第6話『薬師、弟子に調合を教える』


「はぁ、疲れた……精神的に……」


 エリン工房に戻ったわたしは、調合室で一人うなだれていた。


 人見知りで色々気にしてしまうせいか、わたしは外出するとすごく疲れてしまう。


 できることなら、このまま一眠りしたいところだけど……今日はそういうわけにはいかない。


「先生、準備できました!」


 その直後、クロエさんお手製の割烹着に着替えてきたスフィアが、やる気に満ち溢れた顔で調合室のカーテンを開けた。


 今から、彼女に薬材やくざいの粉砕作業を教えることになっている。


「よ、用意はしています。こっちです」


 頑張れエリン。負けるなエリン……自らの頬を叩いて気合を入れてから、わたしは彼女と並んで薬研やげんを手にする。


 少し考えて、比較的潰しやすいスイートリーフを粉にすることにした。


「ま、まずは切るように、真上から押さえつけてください。力を入れて、こうです」


「こ、こうですか?」


 薬研に入る大きさに刻んだスイートリーフの根を、ゴリゴリと更に細かく潰していく。スフィアはわたしの動きを見ながら、見様見真似で手を動かす。


「あ、そのやり方だと腕が疲れるので、もっと体重を乗せて、上半身の力で潰すように……こうです」


「こ、こう?」


「あっ、薬研の側面じゃなく、真ん中を使ってください。そうです。いい感じです」


「はい!」


 ……その後、何度か指示をしながら作業を続けるも、なんだかんだでスフィアはコツを掴むのがうまい。これなら、調合の基本はすぐに覚えてしまいそうだ。


 それによって作業効率が上がるのはいいことなのだけど、わたしにとってはこの粉砕作業も心落ち着くひとときだ。その時間が減ってしまうと思うと、少しだけ気持ちが沈んでしまうのだった。



「エリン、ちょっといいか」


「ひえっ」


 しばらくすると、ふいにミラベルさんがカーテンの隙間から顔を覗かせた。


「は、はい……なんでしょうか」


「またマイラが熱を出してしまってな。部屋で休んでいるから、ちょっと診てくれるか」


 おっかなびっくり、操り人形のような動きで振り返ると、ミラベルさんが神妙な顔でそう言った。


「あっ、わかりました」


 それを聞いて、わたしは立ち上がる。


 マイラさんは過去に患った病気の関係で、時々熱を出すことがあるのだ。

階段を上り、マイラさんの部屋に静かに足を踏み入れる。


「あー、エリンさん、来てくれたんだ。ごめんねー」


 力なくベッドに横たわるマイラさんは、その髪色と同じように顔を赤くしていた。


「ま、また熱が出たと聞きました。大丈夫ですか」


「んー、最近出てなかったから油断したねー。エリン先生、よろしくお願いします」


 空元気っぽく言うも、マイラさんは呼吸が荒かった。


 おずおずと額に触れると、かなり熱がある。以前の症状と似ているも、時折震えがある気がする。


「その、マイラさん、寒気はありますか」


「ちょっとあるかなー。時々だけど」


「お腹の調子はどうですか。戻したり、下したりは?」


「それは大丈夫。食欲はあるよ」


「わ。わかりました。ありがとうございます」


 問診を終えたわたしは、頭の中で必要な薬材について考えを巡らせる。


 主な症状は熱だけで、咳や鼻水も出ていない。となると、作るのは熱冷ましでいいと思う。


 その調合に必要なのはゴールデンリーフにパープルアイ、スイートリーフ、グリーンオリーブだ。


 お店の棚に並んでいる薬を流用してもいいのだけど、今回は寒気があるということだし、ジャールの根を加えた特別版を作ってあげよう。悪寒対策になるし、多少の辛味もスイートリーフの甘みで誤魔化せるはずだ。


「マイラさん、大丈夫なんですか」


「うひゃあ」


 自分の世界に入り込んでいた時、突然耳元で声がして、わたしは飛び上がる。振り返ると、目と鼻の先にスフィアの顔があった。


「い、以前も同じ症状が出たことがあるんです。ただ、寒気がするというので、熱冷ましの薬にジャールの根を加えます」


「決められた配合以外に、薬材を加えちゃってもいいんですか?」


 そう言って目を丸くするスフィアの手には、調合の教本があった。おそらく、時間をみつけて読んでいたのだろう。


「れ、例外的な調合は可能です。組み合わせによっては副作用が強くなりますので、ちゃんと知識を得た上で、ですけど」


「そうなんですね……やっぱり、エリン先生はすごいです!」


「い、いや、それほどでも……」


 至近距離からキラキラとした眼差しを向けられ、思わずたじろぐ。


 褒められ慣れていないわたしに、この子の笑顔は眩しすぎる……!


「エリン、マイラの容態はどうだ?」


 その時、ミラベルさんが部屋にやってきた。わたしは先程と同じ説明を彼女にしたあと、スフィアを連れ立って調合室へと戻る。


「そ、それではスフィア、今からマイラさんのために熱冷ましを作るので、あなたも手伝ってください」


「わ、わかりました。緊張します……」


「だ、大丈夫です。わたしがしっかりと教えますので……」


 二人で薬研の前に腰を下ろすも、スフィアの緊張がわたしにも移ったのか、胸がドキドキしてくる。


「……なんだか、エリンさんが二人になっちゃってる気がしますよ」


「ひいっ」


 その矢先、背後からクロエさんの声が飛んできて、わたしたちの叫び声が重なった。


「スフィアちゃんはともかく、エリンさんが緊張してどうするんですか。ほらほら」


「あわわわわ、クロエさん、肩を揉まないでくださいぃ……」


「緊張をほぐしてあげてるんですよー。お二人とも、頑張ってください」


 ひとしきりわたしの肩を揉んだあと、クロエさんは二つのマグカップを置いて去っていった。


 カップを持ち上げてみると、独特の香りが鼻をつく。


 これは以前、わたしがクロエさんに作り方を教えた特製ミルクだった。


「……変わった匂いがします」


「こ、これがジャールの根の香りです。スイートリーフも入っているので、甘くておいしいですよ」


 すんすんと香りを嗅ぐスフィアにそう説明すると、彼女は恐る恐るマグカップに口をつける。


「……あ、おいしいです!」


 ぱあっと笑顔の花を咲かせた彼女は、こくこくとマグカップを傾ける。


 それを見てから、わたしも特製ミルクを一口飲む。


 甘さの中にぴりりとした風味があり、お腹の底からじんわりと温まる。


「これを飲んだら、調合作業を再開しましょう。マイラさん、待っているでしょうし」


「そうですね! 私もお手伝い、頑張ります!」


 そう言って、お互いに自然と笑いあう。特製ミルクのおかげで緊張もほぐれたような、そんな気がした。