金属を叩く雨の音が響いている。
オレはカプセルの中で目を覚ました。
「おおー! また一人、目覚めたぞー」
「そりゃ、めでたい」
「そろそろなんじゃないか?」
「誰か見て来いよー」
「あっ、ならオレ行くー」
カプセルのシェードがスゥーと開いていく。
ガヤガヤとした人の営みが聞こえる。
天井は金属製で銀色に光っていた。
「おきなよ、ニーちゃん。狭苦しいだろ、そこは」
「あ……はい」
まだポヤポヤとしている頭のまま、オレは上半身を起こした。
思考は曖昧ではっきりとしない。
「まだ寝ぼけてんだな、ニーちゃん」
「はぁ……」
「なぁ、ニーちゃん。アンタ、どこまで覚えてる?」
「んー……オレたち、箱舟に乗せられたんですよね」
「なんだ。ちゃんと覚えてるじゃないか」
「はぁ……」
「環境破壊による汚染で人類は滅亡の危機を迎えた!」
「時の権力者は選ばれし者をコールドスリープで未来に送り込むことにした!」
「環境破壊の進んだ世界では雨が降り続いていた」
「それも酸性雨。とびっきり酸のきついヤツが降り始めた」
「地球は水浸しだ」
「それじゃ、俺たちの乗った箱舟もヤバかったんじゃね?」
「酸に強い素材で作られてんだよ。今見えてる金属の天井。コレは一番内側で。この船は幾重にも違う素材を重ねて作られてんのよ」
「あー、それで想像よりも内部が狭かったんだ」
「ん、外から見るとデカいからねぇ」
「じゃ、外側をやられて今は小さくなっちゃってんですかね?」
「どうだろなー。後で確認しないと」
「水が引かないと外には出られませんけどね」
「でも、そろそろじゃないか? みんな目覚めたし」
「ふふっ。ニーちゃん、朝が弱いタイプかい? どうだ? ちったぁシャンとしたかい?」
「はぁ、まぁ……なんとか」
人類絶滅の危機だった。
あのままでは、確実に絶滅していたと思う。
それを回避するために我々は箱舟へと乗せられたのだ。
「どうにか危機は回避できたみたいだぞ、俺たち」
「はぁ……」
回避できてなきゃ困る。
肉親も恋人も過去に置き去りにしてきたのだ。
オレは人類絶滅を防がなきゃならない。
「それにしてもよぉー、俺たちゃ運が良かったよなぁ」
「ああ、そうだよなぁ。くじ引きで外れだったら箱舟に乗れなかったよ」
「そうですよね、危ないトコでしたよね」
くじ引きで決まったメンバーの中には、オレの家族も恋人もいない。
皆、似たようなモノだろう。
「それにしても、この船には男ばかりだな」
「ああ。他にも船があるのかね?」
「さぁ、どうだろ?」
「そりゃ、あるだろうさ。女ばかりの船が」
「ハッハッハッ。なきゃ困るよなぁ」
「男だらけじゃ、潤いがないよ、潤いが」
「癒し大事~」
「だよねぇ~」
「それに男だけじゃ、せっかく生き延びても子孫が作れねぇ」
「確かに」
「人類滅亡を防ぐためだってぇのに。女いないとか、ないだろ?」
男どもは、爆ぜるように笑った。
「……」
彼らは知らないのか。
この世界に女は居ない。
「なぁ、ニーちゃん。アンタ、外に出たら何をする?」
「いや、オレは。外に出ないから」
「そうなのか?」
「オレの仕事はココでないと出来ないんだ」
「そうなのかっ! アンタ科学者か何かか!」
「まぁ、そんなトコだ」
だから、オレはココに送られた。
意味があって選ばれた。
くじ引きなんて嘘だ。
「いいなぁ、カッコよくて。俺なんか建築業だからよォ。肉体労働だ」
「ナニいってんですか。イマドキ、肉体労働なんてないっすよ」
「そうか?」
「私はロボット製造業だ。協力して仕事が出来るんじゃないか?」
「あーそうなんっすか。よろしく頼んますぅ~」
「こちらこそよろしく」
ココにいる者たちには皆、役割がある。
肉親も恋人も過去に置いてきた。
物資の足りない状況で、選択肢はなかった。
汚染の浄化を自然に委ねた外は酷い有り様だろう。
そこを人類が暮らせる場所へと変えていかなきゃならない。
何もない、無からの再出発。
金も身分も意味のない新生活が始まる。
「雨が止んだぞーっ!」
「水が引き始めた!」
「外に出られるっ!」
そこにある未来が明るいとは、とても思えない。
だが、やらなきゃならない。
どれだけの困難がオレには……オレたちには、待ち受けていることだろうか?
「ニーちゃんは外に出ないのかい?」
「ああ、オレは。先にやることがあるんで」
「そうかい。ご苦労なこって。俺は今だけでも喜びに浸るよ」
「はぁ。いってらっしゃい」
オレは小さく手を振って、喜びに沸く一団を見送った。
そこにある未来が明るいとは、とても思えない。
だが、踏み出さなきゃならない。
「仕事……しないと……」
一番最後にコールドスリープに入り、一番最後に目覚めたオレには役割がある。
命の製造だ。
物資の関係で、眠らせることの出来た人間の数には限りがあった。
その代わり、受精卵が氷の中で眠っている。
受精卵を使って次世代を育てるのが、オレの仕事だ。
「目覚めた者たちがカップルになれたとしても、超年の差だな」
オレは独り言ちる。
恋人は置いてきた。
代わりにオレは、二人の受精卵を連れて来た。
両親も置いて来た。
代わりに兄弟の受精卵を連れて来た。
いや、妹か。
彼女たちは凍ったまま、大人になれる日を待っている。
外はまだ見ていないが、自然のままに浄化された世界を人類にとって都合のよい世界に変えるには大きな労力が必要だろう。
物資の残量や産業の進み具合を確認しつつ、作業を進めなくては。
オレは重い腰を上げ、のそりとカプセルから降りた。