい作業で、わたしの手を煩わせないでよ」


「ですが博士、クロバラさんは天才的な資質を持つ魔法少女です。もしかしたら、博士の魔導デバイスの開発にだって」


「そんなのどうだって良いわ。どうせデバイスが完成したところで、新種の魔獣相手に戦争になったら――」




 アラートが鳴り続ける中、ガラテアの手が止まる。


 指先は、微かに震え。


 表情は、完全に凍りついていた。

 



「博士? もしかして、エラーの原因が分かりましたか?」




 女性検査員がそう問いかけるも、ガラテアは返事をせず。

 ただ、動きが止まったまま。


 どうしたものかと、検査員たちにはまるで理解が出来なかった。




「……」




 やがて、自分の中で、何かしらの結論が出たのか。


 ガラテアはアラートを消すと、そばに落ちていた白紙の検査用紙を拾い上げ。

 手書きで、そこに結果を書き記していく。


 検査結果を書き終えると、ガラテアはそれを女性検査員へと渡した。




「……検査結果は、それでOKよ。この子の数値が、偶然にもシステムにバグを出してたみたいだから。とりあえず今回は、そのまま上に提出しなさい」


「あ、はい。了解しました」




 ガラテアから渡された用紙を、検査員は軽く確認する。




「なるほど、精神面でも結果は良好。これは間違いなく、最高の魔法少女の誕生ですね」


「……ええ、そうね」




 盛り上がる検査員たちとは違い。ガラテアは静かな様子で、この場から去っていく。

 しかしその間際に、クロバラと目を合わせた。




「……?」




 どういう意味の視線なのか、クロバラは理解できずに首を傾げるも。

 ガラテアは無表情のまま、部屋を後にし。



 その直後、溢れんばかりの笑みを浮かべた。





「……見つけた。計画を完成させる、最高のピース」





 喜びをこらえきれないように。

 誰にも見られない場所で、ガラテアは座り込む。



 その表情は喜びを通り過ぎ。

 もはや、恍惚と呼べるほどであった。