メーナと紅水仙が中央で向かい合っている。
虚言坂は開始の挨拶はしていない、欠伸をしていて眠そうだ。
好き勝手初めてくれと言わんばかりの態度である。
「さて、メーナさん、次は私達の番ですね」
「そうね、私もウォーミングアップに付き合った方がいいかしら?」
「ええ、それは有り難いですが、彼が不公平では?」
「それは大丈夫……兎術」
シェパーズクルークの先で地面を軽く突いた、白い羊に乗る羊飼いの姿をした兎が現れる。
会場からはちょっとだけ黄色い声が響き、縁は興味深そうに羊飼いの兎を見ていた。
「さて、美しさを求める貴方には回避できない攻撃……いえ、誘惑があります」
「……睡眠かい?」
「お、流石ですね」
「上質な睡眠は健康と美容に不可欠」
「抗えるかしら」
「否、抗う必要は無い、少々時間をくれ」
紅水仙はそそくさと会場から出ていった、しばらくしてパジャマにナイトキャップの完全武装で帰って来た。
「待たせた」
「完璧装備」
「さ、快眠を提供してもらおう」
「わかった」
再びシェパーズクルールを突くと、ふわっふわな寝具一式が表れる。
シンプルな白い色のカバーやシーツに包まれていた。
紅水仙は少し目を輝かせて近寄っていく。
「これは私のお母さん……いえ『夢羊一族』の最高の寝具」
「試させてもらおう」
「待って、この子も一緒にいいかしら? 夢のお供よ」
メーナは誰かを呼ぶように他を叩いた。
角に赤いリボンを付けた黒い毛の羊が現れ、紅水仙に近寄っていく。
「ほう……夢の案内を頼むよ」
「めぇ~」
黒い羊は自信満々に鳴き声を上げた、そして紅水仙と一緒に布団に入って寝た。
同様に、少し離れた場所に居る一本槍もいつの間にか布団に入っている。
「さあさあ皆様お立会い、ここに取り出したのは試供品の枕です」
メーナの言葉に合わせて、羊飼いの兎はどこからともなく枕を取り出して掲げた。
「今皆様に座っているのは、我社が試作、開発した『仮眠君』です、座席の右にあるレバーを引くと後ろに少し倒れます、倒すと魔法により簡易仕切りを展開、同時にタッチパネルも出現します、また座っている椅子も三段階に硬さを調整出来ます、そして――」
ゆっくりとしっかりとした声で営業トークをしている。
「おいおい虚言坂、お前の娘は営業始めたぞ?」
「隙あらば妻の仕事の手伝いをするからな、昔からそうだ」
「もしかして、私が座っているパイプ椅子もそう?」
風月は自分が座っている椅子を見た、レバーが付いている。
「うむ、これはそこそこいい物だな」
「縁はこのシリーズ? てかパイプ椅子を知ってるの?」
「ああ、型式てか、商品は違うが『惑星災害用緊急お休みセット』を持っている」
「どんなレベルの災害用グッスだよ」
トコトコと試供品枕を運んできた羊達がやって来た。
「んじゃせっかくだから、私達も仮眠を楽しみましょう」
縁達を含めて会場の居る者達は仮眠しようとしている。
笑いながらリリアールがメーナに近寄って来た。
「はっはっは、みんな寝ちまったな」
「リリアールさんは寝ないのですか?」
「えー? 寝るなら彼氏とだろ」
「寝具にはダブルサイズもあります」
「営業熱心だねぇ」
「母は赤子の私を育てる為に、身を削ってくれましたから」
「あー夢羊って十分に寝ないと体調悪くなったり、肌ボロボロになったりだっけ?」
「はい、当時の写真を見ると……母には申し訳なくて、周りの人達の支援はありましたが」
メーナは一枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは、赤ん坊を抱いて肌も髪もボロボロな羊の女性と少し若い虚言坂。
その写真に写っている全員楽しそうに笑っていた。
「……あんたのお父さん、いい男だね」
「当然です、その時の母を支えて私達を守ってくれました」
「詳しく聞いて無かったけどさ、何があったんだ?」
「夢羊一族は、時々強く現実に干渉出来る夢を持つ者が居ます」
「それがお母さんだったとか?」
「はい、お父さんは当時、詐欺師だったんで祖父母とは仲が悪かったんですが」
「いやいや、あんたのお父さん詐欺師かいな」
「はい、元ですが」
「話を戻して……これまたふわっとしか聞いて無いけど、お父さんが何とかしたんでしょ?」
リリアールの質問にメーナは真剣な表情で頷いた。
「父は1人で母の力を狙う者達の『存在』を全て消しました」
「……ん? 噓で消したって事? 『最初から存在しなかった』とか?」
「はい、母を狙う者達を痕跡残らず消しました」
「んな事して大丈夫かよ」
「いえ、父は反動で自分の存在すら消えかけていました」
「だろうな、1人でやる技じゃねぇ……誰にも頼らなかったのか?」
「母と会って落ち着いたようですが、元とはいえ詐欺師、父は恨まれてました」
「そりゃそうか……一族は?」
「正直対処が遅かったですね、祖父母は色々と働きかけていたようですが」
「待ってたら自分の妻があぶねーもんな、そりゃ無茶するか」
「はい、母は自分の力で父を助け、その時にも祖父母とは仲良くなってます」
「現実にする夢で助けたって事か、どうやったんだ?」
「『数十年力が衰え、寿命は縮むけど死なない』です」
「落としどころとしてはいいのかもな」
「全部都合の良い風には出来ません」
「そりゃそうだな」
メーナの熱い家族愛の話に号泣している人物が居た。
「くっ……ううぅ」
「縁がまた泣いてるよ」
「虚言坂さん!」
「お、おう、ど、どうした」
縁は上半身を起こして虚言坂の方を見た。
涙でぐしゃぐしゃになっているが真剣な表情である。
慌てて虚言坂も上半身を起こした。
「良き縁を作った貴方に、
「お、おお……まあ……覚えておくぜ」
「本当に縁はいい縁を持ってる人には甘いね」
「当たり前だ風月、良き縁はその人の努力、人間性が出る」
「あの娘さん見てれば慕われてるのはわかるよね~」
縁は鞄からハンカチを取り出して涙を拭いている。
「メーナ、そろそろ起こしたらどうだ?」
「そうですね」
メーナがシェパーズクルールを突くと、紅水仙はバッと上半身を起こして、安らいだ顔で胸に手を当てている。
「……ふむ、心が暖かい、いい夢だった」
「おはようございます」
「これは納得の仮眠だった、数十分も寝てないのに数時間寝た気分です」
「それは良かった」
「さて着替えてきます」
「いってらっしゃい」
紅水仙は着替えにいって、メーナとリリアールは一本槍が居た場所へ。
入れ替わる様に、仮眠から目覚めた一本槍は中央に移動する、しばらくして紅水仙が帰って来た。
スッキリとした顔をしてお互いにやる気満々な様だ。
「あらあら、こりゃ激戦になるね~てか一区切りさせないの? 虚言坂さん」
「ああすまん風月さん、ちと代わってくれ、眠い」
「あーらら、じゃあ私が引き継ぎますか」
そう言って虚言坂は寝始めた、風月は虚言坂が使っていたマイクを自分の目の前に置く。
「正直、君との戦いが楽しみだ」
「それは僕も同じです」
軽くストレッチをしている2人、激戦を予想させるのだった。