第52話 友

「すっかり片付いたね」

 文字通り、私を迎えに来てくれたみーちゃん。

 配送する荷物は、すでに業者へ渡し手配済み、あとは退去の手続きだけ。

「忙しいのにごめんね、後は手続きだけだから一人でも大丈夫だったのに」

「私が来たかったから来たの。それに、約束したでしょ?」

 あの日の事は鮮明に覚えている。

「ありがとう」


 手続きを終え鍵を引渡し、今夜は二人でホテルへ泊まる。

 チェックインを済ませ、荷物を下ろす。

「おつかれ」

「みーちゃんもおつかれさま。恵さんは元気だった?」

「うん、一周忌だったけどいつも通りパワフルだったよ。常連のお客さんも参列してくれてね、賑やかだった」

「そうなの?」

「普通は家族や親戚だけだよね、でも故人を慕ってくれる人でワイワイやるのもいいんじゃないって言ってね」

 お兄ちゃんも湿っぽいのは嫌いだったから、と遠い目をする。

 外はすでに暗くなっていて、街の灯が輝いている。

「夕食、どうする? ちょっと早いかな」

 みーちゃんの問いに、私は少し躊躇った後答えた。

「会っておきたい人がいるの、行ってきてもいい?」

「ん、いいよ。待ってるから」

 この優しい表情は、きっと察しているに違いない。



 会ってくれるかどうかは分からないけれど、途中で買ったチョコレートケーキを持って、懐かしい場所へやってきた。

 表札はそのままだったから、引っ越しはしていないようだ。

 インターフォンを押すが返事はない。

「留守か……」

 一目会って謝りたいっていうのは、やっぱり私の自己満足なのかな。

 ケーキだけ置いて帰ったら、さすがに迷惑かな。

 一年前のあの日、もしも違う選択をしていたらと振り返ったこともある。それでもこれが自分で選んだ道で、そのせいで傷つけてしまった人がいて。その事は絶対忘れてはいけないと思っている。


 一人佇んで考え事をしていたら、階段を登る足音が聞こえてきた。

「ーーなんで?」

「あ、さーちゃん」




 さーちゃんの隣には、一人の女性がいた。歳は、みーちゃんより少し下くらいかな。雰囲気が柔らかい。さーちゃんの何?

「ーーなんでここにいるの?」

 さーちゃんの責めるような口振りと隣にいる人の存在に、思わず試すような事を口走ってしまった。

「だってさーちゃん、誕生日でしょ? ケーキも買ってきたよ」

 一緒に食べようと思って、と。


 この人は、さーちゃんを本当に大切に思っているのだろうか。

 挑発するように、私が元カノだと分かるような発言をすると「ーー私、帰るね」と走り去っていった。

「待って、美穂さん」

 さーちゃんは少し追いかけたが、すぐに諦めて戻ってきた。

 怒っているかと思いきや、それよりも困った顔をして「何しに来たの?」と呆れた声を出す。

 追いかけなくても大丈夫なのかなぁ、それともそんなに大事な人じゃなかったのかな。

「だから誕生日ーー」

「違うでしょ、彼女と喧嘩でもした?」

 素直に、謝りに来たと言ったら、二人で遠くに行く事を伝えたら、また傷つけるだろうか。

「とりあえず、入れてーー」


 門前払いされても文句は言えない立場だけど、さーちゃんは入れてくれた。なんだかんだ言いながらコーヒーも入れてくれた。時間が惜しいのかインスタントだったが。

「ーーあの人と付き合ってるの?」

「うん」

 即答だ。さーちゃんがこんなにハッキリと言い切るんだから、本気なんだろう。

「へぇ、そうーー」

 良かった、さーちゃんには幸せになって欲しい。私がそんな事を言えた義理じゃないから、憎まれ口を叩いたなら。

「自惚れにも程があるわ」

 容赦ないツッコミがきた。嬉しい。

 こんな風に話せる日が来るなんて。

 今なら素直に言えるだろうか。

「ーーごめん、いっぱい傷つけた」

「友達でしょーー」

 その言葉に救われた。


 せっかく持ってきたケーキ、食べようと提案したら。

「悪いけど、それは持って帰って。彼女に謝って二人で食べたら?」と言う。

 あ、喧嘩している体だったか。

「許してくれるかな?」

「知るか」

 そう言いながら、仲直りするよう諭してくれる。

 そして、どうやらさーちゃんもあの人のところへ早く行きたいらしい。

 そうか、すぐに追いかけなくても、誤解を解いて仲直り出来るような信頼関係ってことか。

 出掛ける準備をするさーちゃんに向かって、これだけは言っておきたい事を告げた。

 さーちゃん、貴女は、誰かの代わりなんかじゃなかったよ。


「あ、それとねーー」

 今にも走りだしそうなさーちゃんに向かって言いかけた。

「もう、急いでるから、あとで連絡して! 番号変わってないからさ」

「あ、わかった」

 本当に戻れるんだね、かけがえのない友達に。

「ありがとう」小さくなっていく背中に呟いた。