温泉を出て、木造の橋と階段が連なった裏庭へと出る。
小さな水音と緩やかな風の音だけが響く、物静かな庭園。
そんな、人を落ち着かせる場所にいるにも関わらず。俺の心臓はざわついたままだった。
「ね、ねぇゆーし? 周り、人いなくなったよ……?」
「ああ、そ、そうだな。これ以上奥には行かなくていいか」
握られていた手のひらに少しだけ引かれて、人のいないところまで来ていたことにようやく気づいた。
ぼんやりとした明かりだけが照らす、涼やかなこの場所で。俺は、今から────
「あ、手。握ったままで、いいよ。握ったまま……聞きたい」
「……そう、か」
向かい合って気持ちを伝え合う。そんな場だから、手は一度離そうと思っていたのだが。
由那は、それを察したのか。握る手の力を強くした。
他ならぬ彼女の頼みだ。俺は従うしかなく……なんて言い方をしたら嫌がっているみたいか。彼女の意思を尊重して、そのまま。秘めていた気持ちを話すことに決めた。
「じゃあ……聞かせて? ゆーしの、伝えたいこと」
すぅーっ、と。大きく息を吸って、吐く。
呼吸を整えて、少しずつだが。周りの音が静かなこともあってか、心が凪いでいく。
「落ち着いて、ね? 私はゆーしが何を伝えてくれても、絶対に離れたりしないよ」
ああクソ、情けないな。
不安な気持ちが漏れ出してる。それを由那に察知されてる。だから……励まされた。
情けない。いつも引っ張ってくれるのは由那で、俺は彼女の気持ちに甘え続けている。
男として情けない。寛司の言う通り、本当に腰掛けでチキンなんだな、俺。
「やっぱり……由那には敵わないな。本当はかっこよく、言いたかったのに」
「ふふっ、それがゆーしだもん。ゆーしは鈍感さんで、ちょっと頼りなくて。でもふとした瞬間に私をドキドキさせてくれる、かっこいい人で。私が五年間追いかけ続けた人は……そんな、男の子だから」
手から伝わる体温が、みるみるうちに熱くなっていく。
ふとした瞬間にドキドキさせられるのは、俺もだ。
甘えんぼなところが好きだ。寂しがりやで、少し面倒臭いところが好きだ。子供っぽいままのくせに、ムカつくくらい可愛いところが好きだ。好意を素直に伝えてくれて、隣を歩いてくれるところが好きだ。
いつもドキドキさせられてばかりで、特に由那を好きだという気持ちに気付かされてからは。もう好きが止まらなくて、どうしようもないくらいにいつも彼女のことを考えている。
幼なじみとして。一人のクラスメイトとして。このまま彼女と過ごす日々は、きっと幸せなものだろう。毎日一緒に登下校して、遊んで。たまに由那の家で勉強して。デートして。
でも、俺は我儘だから。それでは足りなくなってしまった。
由那の隣を、恋人として歩きたい。この溢れんばかりの好きを毎日伝えて、今以上に彼女を愛したい。
好きだ。江口由那という、一人の女の子が。俺はもう、狂おしいほどに大好きなんだ。
誰にも渡したくない。独り占めしたい。コイツは俺のものなんだって、他の誰かが付け入る隙を与えないような毎日を送りたい。
だから────
「由那。俺は……」
受け入れて欲しい。この気持ちを。
独りよがりな、どうしようもない好きを。
「お前のことが、好きだ。好き好きで、もうどうしようもなくなってる。だから……俺と、付き合って欲しい」