「ね、見て見てあれっ」
「きゃーっ! あれ有美ちゃん!? 渡辺君と付き合ってるってのは知ってたけど、めちゃくちゃラブラブじゃん!!」
「んね! 手繋ぎながらちょっと恥ずかしそうにしてるのが初々しい……推せるっ!!」
廊下の隅から、小さな話し声が耳に入ってくる。
どうやら有美は全く気づいていないようで、周りのお店を見回しながら楽しそうにしている。聞こえたのは俺だけか。
相変わらず有美は周りから人気というか、守られる体質というか。可愛いのは勿論前提条件だろうが、この自分の欲望を百パーセント伝えきれない感じがきっとまわりからすれば甘酸っぱく映るのだろう。
「? どうかしたの、寛司?」
「いや、なんでも。次行きたいとこは決まった?」
「んーとね……。あっ、あそこなんかどう?」
周りからの視線にも気づかず手繋ぎデートを楽しんでくれている彼女が指さしたのは、わたあめを売っているクラス。けれどどうやら、普通のわたあめとはちょっと違うようだ。
「何あれ……すっご」
普通わたあめと言えば白い砂糖を繊維状にしてもふもふになったものを割り箸に巻く、それだけのものなのだが。
そこのわたあめはどうやら最近流行りらしい、キノコのような形をしたレインボーわたあめだった。白にピンク、水色、黄色等。様々な色を段階ごとに使い構成されたそれはインパクトがあり、何よりとてもおしゃれだ。買っている女子達は自撮りをSNSに投稿して、キャピキャピとした様子でそれを摘んでいる。
相変わらず可愛いもの好きな有美は、その様子に惹かれたようだ。自分にああいったものは似合わないといつも言っているけれど、なんやかんやでしっかり女子高生である。
「いいよ、あれ食べよっか。流石に一人一つは多そうだし、二人で一個でもいい?」
「っ……う、うん。いい、よ……」
いつも俺の家にいる時は平気で間接キスをしたり半分こしたりしているけど、やっぱり外でとなると少し恥ずかしいのか。有美は一瞬動揺する素振りを見せながら頷いた。
二人で行くと誰かに茶化されそうだしここで待っておいてもらって一人で買ってこようか、なんて思ったが、恥ずかしがりつつもしっかりと手は繋いだままで。結局二人でわたあめ機の前まで行って、一つを注文する。
「あ、お金。ちゃんと半分出すよ?」
「気にしないで。俺がワガママ言って半分こしてるんだし」
「で、でも……」
「いいから。かっこつけさせて?」
「……ありがと」
「どういたしまして」
財布を取り出して、五百円玉を渡す。バイトをしていない身としてはあまりこうやって奢ってあげられる余裕もないのだが。どうせ俺がお金を使うところと言えばせいぜい漫画と服くらいだし、その他は全部有美関係に当てられる。自分のことに使うより、俺としてはそっちの方が幸せだ。
「わぁ……っ。すごい、こうやって作るんだ……」
割り箸に巻かれていくわたあめが、少しずつ巨大に。そしてカラフルに。機械の中央に入れる佐藤希色が変わると同時に出てくる綿も変色し、作り手の女子によって上手く形を整えながらキノコ型を描いていくそれは、ちょっとした芸術のようにも見えた。
「お待たせしました〜。はい、どうぞ!」
「本当、目の前に来ると凄い迫力だね」
「うんっ。これ一度でいいから食べてみたかったの」
「あ、ちょっと待って。せっかくだから食べる前に写真撮ろうよ」
「へっ……い、いいよ。恥ずかしいし……」
「まあまあまあ。そう言わずに、さ」
「むぅ。せ、せめて周りに人いないところまで移動してからにしよーよ」
「だーめ。有美、つまみ食いしそう」
「私を食いしん坊か何かだと思ってるの!?」
「はいはい撮りますよ。ほら、寄って」
「う゛ぅ……」
肩を抱き寄せて、二人の真ん中にわたあめを配置してから。したことのない自撮りでシャッター音を鳴らす。
右上に腕を伸ばしての撮影。ただボタンを押すだけだし簡単にできるだろうと思っていたのだけれど、意外と難しい。写真を確認するとブレブレだった。
「あの、よかったら撮りましょうか?」
「いいですか? すみません、お願いします」
「もぉ、撮れないなら初めからやらないでよ。寛司、自撮りなんてしたことないでしょ」
「あっはは……ごめんっ」
結局そんな俺をみかねたわたあめ屋のクラスの人が声をかけてくれて、写真をお願いすることになった。
「じゃあ撮りますよ〜。はい、チーズッ!」
縦と横で何枚か写真を撮ってもらい、確認する。
流石女子というべきか、画角といい色々ととても上手かった。やっぱり普段から写真を多く撮っていると上手くなるものなのだろうか。
ピースする俺と、顔を赤くしながらも嬉しそうな顔をして不恰好なピースを作る有美。
良い写真だ。また一つ、有美との思い出が増えた。
「壁紙にしよう」
「やめっ、やめてよ!! いや今の壁紙よりはマシかもだけど!!!」
「え〜、これのこと?」
「それよそれ!! なんで私の寝顔がホーム画面なわけ!? というかいつ撮ったの!?」
「お泊まりした時」
「っっっう〜〜っ! 消してって言ってるのに!!」
「やだよ。有美の可愛い写真は永久保存版だから」
「こんの、こんのぉっ……!!」
有美の耳が、ほんのりと赤くなっていく。
あまりにも恥ずかしがるもので少し可哀想になってきたから、俺はイジるのをやめてスマホをしまう。写真も撮ったし、そろそろわたあめを食べたい。
「座れるところ探そっか」
「あ、話題変えた……」
「まあそんなに怒らないで。せっかく美味しいものがあるんだし、楽しく食べよ」
「ぐぬ、ぐぬぬぬっ。なんか言いくるめられた気がする……」
と、言いながらも。有美も早くわたあめを食べたいという気持ちは同じなようで。再び手を繋いで、近くのベンチへと足早に移動したのだった。