僕たちの学園、『カザルミリア学園』と記された縦長の看板がある部屋の前に着いた。
もはや部屋というには広すぎて、大広間と言った方がいいかもしれない。
中に入ると、既に上級生の人たちが席に着いていた。
廊下と同じく様々な刺繍がされた赤い絨毯がびっしりと敷かれていて、8人が座れる長机がいくつも設置されている。入り口から見て最奥には、二か所の小さな階段が設けられている壇もあって、宴会や式にも使われる気配がする。
今から食事会でも開かれるのであろうか、と思っていると、西鳩先生から席の指定を受けた。
ここで門崎さんたちとは別れ、各々が席に着く。
「なんだか緊張してきた」
一樹が体を小さくしてそう呟いた。
普段の活気ある性格からは想像できないぐらいに萎縮している。
とか考察しているけれど、僕も左に同じく、みんなもまた同じく。
少し視線をずらして門崎さんたちを見てももた同じく。
上級生は、ビシッと背筋を伸ばして落ち着いている様子だ。
ヘラヘラと話ができる雰囲気ではない中、別の入り口が開く。
その人物は見間違えるはずがない、生徒会長こと光崎さんだった。
「やあやあみんな、良くぞ遠路はるばるこの地まで来てくれた。とか、招いたみたいに言ってるけど、全部先生たちが準備してくれたんだけどねっ」
先生たちが座る机からは数々のため息が聞こえてきた。
だけど、それが聞こえているのか聞こえていないのか、そんなのなんてそのと光崎さんは話を続ける。
「通達にもあった通り、今日は試験を実施しないよ。明日の朝まで存分に施設を巡ったり話に花を咲かせたりしてくれたまえ。次の試験については明日の朝食時に発表する。とりあえず今言えることは、次の試験は体を動かすものではない。だから食べ物はお腹が一杯になるぐらい食べてくれ! ここの料理は美味しそうだよね、私も今からワクワクが止まらないんだ!」
光崎さんのマイペースぶりに、この場に居るみんなの緊張がほぐれ笑いが起きた。
「あー、一応だけど。残された試験は全部で二つ。ボクだけ試験の内容を知っているから有利だろって思うだろ? のんのんのん、それらの試験はちゃんとボクも参加するし、簡単に突破できるものではない。とだけ言っておこう」
会話の途中、人差し指を立てて左右に振りながら光崎さんはそう言う。
喋ってる内容はいつも通りでも、どこか真剣さが感じられた。
あの時、対面で感じたあの不思議な感じ。
「じゃあ最後に、各々の部屋割りを伝えたら終わりで! 先生方、お願いしまーす」
とだけ言い残し、スキップをしながら光崎さんは降壇していった。
ため息を零す先生やら、乗り気で「はいはーい」と返事する先生も居る。
僕たちを担当してくれる西鳩先生は、そのどちらでもなく、表情一つ変えずにスタスタと均等な足音を立てながらこちらに向かってきた。
なんか変な話だけれど、西鳩先生がどういう人なのか少しだけわかった気がする。
「では皆さん。まあ、部屋の割り振りと言っても、他の生徒と一緒になることはありませんので安心してください。男子は男子、女子は女子で分割です。皆さんには関係ないのですが、中には男子または女子が1人のところは、悲しくも1人部屋になります」
西鳩先生の印象が少しだけ変わった。
僕はそうならなくて良かったと安堵しているけど、女子組からは笑いが湧き上がっている。
確かに、見方を少しだけ変えればちょっと面白いかも。
「そういうことなので、男子は志信君・桐吾君・一樹君の3人で一部屋。女子はどういう分け方をしますか? 一応、3人と2人でお願いします」
「うーん、わがままだとはわかっているのですが、どうせなら全員一緒の部屋がいいなっては思います」
美咲の案に、みんなは首を縦に振る。
「あ、でも大丈夫です。そんなわがままを言える立場ではないのは理解してますので。でもみんなどうしよっか」
「交友関係的に考えるなら、後から加入した私たちが2人側になった方がいいよね」
「う、うん。その方が今すぐに決められるよね」
「うーん……あ、じゃあこの際だから逆にしちゃおうよ」
美咲の閃きに、叶と一華は首を傾げる。
「こういう時だからこそ、だよ。確かに叶が言っている通りにすればすぐに決まるけど、せっかくなんだから、私と一華・彩夏と結月と叶って感じにしちゃうのはどうかな?」
「なるほど、それは新鮮だね。賛成」
「そ、そうだね! 面白そうかも」
「彩夏と結月もそれでいいかな?」
「全然大丈夫ー」
「問題なしなしっ」
「わかりました。では、そのように。――あ、一応ですが他にも宿泊されている方がいらっしゃいますので」
これはお決まりのやつだ。
「意思を優先させて部屋間の移動はしないように」の。
「学生という身分を弁えているならば、別に何をやっても構いません」
あれ。
僕と同じく、次にくる言葉を先読みしていたみんなも目を丸くしてキョトンとしてしまう。
ここに来て、西鳩先生の印象がガラッと変わった。
「どうしたんですか皆さん、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。――嘘嘘、僕がそんなことを言う人間とは思ってもみなかったということですよね。まあ一応、皆さんは遊びに来ているわけでも修学旅行に来ているわけでもありません。だとすれば、やることやれることは沢山あります。なので、ですよ」
そういうことか。
西鳩先生は、柄にもなくあんな風に話を進めてくれたのは、僕たちの緊張を解したりしてくれていたのだろう。
確かに、少なくとも僕は場の雰囲気に飲まれかけていた。
「ということです。では、こちらが部屋の鍵になります。これは本当になくさないでくださいね? 紛失してしまうと、僕の財布がスカスカになってしまいますので」
みんなは「あはは……」と、笑っていいのかわからない反応をするしかなかった。
机に置かれたのは、鍵というにはあまりにも凹凸がなく、その名前には不似合いな薄さと大きさをしている。一言で言ってしまえば、カード。
三枚あるカードを、それぞれ僕・美咲・叶が手に取り、席を立った。
上がった目線で気づいたのが、他の人たちも終わったようで、チラホラと退出を始めている。
「じゃあ皆さんも、部屋に向かいましょうか」