中央都市に水が降って、
広がりかけた暑さ、暑邪の力がなくなっていく。
議事堂内に蔓延していた蒸し暑さもおさまって、
権力者たちがいた会議室もだんだん涼しくなってきて、
議事堂内に働いていた、いろいろな人たちにより、
ぐったりしていた権力者たちの手当てが行われる。
俺が神速の耳かきで耳の呪いを解いて、
議事堂に来るまでの間に制圧されたのだろうから、
それほど制圧されてから時間は経っていないし、
暑邪による害も少ないかと思う。
身体は大体生きるようにできている。
権力者たちの生命力はそれほどやわではないだろうが、
種族などによっては、暑さに弱いものもいるかもしれない。
そのあたりも、しっかり手当てしてもらいたいところだ。
リラは何かを探して会議室をうろうろしていた。
肩でペトペトさんが何かを言っているようだ。
ペトペトさんの言葉は俺にはわからない。
リラは言葉を聞きながら、会議室を探している。
会議室の隅っこに、リラは何かを見つけたようだ。
声をかけているらしい。
俺もリラの近くに行ってみる。
「もう大丈夫ですよ。あなたは何も悪くありませんよ」
リラは優しく呼びかける。
会議室の隅っこの物陰から、何かが出てくるのが見えた。
ペトペトさんの時同様、
邪なものだったものの核のようだ。
おそらく今回の暑邪の核だろう。
リラは、そっと核に触れる。
すると、核だったものは姿を持った。
ペトペトさんと同じくらいのサイズの、
肩に乗るほどのもじゃもじゃした、生き物のような何かだ。
もじゃもじゃは、とても長く生きたおじいさんの髭に見えないこともない。
髪も髭も長くなり過ぎた仙人のようだと俺は思った。
ただ、手足は毛の中にちまっとあって、
本体がどのくらいかはわからないが、
ほとんど毛でおおわれているようなものだ。
「勇者様、この子は暑邪の核です」
「なるほど、ペトペトさんみたいなものか」
「そうです。おそらく闇の貴公子に捨てられたのでしょう」
「奴にとっては、こういったものも使い捨てというわけか」
「私が面倒を見ますので、連れていってよろしいでしょうか」
「いいぞ。ペトペトさんのように力になるかもしれないしな」
「おいで。勇者様も歓迎していますよ」
リラは暑邪の核の毛玉に呼びかける。
毛に包まれた動物というよりも、おじいさんに見えてしまうのは、
まぁ、俺のイメージ的なものかもしれない。
暑邪の核は、リラの肩におさまった。
なんとなく、お礼を言っているように見えた。
「勇者様、この子に名前を付けてあげましょう」
「名前、か」
「今度は勇者様がつけてください」
俺は考える。気の利いた名前など付けた覚えがない。
暑邪、そしておじいさんと考えて、
「ショージィさんなんてどうだ」
「素敵なお名前ですね。あなたは今からショージィさんです」
暑邪の核だった存在は、
ショージィさんとして生まれ変わった。
鑑定してみると、
元・暑邪。生まれ変わったばかりでそれほど力はないようだ。
暑さの力を持つ従魔であるらしい。
多分あのまま核を晒したままだったら、
核ごと消滅していたのかもしれない。
それもあって、リラは会議室を探していたのだろう。
皆を大変な目に遭わせた存在だとしても、
ペトペトさん同様、彼らに罪はないとわかっている。
みすみす消滅させたくなかったのだろう。
ショージィさんはやっぱり俺にはわからない鳴き声を上げる。
リラには通じているらしく、リラが笑う。
ペトペトさんも何やら楽しそうに鳴いている。
神の耳を持つ巫女は、こんな会話もわかるのだなと改めて思う。
彼女の能力はすごいものだ。
ぐったりしていた黄の国の権力者たちに元気が戻ってきたようだ。
互いの言葉が間違えず通じることと、
中央都市自体に気力が満ち始めていることの確認。
そして、この場にいる俺についての説明が求められた。
俺は、耳かきの勇者と名乗り、
リラを神の耳の巫女と紹介した。
青年が水を飲んで一息つくと、
