くちゅっ、と唾液同士が混ざり合う音が脳内で反響する。
口を塞がれてすぐに分かった。俺は今、キスをされている。
それも深く鋭い、大人がするキスを。
「んむ……ん、ちゅ。れぅ……」
咄嗟に目を開けようとすると、手で目元を覆われた。
真っ暗な視界の中ベンチの背もたれに押し付けられると、首元には左腕が。膝の上には乗っかってきた有美の太ももの柔らかい肌触りがズボン越しに伝わってきて、心地よさに思わず力を抜いてしまう。
これは、有美がキスをする時の癖だ。
有美はいつも俺にキス顔を見せてくれない。目を瞑らされるだけの時もあれば、今回のように目元を隠される時も。とにかく色んな手段を用いて、繋がっている時の自分を隠したがる。
甘えんぼで、寂しがりやで。何度も繋がりを求めてくるくせに、繋がっている間は目を合わせたくないんだとか。
でも有美のキスにかける時間は、とても長い。くちゅくちゅと音を鳴らしながら舌を絡めて、一度離れて。息を吸って呼吸を整えてから、もう一回。
きっと力ずくですれば彼女のか細い手なんて簡単に振り払えると思う。でも、やっぱり有美自身がこれを望んでいる以上、無理強いはしたくなくて。
そして何よりも恥ずかしいと思いつつも″我慢できずに唇を合わせてくる″その姿が、とても愛おしかった。
「………………ぷぁっ」
はぁ、はぁっ、と。甘い吐息が耳に届く。
同時に手がそっと退けられると、目の前には激しく赤面しながらもとろんとした目をして俺を見つめる、有美がいた。
「ごめん……我慢、できなかったの」
「ううん、謝ることないけど。どうしたの、急に」
「分かん、ない。でも寛司が他の女の子から声かけられたり、チヤホヤされたりしてるの見ちゃってから……なんかずっとモヤモヤしてて。甘えたく……なっちゃって」
ああ、俺の彼女は本当に……
何度、俺を惚れ直させれば気が済むのか。何度俺の心を揺さぶって、ドキドキさせれば気が済むのか。
可愛い嫉妬で心にモヤを抱えて、その上我慢できなくなるほど衝動的な甘い気持ちを向けてくれるなんて。
こんなに彼氏冥利につきることはない。
「でもやっぱりキスする時の顔、見せてくれないんだ?」
「う゛っ。だって恥ずかしいし……。わ、私だって頑張ろうとはしてるんだよ? でもつい、隠しちゃって……」
「ふふっ、ごめんごめん。責めてるわけじゃないよ。まあいつかは見せてくれると嬉しいけどね」
膝の上で狼狽える有美を、そっと抱き寄せる。
細身な身体がこてんっ、と倒れてくると甘い香りが鼻腔をくすぐってきて、また幸せが溢れ出してくる。
「代わりに、少し付き合ってよ。俺も有美のこと堪能したくなったから」
「ぴゃっ!? へ、変態。いきなり抱き付かないでよ……」
「いきなりあんなに激しいキスしてくる女の子に言われてもね」
「つっう……」
ああ、まずいな。変なスイッチが入ってしまった。
ここは校舎裏で、今は俺たちしかいないとはいえ。誰かが来てしまう可能性は充分にあるというのに。
有美の背中を摩る手が止まらない。抱き寄せて、たじたじにさせたい欲が止まってくれない。
「しばらくこうしてよっか」
「………………もぉ」
本当、相変わらず世界一可愛い彼女だ。