第125話 非モテ巣食いしお化け屋敷2

「く、暗い……。ね、ゆーし。絶対離れないでよ? 隣にいてよ!?」


「オイ、大丈夫か? というか怖いの苦手なくせになんで入ったんだよ……」


「だって、だってっ! 彼氏さんとお化け屋敷でひっつくの一回やってみたかったんだもん!!」


「というか、俺もホラー苦手だからな。あんま漫画みたいにかっこよく守ったりとかはできないと思うけど……」


「と、隣にいてくれるだけでいいよぉ! 一人じゃ私おかしくなっちゃうからぁ!!」


(ふふっ、来た来た。バカップルめ……)


 今回のお化け屋敷。二年四組はかなりの力を入れて望んでいる。


 段ボールで順路を作り、なんとか狭い教室の中を広いように見せて。あとは窓から入ってしまう外の光をしっかりと遮断し、真っ暗闇を演出。その中で潜んだクラス生徒が襲撃をかますのだ。


 その第一段階。モブCは自分のところへとバカップルが出現したのを確認し、早速復讐を実行する。


 彼が身に纏うのは血塗られた白装束。ウィッグで前にお腹の前まである長い黒髪を垂らし、顔の見えない血まみれ幽霊として姿を現すのだ。


 手元に持った懐中電灯の電池が切れていないことを確認し、段ボールの裏側からスタンバイして。勇士が横を素通りしようとした、その瞬間。懐中電灯で自分の姿がしっかりと見えるように光を出し、飛び出る。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁー」


「ぴぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?!?」


「わ、ちょっ。うおっ!?」


 一瞬ライトで姿を現し、低い唸り声を聴かせて。再び姿を消す。


 人は何もないところから人が現れることに恐怖を感じる。ずっとそこにいればここがお化け屋敷ということもあり恐怖に慣れられてしまう可能性があるから、ここはあえてすぐに姿を消すことでまたいつ出てくるのかという恐怖感を演出。


 モブCの幽霊としての解像度と理解度は、完璧といっても過言ではなかった。復讐のためあえて勇士の側から出ていくと言う作戦も含めて。


 が────


(……は?)


 ぎゅぅぅぅぅぅぅぅ。


 彼は一つだけ、計算に入れ忘れていたことがあった。


……それは由那の極度なビビりと、抱きつき癖である。


「ゆ、幽霊しゃん……ぴぃっ」


「オイ、由那? 大丈夫か?」


「だ、だだだ大丈夫じゃ、ないぃ。血まみれ……黒髪ぃ……っ」


「ったく。だからやめとけって言ったのに……」


 感動映画を見ている時、隣で大泣きしている人がいたら涙が引っ込むように。本当にホラーに関しては苦手だったはずの勇士の心は今、驚かされたばかりだというのに凪いでしまっていた。


 一度驚きはしたのだ。恐怖を感じ、身体を震わせたのだ。しかし、その恐怖心は一瞬にして塗り替えられてしまった。


 由那の放つ″守ってあげたくなるオーラ″は勇士を簡単に虜とし、頭なでなでを無意識的に要求してモブCにまた砂糖オーラを伝染させていく。


「う゛ぅ、怖いよぉ……」


「よしよし。もう無理せず出るか? 今なら入口に戻れば出してもらえると思うぞ」


「……もうちょっとだけ、がんばる。ゆーしとお化け屋敷来れる機会なんて滅多にないもん……」


「そう、か。分かったよ。けど無理だけは絶対にするなよ?」


「えへへ……ゆーし、結局全然平気そうだね」


「そんなことないって。さっきのだって心臓飛び出しそうだったんだぞ」


「本当にぃ?」


「おう。俺だってこんなとこ一人じゃ入れないから。────由那とだから、入れるんだよ」


「ふにゃっ!? へ、へへっ。そっか」


(なんだよそれ! なんだよそれッ!? クソッ、彼氏が強メンタル過ぎる!! 砂糖オーラに包まれてるせいか!?!?)


 グッ、と握り拳を作りながら、唇を噛む。


 復讐のつもりが、気づけばイチャイチャの潤滑油にされてしまった。これでは彼氏を死ぬほどビビらせてあの子に失望させるという作戦が台無しだ。


(すまねぇ、お前ら。あとは任せるぞ……)


 まだまだお化け屋敷は序盤。この先にはもっと幽霊役を極めた奴らが。そして復讐の憎悪に取り憑かれた真の亡霊達が待ち受けている。


 きっと大丈夫だ。アイツらならやってくれる。



 モブCは託す気持ちを胸に。暗闇に慣れた目でバカップルの眩しい背中を見つめるのだった。