「みんな、お疲れ様」
みんなが待機している場所に戻った。
僕が最後だったようで、一緒にここから出発した一樹は既に席へ戻っている。
回りを軽く見渡しても、空席が見えないことから間違いなないだろう。
このタイミングでみんなの合否を確認したいところだけれど、規約書にサインした手前、それを行って良いのかわからない。
どうせなら誰か先生に確認しておけば良かった。
西鳩先生が居れば聞けそうだけれど……残念ながら、どこを探しても何処の先生も居ない。たぶん、後片付けをしているのだろう。
依然変わりない態度でみんなは「お疲れ様」と返してくれた。
じゃあ、ここは試験内容とは別の話をしよう。
「今日の朝、桐吾とここら辺をジョギングしていたんだけど、裏庭に大きな噴水と物凄い種類の花が植えられていたんだ」
「あったね。流石は中央都市といった感じだね、どれを見ても綺麗だし、いろんな種類があるのに匂いが心地よかった」
「僕も鼻のことは全然わからないけれど、あの光景は二度と忘れなさそう」
一番最初に飛びついてきたのは、まさかの一華だった。
「えっ! なにそれなにそれ。すっごい観てみたい! どんな感じのお花があったの? 葉っぱが何枚だった? どんな特徴がある匂いがあったの?」
机にバンッと手を突いて、体を乗り出しながらそう言っているものだから、僕と桐吾は少し体を引いてしまった。
「ちょっと一華、落ち着きなさい。ここは私たちだけじゃないんだよ」
「あっ」
叶の言葉に一華は我に返って辺りに視線を送る。
すると、上級生たちは特に変わりなかったけれど、門崎さんたちは隣ということもあって視線が送られてきていたようだ。
門崎さんの「ふふふっ」という笑い声が聞こえてくる。
当然そんな状況で平静を保っていられるはずもなく、一華は顔を真っ赤に染めて大人しく腰を落ろした。
「もう、小さい子供じゃないだから」
「ご、ごめんなさい……」
叶がまるで保護者かのような口ぶりで一華を諭す。
「そういえば男子部屋は、昨晩どんな感じだったの?」
美咲からまさかの質問が飛んできた。
「特別なことは話してないよね?」
「うん」
「……だな」
ん、一樹のテンションが低いような。
「話したといえば、志信が幻覚について話をしてくれたぐらいかな」
「そういえばそうだったね」
「え、昨日って試験内容が発表される前だよね。志信くん知ってたの?」
「いいや、全然知らなかったよ。今日の朝に聞いたのが初めて」
「ほえぇ。志信くんってもしかして相手の思考を読み取れる、得体の知れない能力を持ってたりするんじゃないの」
「わかる。美咲が今口にしてくれたことを、僕も朝の発表の時に思った」
「残念ながら、そんな画期的な能力は持ち合わせていないよ」
「だよねー」
そういえば、ここに滞在していられる期間は少ないみたいだけど、今回の結果発表っていつやるんだろう。
先生が居れば確認できるんだけど……。
そう考えていると、壇上付近の扉が開かれて西鳩先生が姿を現した。
先生はそのまま壇上に上がり、その手には一枚の紙。
「皆さん、こちらに注目してください。今、集計を終え、これから結果発表を行いたいと思います」
西鳩先生は、いつものように淡々と落ち着いて聞き取りやすい声量で話を続ける。
「今回の遠征試験に参加しているパーティは全部で九。つまり、ここには72人の生徒が居ます。ですが、これは現実です、しっかりと結果を受け入れ、ここまで切磋琢磨し合った仲間を非難することだけは絶対にやめてください。――では、まずは合格したパーティ数は二パーティです」
静寂に包まれていた会場が一気にざわつく。
「そのパーティの一つ目が――光崎生徒会長がリーダーを務めるパーティです。そしてもう一つが――」
拳を握り、固唾を飲む。
ここでもし名前が呼ばれなかったら、僕たちはこの先にある頂きに立つ可能性が潰えてしまうということだ。
「――二学年、楠城志信君がリーダを務めるパーティです」
やった。
やった!
やった!
言葉には出さなくても、心の中でそう叫んだ。
「結果は以上になります。ここまで来た皆さんは本当に頑張りました。最初にもあった通り、これは個人の責任ではなく、パーティ全体の責任です。――試験をクリアした人には『おめでとう』を、クリアできなかった人には罵りではなく『お疲れ様』と言ってあげてください。そして、今回の試験を通過した人たちには『頑張れ』とエールを送ってあげてください。では、これにて今回の試験は終了となります。後のことは追ってそれぞれの教師が通達に行きますので」
西鳩先生は、労りの言葉を残し、深く一礼後に降壇した。
僕はみんなに視線を向ける。
「みんな……」
みんなも同じく、僕に視線を集めていた。
「……ありがとう」
なんでか、口が勝手に動いてそう言っていた。
「みんなでクリアしたんだよ」
「そうそう、もしかして志信ったら、こんなところで泣いちゃうの~?」
「こら彩夏、今はそういう茶化していい時じゃないでしょ!」
「うわー、美咲こわ」
彩夏の言う通り、僕は薄っすらと涙を貯め始めていたから、ドキッとしてしまう。
と同時に、その美咲と彩夏のいつも通りのやりとりが、どこか温かく安心できた。
「案外、志信って涙脆いんじゃない?」
「叶ちゃん、美咲ちゃんの話をちゃんと聞いてた? ここはふざける場面じゃないよ」
「お、一華が珍しく怖い顔してる」
「本当に怒るよ」
叶と一華のやりとりもまた、笑えるはずなのに、心が落ちつく。
やったんだ。
本当にやったんだ。
僕だけでは絶対に合格できなかった。
みんなが居たから、みんなとだから合格できたんだ。
「みんな、本当にありがとう。みんなのおかげで合格できた。これだけは間違いのない事実だ」
僕が頭を下げようとした時だった。
一樹が立ち上がり、僕より先に頭を深々と下げ始める。
「みんな、ごめん」
何事か、と僕は顔を上げ、みんなと同じく困惑した。
「ごめん。たぶん、俺だけが今回の試験をクリアしてない。そのはずだ」
僕はみんなに視線を向けて、無言だけれど合否の確認を行った。
すると、全員が同じくして首を縦に振る。
言葉で確認したわけではないから違うかもしれないけれど、この状況では一樹が言っていることは正しそうだ。
「一樹、頭を上げてよ。光崎生徒会長も西鳩先生も言ってた通り、これはパーティの成果だ」
「志信が言う通り、そうなのかもしれない。だが、この場でちゃんと謝らせてくれ」
一樹は僕の制止を振り切り、頭を下げ続ける。
「こうしなきゃ……ダメなんだ。本当にみんな、ごめん――」