「僕が黄の国の王だ。一応この会議室の議長でもある」
青年はそう名乗った。
黄の国は長雨の国。それが悪化し始めたころから、
黄の国の水が悪さしているのではないかと思っていたらしい。
折しも耳は呪われていて、
会議室のそれぞれの意見が正確に伝わることはなく、
対立ばかりが深まっていった。
そして、水はどんどん増していき、湿邪が蹂躙するほどのことになり、
中央都市をはじめ、黄の国がもうダメかと言う時に、
雨雲が晴れた。
湿邪が徐々に抜けるかと期待していたその時、
突然会議室にいたすべての耳の呪いが晴れて、
まともな会議ができる、そう思ったら、
「あの黒い存在があらわれたんだ」
「闇の貴公子、だな」
「彼は会議室に結界を張り、手から何かを浮かび上がらせた」
浮かび上がった光のような、ぼんやりとしたそれは、
闇の貴公子が何かを唱えると、
ものすごい蒸し暑さを発生させていった。
会議室の皆は暑さで倒れていき、
黄の国の王の意識も朦朧としていった。
意識が完全に途切れる直前、
何かが壊れる気配がしたという。
「思えば、結界が壊れる音だったんだと思う」
「確かに、俺が結界を壊して突入した」
「その後、意識は途切れて、気が付いたら介抱されていた」
「闇の貴公子は倒してはいないが、ここから去っていった」
「とにかく黄の国は救われた」
「中央都市の耳の呪いも解いた」
「なるほど、都市の気脈が活発になっているのはそのためか」
「きみゃく、とは?」
「この世界を流れる、まぁ、世界の気力のようなものです」
「ふむふむ」
「これが滞ると世界の元気が失われていきます」
「それでは、この世界中に流れているんだな」
「中央都市の気脈解析班が、気脈を見ている」
「それは、都市だけではなく?」
「この世界の気脈の流れを見ている」
「なるほど」
黄の王曰く、魔王から放たれた耳の呪いがはびこって以降、
この世界の気脈の流れも悪くなってきているらしい。
世界から気力が失われつつあったらしい。
わかりやすく言うと、元気がなくなっていた、というわけだ。
気脈解析班は、
青の国と赤の国の気脈の回復を報告していたらしいが、
耳の呪われていた黄の国の王は、ちゃんとした報告として聞いていなかったらしい。
今思えば、あれは世界が回復していく予兆だったのかもしれないと、
黄の国の王は言う。
確かに、青の国と赤の国の耳の呪いは解いてきた。
国に暮らす皆の耳の呪いが解けて、国が活発に動き出すと、
多分その国の気脈も元気になるものなのかもしれない。
耳の呪いを解くということは、
争いごとのもとを断ち切るだけでなく、
皆を元気にするだけでなく、
この世界を元気に蘇らせることなのかもしれない。
「身体が落ち着いたら、アクアンズとも話をしたい」
「今ならば話せそうか?」
「ああ、耳の呪いによる僕の勘違いだったと今ならばわかる」
「まずは身体を落ち着けるといいと思う」
「ありがとう、耳かきの勇者」
「アクアンズたちも、きっと黄の国の王と話をしたいと思っている」
「ひどい事をしてしまったことも謝りたいと思う」
「きっとわかりあえる」
「ありがとう」
黄の国の王は、会議室からどこかに連れていかれて休むらしい。
会議室から出る前に、
気脈解析班のところに行ってみてはどうかと勧められた。
黄の国の気脈はおそらく回復傾向にある。
次はどこの国に行くべきかの道しるべになるだろうとのことだ。
黄の国の王は、そう伝えると、会議室を出ていった。
おそらく黄の国の耳の呪いは大まかには取り除けただろう。
あとは、耳の呪いを自分たちでも取り除けるよう、
黄の国に向けての耳かきをたくさん作る必要がある。
俺は黄の国の素材について尋ねるべく、
会議室を出てそれっぽい誰かを探すことにした。
きっと尋ねていけば、素材について思い当たる誰かがいるかもしれない。
今ならば聞いてくれるだろうし、きっと知恵も貸してくれるだろう。