第22話 予想、作戦、不安。

 作戦指揮車の薄暗い照明の中で宮之守はモニターに映るマンドラゴラを見つめていた。

 頭部の赤い花が、撤退した彼らを挑発しているかのように風に揺れている。


 宮之守は考えをまとめようと交戦時の情報を整理していく。

 植物の変異した魔法生物。動きは鈍く、個体の戦闘能力はそれほどでもないが数が多い。非常にタフで切断しても破砕しても断面から細かい根のような触手が伸び、部位同士を繋ぎ合わせてしまう。

 体の形をある程度は変えられるらしく、鋭い棘のようにすることも可能。


 そして不可解な裂け目。……閉じようする裂け目から発せられた人為的な違和感。

「うーん。どうしよっかなー……」

 宮之守は椅子に持たれながら長い足を交差せ、天を仰いだ。

 その様子を不安そうに眺める者が一人。西島だ。

「あの……オレはいったいどうすれば……?」

 西島は手錠を掛けられ椅子に座らされ、怯えていた。もしやするここに来たのはとんでもない愚行だったのではと頭をぐるぐると不安が巡っていく。


 近年世間を騒がせている異世界の国。エルフやドワーフ……。断片的にニュースに報じられるそれは興味深いものだ。長年、未確認生物を興味を持って調べてきていた西島にとって、この情報は天啓であった。未確認生物こそ、異世界生物の正体であると。

 そこに現れた匿名の情報提供者の存在はまさに渡りに船。西島は飛びついた。

 情報交換を経てこの場所にやってきたわけだったのだが今は後悔ばかりが浮かんでくる。


 異世界生物侵入対策室そのものは秘匿されており、存在を知るものはごく少数だ。つまり秘密組織。西島からすれば、まさに得体のしれない闇の組織ともとれる。良からぬ想像が頭の中を絶えず駆け巡っていく。


 どうなってしまうのだろう。尋問? 拷問?? もう帰れない!?


 不安で一杯になっているとふと、女性と目が合う。西島はぎくりとして体を硬直させた。

 宮之守は小首をかしげながらいつもの笑顔を見せる。

「そんなに硬くしないで。リラックスしてて」

 美人からの微笑みに西島は頬を赤らめた。

「そ、そうなん……えっと……はい……」


 若い。大学生くらいだろうか。彼については後でいろいろ調べる必要があるだろうことを頭の隅に置き、宮之守はモニターの前に置かれた透明な密閉容器に収まった赤い花弁へ目を向ける。

 撤退する直前に宮之守が持ち帰ったマンドラゴラの頭部に咲いた花の一部だ。


 赤い花弁は薔薇のものとよく似ており、破れてなお鮮やかで美しく儚げでもある。こうして容器に入っていると、醜悪な見た目の怪物の頭に咲いた花だとは思えない。

 宮之守は容器を照明にかざし、ひとしきり眺めてから助手席に座るエリナへ手渡した。

 エリナは何も言わず受け取ると容器を小松のいるラボに転送した。


 宮之守は再び椅子の背もたれに体を預け、息を細く吐き出しながら天井を仰いだ。

「リザードマンみたいな統率力が無いのは不幸中の幸いかな」

「いっそ燃やしてしまったらどうよ?」

 車の後ろ側に座る佐藤がぶっきらぼうに言った。剣を鞘から抜いて具合を確かめている。

「一体だったらそれもありかもですね。でもあの数を燃やしたら最悪、山火事。周りに落ち葉も木も何もなけれまだ選択肢としてなんとかなったかもですが……最終手段ですね」


 その時、車の後部ドアが開き、音川が乗り込んできた。エリナを覗いた全員の視線が集まる。

 音川は一瞬、西島をチラリとみて、すぐに視線を逸らした。宮之守の片方の眉が僅かにぴくりと動いた。

「封鎖部隊の監視員さんからの報告です。マンドラゴラがいるのはあの一帯だけで他の地域に移動している個体はいないそうです」

「そう、それは良いニュースかな。引き続き監視してもらうとして、こっちはどうするかな。とりあえず小松君に花弁の解析はしてもらうけども」

「私も解析を手伝います」

「うん、よろしくね」


 モニターの席に音川が座ろうとした時、画面に通知が入る。音川が操作すると小松の困惑した顔が映しだされた。

「あの……さっき貰ったサンプルについてなんすけど」

「どうしたの? ずいぶん早いじゃない。何かわかった?」

 宮之守は腕を組みなおした。

「それが消えちゃったんすよ。目の前で」

 消えた。と音川は繰り返した。


「正確には消えたっていうか。枯れて灰になっちゃったていうか……」

 小松はカメラを動かし、机に置かれた密閉容器を映したが、中には灰のような小さな山があるだけだった。

「お前、なんかやったんじゃねぇの?」

 佐藤がニヤついた顔でからかいながら剣を鞘に収めた。

「いやいや! 本当に何もやっていないっすから! まだこれからって時だったのに! 少し観察して、さぁ容器を開けるぞ! って時に目の前でしおれて崩れちゃったんすよ。それもあっという間で」

