第八話 演目 日常からの不穏な風

 外に出た3人は、霞を先頭にして歩いている。


「婿殿、この里の特産品を紹介しようかの」

「特産品ですか」

「一年中収穫出来る桃だね~」

「それは珍しいな」

「季節の変わり目に収穫出来て、時期によって味とかが変わるのさ」

「今時期はどうなんだ?」

「桃として食べ頃だね、もう少し時間が経つと砂糖向けになるけど」

「調味料として加工するのか」

「そそ、春はしょっぱく、夏はすっぱく、秋は甘く、冬は辛く」

「そんな桃が有るんだな、名前は?」

「『春夏秋冬しゅんかしゅうとう』って品種」

「名は体を表すってか」

「そそ、お、見えてきた、あれだよ!」


 風月が指差した場所には、見事な桃畑が広がっていた。

 農作業をしている人達が、のんびりと作業をしている。

 作業中の中年男性が3人に気付いてこちらに来た。


「これは二代目様、四代目様、おや? そちらの男性はどなたですか?」

「うむ、孫の婿だ、お前が大切に育てている桃を紹介したくてな」

「おお! 貴方が四代目様の! お話は色々と聞いております! 私の名前仙人としての名は『季節』といいます」

「俺は縁といいます、よろしくお願いいたします」


 縁と季節はお互いに軽く会釈をした。


「季節さんは三代目、私のお父さんの懐刀だった人、私よりも強いよ」

「風月より強い!?」

「いやいや四代目様、私は戦う事よりもこうして土を触っている方がいいです、それに三代目様には、私よりも頼もしい親友が居られます」

「それは置いといて季節よ、一つ桃をくれないか? 婿殿にお前自慢の桃を食べてもらいたくてな」

「御意――お待たせいたしました」

「え?」


 縁はアホみたいな声を出す。

 季節が縁に桃を差し出していたからだ。

 目や感覚では捉えられない程の速さで、桃を取りに行ったのだろう。


「私でもそこまでの速度は出せないんだよね~ま、それは置いといてがぶっと食べてみ縁」

「あ、ああ」


 桃を受け取り、一口食べてみた。


「こ、これは! 凄い!」


 突然涙を流しながら桃を凄まじい勢いで平らげた!


「ど、どうしたのさ縁」

「この桃は素晴らしい、おそらくは、季節さんが一番最初にお世話にを始めた桃の木の桃、桃としての味も美味しいが、何よりも季節さんと桃の縁を感じた! 苦楽を共にしたからこその味! 言葉で表現出来ん!」

「おおう早口で熱く語るねぇ、縁は神様だから心意気の方に感動したのか」

「うむ、いやいや、これ程の縁は久しぶりに見た、ごちそうさまでした」


 満足した顔をしながら手を合わせる縁。


「おおう、そんなに気にいったならお土産にいくつか貰ったら?」

「すみません四代目様、もう予約出荷分しかなく」

「え? さっきの一個も?」

「あれは自宅用に買ったものです」

「流石に自宅用は渡せないねぇ~」

「そうだ、加工した物ならあります――先程の桃を砂糖にしたものです」


 季節はまた一瞬で取りに行ったのか、手には皮袋に詰められた砂糖を3つ持っていた。


「おいくらですか?」

「いえいえ縁さん、これはお気持ちです」

「いや、いい物にはちゃんと払いたい」

「縁は変な所で頑固だね~ならさ、奉納品として貰えば?」

「それいいですね四代目様、縁様、どうぞお納めください」


 軽く跪いて皮袋を捧げるポーズをした。


「うーむ、神として受け取るならば、なら何か見返りを――」

「私が願うのは四代目様の幸せです」

「だってさ縁」

「『徳』を願う者には、巡り回って良き縁が有るだろう」


 縁は手を合わせた後に皮袋を鞄にしまう。


「って、なんか上手い具合にのせられたな」

「まあまあいいじゃないの」

「ふぁ~」


 霞が大きな欠伸をした。


「眠たいのおばあちゃん?」

「うむ、婿殿が来ると心を踊らせてな? あまり寝れなかった」

「無理しちゃダメだよ?」

「そうだね、私はここまでにしておくよ、ふぁ~ああ、そうそう婿殿」

「何でしょう?」

「いつか、ここではない何処かで会えるといいわね」


 その言葉を聞いて縁は少し考えてハッとする。


「ええ、その時は手土産を持って行きますよ」

「楽しみが増えたわ、ありがとうね、またね」

「ええ、また」

「お休みおばあちゃん~」


 霞は音もなく消えた。


「私もそろそろ作業に戻ります」

「ありがとうね季節」

「ありがとうございました季節さん」

「失礼します」


 季節は一礼して歩いて作業に戻る。


「んじゃ縁をとっておきの場所に案内するかね~」

「何処?」

「あの山の頂上、雲を突き抜けた先に風の吹く草原と、時間によっては星が見える」

「え? あの山登るの? 今から?」


 風月が指差した山は雲を突き抜けていて、とてもすぐには行けそうにない。


「大丈夫、お姫様抱っこで連れていってあげるから」

「ええ!? いや、お姫様抱っこは……」

「おんぶがいい?」

「いや……え?」

「人さらいスタイル?」

「何それ」

「肩で担ぐ」

「……その三択ならお姫様抱っこで」

「よし」


 風月はひょいと縁をお姫様抱っこをする。


「一瞬さ」


 言葉通り風月は、縁をお姫様抱っこをしたまま、凄まじい速さで山を登る。

 縁の羞恥心よりも登る速さが勝り、直にお姫様抱っこを止めた。


「はい、到着」

「え、あ、うん」


 山の頂上は少々肌寒い風と草の絨毯に、空にはうっすらと太陽に負けずに、いくつか星が輝いている。


「ここはあたしが修行している場所、そして仙人としての名前『風月』を貰った場所だ」

「いいね、風は少し冷たいが走りたくなるな」

「かけっこする? 相手になるよ?」

「手加減は?」

「してほしい?」

「いや、本気でどうぞ」


 縁はウサミミカチューシャを外し、何時もの神様モードになる。


「ん!? 俺に助けを求める兎術!?」


 キョロキョロと辺りを見回していてる縁。

 風月はその言葉を聞いて顔色を変えた。


「縁、そういうのは見逃してはいけない、ここに呼んだりできる?」

「……よし、見つけた!」


 縁は指を鳴らすと、足元に光が集まる。

 その光から現れたのは、燃える赤色の兎で努力と書かれた鉢巻きをしている兎だった。

 その兎はぐったりしてして、幻の様に消えかかっている。

 背中にトライアングルを背負っているが、そのトライアングルも消えかかっている。


「これは一本槍君の兎術か!? ダメだ、弱りすぎてて場所がわからん」 

「任せて」


 風月はトライアングルを拾い上げて空に投げた。

 空に投げられたトライアングルは消える。

 そして、風が吹いてきて音を奏で始めた。


「場所はわかった、付いて来て縁」


 風月は爆音と爆風を残して消える。


「あ、ああ!」


 縁は兎を抱っこして風月を追った。