コンコンコンッと軽快なノック音が室内に響き渡る。
「お、来たようだね。――入っていいよー」
「失礼します」
許可が得られた後、1人の少女が入室。
両手を前で揃え、丁寧に一礼。
「そんなに硬くならないで。ささ、こっち来て座っていいよ光崎くん」
「はい、わかりました」
手招きされるがまま、光崎さんは1人用のソファーへと腰を下ろす。
「いやまあ、そうは言いますけどね。こんな異色のメンバーを前に、緊張しない方がおかしいっていうか」
「ああ、確かにそうかもね。それは気づかなかったよ。配慮がなくてごめんね」
「いやいや別に謝ってほしいとかではなく……」
「おい宰治、彼女が困っているだろ。いい加減にしろ」
光崎さんは、まず初めに真っ当な疑問をぶつける。
「あの……私はどのような用件で、このような場に呼ばれたんですか?」
「そうだね。今の時期は、各学園で学事祭が行われている時期だと思うんだけど」
「はい、おっしゃる通りです。まさか、何か問題でも?」
「いいや、問題なんてないよ。なんなら、光崎くんが立案した試験内容は実に面白いものだ。個人でも能力でもなく、各々が己の得意不得意を活かし互いに助け合い高みを目指す。素晴らしいとしか言いようがないよ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
ではなぜその話題を出したのか。
ただ褒められるだけの場であれば、直接ではなくても手紙の一枚送ってくればいい。
「ではなぜ。そう思ったね?」
「えっ、あ、はい」
「そうだよねそうだよねわかるよわかるよ。ギルド総括理事長ことこの僕、
「宰治、いい加減にしろ」
「なんだよつまらない。だからキミは学園時代、お堅い人というレッテルを張られていたんだぞ」
「そんなの知るか。ていうか、言ってたのお前だけだろ」
「あれ、そうだったかな。――まあ、そんなことは置いといて。本題なんだけど、光崎くんの学園に面白い生徒を見つけてね」
それを聞いた途端、光崎さんの顔が険しくなる。
「勧誘、ですか」
「いやいや違うんだ。そんな怖い顔をしないでおくれよ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「お前それセクハラだぞ」
「え? 事実を言ったまでなんだけど」
光崎さんは事の重大さを理解している。
勧誘、これは優秀な人材を年齢問わず自らの所属するギルドやクランへと所属させ、本当の実践に参加させること。
それは、当人にとってもそれが本望であるためどちらにとっても良いもの。
だけどそれは、同じくして死をも意味する。
ある程度の段階を踏んで知識を蓄え沢山の経験を積んだのであれば、まだわかる。
だが、全てが中途半端な状況で死と隣り合わせの場所で戦うのだ。
現状、勧誘をされ学園を去った者の死亡率は三割もある。
学生気分が抜けきっていない子供にとって、死というのは程遠く感じでしまい危機管理能力が欠けている結果が招く悲惨な結末。
「では、その生徒が何か問題でも起こしたのですか?」
「いやいや、全くもって悪い話じゃないんだ。その子にこの道徳を合わせてあげたいって話なんだ」
「それはどういう……?」
「良くぞ訊いてくれた!」
「そういうのはいい。簡潔に答えてやれ」
「えー! ここからが面白いのにー。――まあいいか。そうだね、その子は彼にどこか似ていたんだ」
光崎さんは考えた。
源藤さんの口調は怪しさが溢れんばかりに感じる。
でも、人類の最後の砦とまで称される【大成の樹】のリーダーである上木さんもこの件を承諾している様子。
そんな人が首を縦に振っているのであれば、どんな人物より、実の親より信頼できる。
「でも、残念ながら在学生にそのような生徒はいなかったように記憶しています。上木さんのようなカリスマ性を持ち合わせた……という共通点なのでしょうか?」
「確かに。もしかしたらと思っていたけど、それも無理はない。だって、彼のようなクラスは一年生を除いては誰1人としていないからね」
「どうしてそれをご存じなのでしょうか。生徒の情報はギルドに対しても機密情報扱いのはずですが」
光崎さんの顔が再び険しくなる。
「そうだね。まあ、今はそんなことはいいんだよ」
「そんなことですか……。では、その生徒というのは誰のことなのでしょうか」
「つい最近、この学園へと転校してきた生徒がいるはずだよね。正しくは生徒たち、なんだけど」
「……」
「あれ? 僕の間違いだったかな。でもね、僕もバカじゃないんだよねぇ。ちゃーんと彼については調べたんだよ。でもねぇ、なーにかがおかしいんだよねぇ。光崎くん、なんでだと思う?」
「……なんのことでしょうか」
「おい宰治。そんなことは聞いてないぞ。脅すような真似はやめろ」
上木さんの仲裁により、一時安堵する光崎さん。
「いやねぇ~。まあ、いいっか。でもね、光崎くん。今話している相手は、ギルドで一番偉い人だからね~」
「は、はい。もちろん、わかっていますとも」
(こんなの、ただの脅しじゃない! もしも上木さんがここに居てくれなかったら、私に発言権限すらなかったじゃん!?)
光崎さんは表ではにこやかと笑顔を必死に作るも、内心、それどころではない。
目の前に居る2人は、言ってしまえこのガザウェルマリア国にて知らない人の方が少ないような人物たちだ。
源藤さんに関しては知らない人が居てもおかしくはない。
だけど、上木さんは違う。
こんな状況――一般生徒であれば、緊張から言葉を真っ当に発することもままならないだろう。
緊張感と重圧が体を支配される中、光崎さんは飲み込まれないように拳に力が入る。
「それで、そのお会いしたいという生徒の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「二年三組楠城志信くん」
「…………そうですか。なるほど。私としたことが、ど忘れしていたみたいです。なんせ、ここ最近は学事祭の準備で忙しかったものでして」
「そうかい。今回はそういうことにしておくよ。それで、許可はもらえるかい?」
「そうですね。会うだけであれば問題はありません。では、要件がお済のようでしたら私はこれにて」
光崎さんが立ち上がろうとした時だった。
「ところで光崎くん。聞きたいことがもう一つあるのだけれども」
「な、なんでしょうか」
「現在開催している学事祭、もっと盛り上げたいと思わないかい?」
「それはどういう意味でしょうか」
「いやね、こちらからのお願いというのも不公平だ。だからね、これを」
源藤さんから差し出される一枚の用紙を光崎さんは受け取る。
「――なっ! こ、これは……なんで今やってる学事祭の内容をご存じなのかはこの際問いません。ですが……面白いですね。いいでしょう、この案に乗ります」
「はははっ、乗ってくれて嬉しいよ。ほら、上木くんも見て見なよ」
「……ほう」
「それでは、私はこれにて失礼させていただきます」
こうして、異色のメンバーによる会議は終わりを迎えた。