「ふぅん……」宮之守は目を伏せて顎に指をそえる。「貴重なサンプルが消えたのは残念だけど……」宮之守は視線を上げた。「まみちゃん。もう一度、地図を出して。マンドラゴラのいる位置を確かめたい」


 モニターに裂け目を中心とした地図と、確認されたマンドラゴラの位置が光点となって表示される。

「裂け目に一番近い奴と一番遠い奴にドローンを一機ずつ向かわせて」

「わかりました」

 ドローン二機をそれぞれ飛ばし、カメラが木々の間で揺れるマンドラゴラ達の姿を捉えた。

 宮之守は裂け目に近い目標をA、裂け目に遠い目標をBと設定した。

「うう、やっぱり気味が悪いなぁ……」

 音川はボヤキながらも操作盤のつまみを捻ってカメラをズームさせた。

 宮之守と佐藤、そして音川。ラボでは小松が食い入るように映像を見ている。


「花の大きさ……いえ、開花の具合が……違う?」

 音川が呟くように言った。

『確かに裂け目に近いAの方は花弁の開き具合が大きい。でも遠い方のBはあまり開いていないっすね。色も若干薄い』

「おそらくだけど……このマンドラゴラたちは裂け目から溢れる魔力無しでは生きられないんじゃないかな」宮之守は腰に手を当てながら片方の手でモニターを指さす。「ここと、ここ。それにここの群れ、一見バラバラだけど、どれもが百五十メートルの距離より先には移動していない」


「それが縄張りってことか。それか活動できる範囲って認識しているってことなんか? このまえのザラタンなんかは明らかに裂け目のことを縄張りとして意識しているような動きをしてたしな」

「あの、わたしちょうど気が付いたことがあって……これ、見てください」

 音川が指を指すモニターの映像は裂け目周辺のものだ。上空からのは裂け目を中心に広がる宮之守の放った黒い衝撃波の爪跡がよく見ることができた。


 佐藤は口笛を吹いた。

「えっぐい魔法だな。おい」

「使用したネイルの枚数によって威力があがりますからもっと広くなりますよ」

 宮之守は右手を開いて黒い付け爪、黒爪を見せた。爪五枚が白くなっていた。

「ただ御覧の通り、迂闊に使えるものじゃないし、私の使える魔法には回数制限があるので、あんまりやりたくないですね。ごめん、話がずれた。それで……なんだっけ……?」


「再生にはどうやら花の有無が関わっているんじゃないかって思うんです」音川はモニターの上で指を滑らせる。「こっちのは再生しきって五体満足。でもこっちのは動いてますけどまだ完全じゃありません。映像を遡って確認したんですが、室長や佐藤さんが頭を砕いた個体だけが遅くなっているんです」

「確かに……。戦いに夢中で気が付かなかったよ。まみちゃん、これはおてがらだよー!」


 宮之守は音川の顔を背後から揉みしだき、音川の口からは迷惑そうな声が漏れ出ていた。

 エリナは横目で見たが、呆れた様子でスマホを弄り続けた。

『じゃぁ、あの花はきっと魔力の受信機ってことじゃないっすか? だからサンプルは裂け目から離れすぎて、魔力の供給減を失って急速に枯れてしまった……どうっすか? 裂け目を閉じようとした時に攻撃を仕掛けてきたのも自分たちの活動のための防衛なら筋が通るっすよね』


「ええ、わたしもそう思います」

 音川は宮之守から解放され乱れた髪と眼鏡を正した。

「二人とも優秀ー」

「ちょっと……止め……!」

 宮之守は再び音川の顔を揉みしだいた。

「イチャつくのはその辺にしてよ。これからどうするよ? 一体ずつおびき出して戦えばいいか?」

 宮之守は音川から手を離し、咳払いしモニターに指を当てた。

「そうですね。まずは一体ずつ。百五十メートルの円の外に引きずり出して様子を見る。予想が正しければ円の外では活動が鈍ぶる。そのうえで頭の花を破壊してやれば倒せるはず。すぐに枯れなくてもどこか隔離できる場所に転送してしまえばいずれは死滅するでしょう」


「そうと決まれば早いとこやっちまおう。俺はもう疲れて早いとこ帰って寝たいんだ」

『一番体力ありそうなのに佐藤さんってけっこう怠け者っすよね』

「あぁ……まぁ、そうだけど。直接言われるともやっとするな」

「もしかして意外と繊細だったりします?」

「うっせぇよ」


 一時は暗くなっていた雰囲気が活路を見出したことで明るくなって車内が活気づき、それぞれが改めて対策に動き始める中、宮之守は一抹の不安を悟られぬように笑顔の裏に押しとどめた。


 マンドラゴラの動きについては対策が取れる。でも裂け目から感じた違和感は一体なんだったのだろう……。自分の白くなった黒爪を見て、不安感を拭うようにポケットに手を突っ込んだ。