遠く、列車の走行音が響いていた。
昼日中は喧騒に満ちていた街も、今や冷やいで空虚だ。
夜だ。夜だ。夜が来たのだ。
星や月よりも強く、人工の灯りが全てを薄ぼんやりと浮かび上がらせる。
都会は夜、眠らない。
時折タクシーが行き交い、お茶の水の駅前に集う酔客を運び去る。
そんな光景に混じり、川と線路をまたぐ高架を一台のバイクが渡り行く。
バイクは右のウィンカーを明滅させ、渡り切った先のT字路へと走り去った。
一見して、この暗さでも古い型と判る。中型バイクだろう。その古さが、ふとタクシー待ちの男らの目を引いた。
それだけでは無い。
一瞬の野性味を帯びた気配。
マシンに跨る女は、その肉感的な肢体をぴったりとした黒革の繋ぎに押し込め、つま先からてっぺんまで黒一色。闇に溶け込む様な異彩を放っていた。
向かいのコンビニで、店員が雑誌の入れ替えをしてる様を眺め、クラッチを切った
右手を下れば、秋葉原。
この時間だとバイト先はもう閉まってるのだが、誰かしら居る事だろう。もう一つのバイト先は……
「何だ……?」
小さく呟く。メットの中でのくぐもった呟き。
フルフェイスのバイザーを上げ、刺すような目線をこの先にあるだろう下り坂へと投げかける。青白い街並みが、音も無く続く。その先へと。
「居る!」
それは確信に満ちた響き。
鋭く、爛々と輝く黒い瞳。
「それも近い!」
そう吐き捨て、乱暴にバイザーを降ろし、信号が青に変わるやマシンを走らせる。
4サイクルエンジンが唸り、跳ねる様に曲がると紀子は両手を組んだ。
煌めく結晶が、その腕の動きを追随するかに追う。
「陰気。邪気。人ならざる諸々の気よ……」
短く息を発すると、パッと四方へと散る残光。その大部分が飛び行く先を見据え、紀子はにいっと笑った。