第4話『薬師、海辺の街へ赴く』


 それからはとんとん拍子に事が進み、ついに出発の日を迎えた。


「ノーハット伯爵様、このたびはお心遣い、痛み入ります」


「そうかしこまらないでくれ。私が好きでやったことだ」


 早朝にミラベルさんを含めた全員でノーハット家に向かい、伯爵様にご挨拶する。


 この方は数日前からポルティアに滞在していたはずだけど、どういうわけか一度戻ってきたらしい。


「こちらとしても、工房を手薄にさせてしまってすまぬな。屋敷に係の者を残しているので、必要とあれば何なりと申し付けてくれ」


「ありがたきお言葉でございます」


 そう言って深々と頭を下げるミラベルさんに倣って、わたしたちもお辞儀をする。


 そうこうしていると、二台の馬車がやってきた。


 ひとつはエドヴィンさんが手綱を引く四人乗りの立派な馬車。もうひとつは幌馬車だった。


 海辺の街には10日以上滞在するということで、その荷物もかなりの量だ。普通の馬車では運べないので、こうして幌馬車を出したらしい。


「レリックよ、よろしく頼んだぞ」


「おまかせください!」


 伯爵様に声をかけられ、幌馬車の上で一礼するのは、商人のレリックさんだった。


 彼はうちの工房にも薬材やくざいを卸してくれているのだけど、伯爵様とも繋がりがあったのかな。


「それでは出発するとしよう。では、あちらの幌馬車に……」


 意外な人物の登場にわたしが驚く中、伯爵様は変わらぬ調子で人員を割り振っていく。


 元商人……ということも関係しているのか、仕切るのが好きなようだった。



 やがて、わたしたちを乗せた馬車はノーハット家の門前を出発した。


 所狭しと荷物が積まれた幌馬車に、スフィアとクロエさん、マイラさんが乗り込んでいる。


 一方、エドヴィンさんが操舵する馬車には、伯爵様をはじめとしたノーハット家の皆様と、なぜかわたしが乗せられていた。


 ……ど、どどど、どうしてこんなことに。


 まさかの伯爵様ご一家との相席に、出発直後からわたしの緊張はピークに達していた。


 揺れる馬車に身を任せているだけだというのに、三人がまとうオーラがわたしと違いすぎる。まさに上流階級。胃が痛い。


「さて、薬師やくし殿、そなたとは少しばかり話をしたい」


「は、はひ……」


 胃腸薬、調合しておけばよかった……なんて考えていると、伯爵様が膝の上で両手を組みながらそう口にする。


「そう固くならないで。お父様、エリン様とお話したいがために戻ってこられたんです」


「そ、そうだったんですか。それは、ご足労をおかけしまして……」


 緊張をほぐすようにオリヴィア様が言うも、わたしは視線をさまよわせる。


 わたしなんかのために、伯爵様がわざわざ? ますます意味がわからない。


「唐突な質問になるが、薬師殿のお父上はセドオアと申すのではないか?」


「えっ……」


 続いて伯爵様の口から出た名前に、わたしは目を見開く。


 それは久しぶりに聞いた、父の名だった。


「そ、そうです。セドオア・ハーランドです」


「やはりか。薬師殿の家名を聞いた時、そうではないかと思っていたのだ」


「は、伯爵様は、父をご存知なんですか?」


「知っているも何も、彼とは親友だった。そして、良き仕事仲間でもあった」


 わたしの言葉で確信を持ったのか、伯爵様はどこか嬉しそうな表情を見せる。


 父は若い頃から薬師工房を持っていたし、元商人だという伯爵様とも、古くから交流があったのかもしれない。


「しかしそうか。そなたがあのセドオアの一人娘だったとは。国一番の薬師と呼ばれた彼の血、しっかりと受け継いでいるようだな」


「も、もしかして、気づいておられたんですか」


「ハーランドという家名は珍しいが、正直確証はなかった。娘が生まれたという話は聞いていたものの、私は一度も会ったことがないからな」


 続けてそう言い、彼は優しげな眼差しを向けてきた。


 ……そこまでの話を聞いて、わたしは腑に落ちる。


 いくらオリヴィア様やイアン様の病気を治したとはいえ、工房設備の修繕や屋敷への出入りの許可、そして今回の別荘への招待など、これまでの伯爵様からの待遇は度を越していた。


 ……わたしは伯爵様にとって、かつての親友の娘。


 彼が親しくしてくれる理由は、そこにあったのだ。