時は少し遡り、数分前。
壁一枚を隔てた先には、天国のような光景が広がっていた。
「う゛ぅ、い゛い゛〜〜。効ぐぅ〜〜〜」
「ちょっと薫、おっさんみたいな声出さないでよ」
「気持ちいいんだからいいじゃねえかよぉ〜」
石垣のようになっている浴槽の端で身体をのけぞらせ、その豊満なものをタオルも巻かずに見せつけながら。薫は女子あるまじき声をあげる。
乙女三人。最後の入浴は、ひたすらに羽を伸ばしてのんびりと浸かっていた。
今日の思い出話や、すぐに始まってしまう学校への憂鬱な気持ちなどを吐露しながら。
だがそんなほのぼのとした空間で。明らかに一人だけ、様子のおかしい者がいた。
「ぶく、ぶくぶくぶく……」
「由那ちゃん、どうしたの? 顔……真っ赤だけど」
「ふえっ!? な、なんでもない、よ?」
「むむっ。ピーンときた! 今私の乙女レーダーに反応があったぞぉ!!」
「乙女て……」
旅行の思い出話をしていくうちに。由那の顔は何故か赤くなっていき、今では茹で蛸のように真っ赤っ赤で水面に泡を作っている。
その原因たる要因は、あの男。
由那の愛する勇士との行いを思い出してしまったことにあった。
「ほれほれ、私に話してみんしゃい。由那ちゃあん。なんでそんなに真っ赤なのかにゃ〜?」
「う、うぅ。真っ赤じゃ、ないもん。別に、ゆーしに対して責めすぎたとか……思ってないもん……」
かあぁ、と赤面を強めながら否定という名の自白をしてしまう彼女は、記憶を遡り再び恥ずかしさに打ちひしがれる。
問題だったのは先程までの混浴風呂。水着姿という布一枚の格好をしているにも関わらず、何度も何度も密着して。
いつもは勇士に対するイチャイチャに羞恥心など一切持たない由那でも、流石にあの格好で、というのは今になって思い返してみると恥ずかしさが込み上げてきてしまうらしい。
まだ腕に残る想い人のぬくもりがフラッシュバックするたびに、「やりすぎたかな……」と自責の念に駆られるばかりだった。
「うっわぁ。ぐへへ、由那ちゃんってえっちなんだねぇ。そっかぁ……水着姿でいっぱいラブラブしたんだぁ?」
「ラ、ラブラブなんてしてないもん! 私はただ、ゆーしに甘えたかっただけで……」
「水着姿で? 布一枚で??」
「あうぅ。言わないでよぉ」
からかい混じりにケラケラと笑いながら、縮こまる由那の頭をそっと撫でる薫。
よしよし、と声に出しながらまるで子供をあやすかのように。さっきまでおっさん声を出していたとは思えないほどの包容力で、由那を慰めていた。
「まあ気になさんな。男はな、えっちな女の子の方が好きなんだぜ?」
「へひっ!? 違うよ!? 私えっちじゃない!! 普通だもん。ただゆーしのことが好きすぎるだけだから!! ……あっ」
「うっわ。薫アンタ最低。絶対今の言わせるために誘導したでしょ」
「きゅぅぅ……」
「へっ。バレちまったか」
思いもよらぬ失言に、いよいよ羞恥心がオーバーひーとあしたのか。由那は静かに頭から湯気を発すると、頭の上に乗せていた小さいタオルで顔を隠してしまう。
そんな様子を見てため息を吐く有美だったが、薫の猛攻はこれでは終わらない。
「で、有美。お前は混浴で何してたんだよ。私見てたんだぞぉ? 冷水機で手を震わせながら恥ずかしそ〜にブツブツと渡辺君の名前を呟いてたの」
「は、はぁっ!? な、ななななんでいきなり私の話になるのよ!?」
飛び火である。
突然のそれに反応を抑えることができなかった有美は、心当たりに気づいてみるみると耳を赤くしていく。
そう。有美と寛司もまた、由那達と同じように……いや、恋人として″それ以上のこと″を、二人きりの時間を使って。やってのけていたのである。
「なんでもぉ? 周りに人がいるのになんでそんなことを!? な感じの恥ずかしいのをやったらしいなぁ? ふっふっふ。なあ有美、吐いちまえよぉ〜。何したんだ? ハッ! まさか公共の場でセッ────」
「してない! してないから!! 本当に何もしてないからぁぁ!!!」
ズイズイと詰め寄ってくる薫に対して必死で手を振りながら抵抗する有美だが、頭の中をぐるぐると巡るのはつい数十分前の記憶。
『有美、可愛い。好きだよ。大好きだ……』
『ねえ……キス、してもいい? というかしたい。する。こんな可愛い有美を前にして我慢なんて、できないって』
『有美の反応、なんかエッチだよね。いつも思うけどさ。案外むっつりというか。……そんなところも、好きだけど』
「っ〜〜〜!! っ! っう!!」
「あっ! あ〜♪ 有美ぃ、何思い出してんだぁ? ほら吐け、吐けよぉ!! お前がムッツリドスケベなのは知ってんだぞぉ〜?」
「ド、ドスケッ!? あれは、本当に違うの! 急に触られて変な声出ちゃっただけで……っ!!」
「さ•わ•ら•れ•て•え〜?」
「お、おまっ、私のことまで誘導したな!? 今のは忘れろ!! 忘れろぉぉ!!!」
「つれないこと言うなよぉ。私達親友だろぉ? 包み隠さず、あったことを話せよぉ〜〜」
「絶対!! 言わないからッッッ!!!!」
二人が言い争いを続ける中。
ペタペタ、と濡れた足でその場を離れて行く者が一人。
有美の話に興味はありつつも、身体が少しのぼせ気味でぽーっと火照ってしまっていた彼女は、そのまま気づかれないように露天風呂を離れて。
(私、やっぱりえっちなのかな。……今、凄くゆーしに会いたい……。ぎゅっ、したい……)
運命の邂逅か。惹かれ合うようにして、自らの想い人と同じように。
────一つの行動へと、身体を収束させていた。