第27話 『GO!!!』

―――



 攻撃的な騒音――


 それが、私がライヴハウスに入ったときの第一印象。

 ライブはもうすでに始まってて、ステージでは怖そうな人たちが頭を振りながら演奏してる。


 私はミサキ。

 先輩がライブをするって聞いて会いに来ました。


 表の看板に書いてあったけど、今日は先輩のバンド以外にもいくつか出演するみたい。

 確か“たいばん”って言うのよね、こういうの。

 私だって、ちゃーんと知ってるんだから。


 そんなこと思ってたら、一緒に来たガクが、


「ミサキ、ちょっと待ってて」


 って言い残して、どこかに行っちゃった……。


 私は今、1人ぼっち……。


 不安と恐怖に駆られながら、私は薄暗い店内を見回したの。


 たくさんの人、人、人……。

 それほど広くない空間に、ひしめき合っている状態。


「先輩、どこにいるかわかんない……」


 私は、その熱気から逃れるように、壁際に移動しました。


 壁際には、背の高いテーブルがいくつかあった。

 そこでは、数人が飲み物を飲みながらステージを見詰めてる。


「場違いなとこに来ちゃったかな……」


 私はテーブルにバッグを置くと、壁に寄り掛かって一息。


 背中に伝わる振動。

 それは演奏のせいか、飛び跳ねているファンの人たちのせいか。

 それとも、ライヴハウスの近くにあった線路を、電車が走り抜けているせいなのか。

 私には、もうわかりませんでした……。




―――




「――みたいなこと、思ってるのかな……」


 僕はつぶやく。

 遠目に見るミサキは、怯えたように壁に張り付いていた。


「ふふっ……」


 その姿が可愛くて、思わず笑みが浮かんだ。

 人込みを掻き分け、彼女の元に辿り着く。


「お待たせ、ミサキ」


 周りの音が凄いため、耳元に口を近づけ声をかける。

 僕の声に反応して、彼女は勢い良くこちらを向いた。


「ガクゥ~」


 泣きそうな顔で僕をにらむミサキ。

 きっと様々な不安が襲い掛かって来たのだろう。


「ゴメンゴメン。ほら、これ」


 僕は、謝りながら手のものを差し出す。


「オレンジジュースとコーラ、どっちがいい?」


 一瞬、驚いた顔を見せたミサキだったけど――


「じゃ、じゃあ、オレンジジュースで……」


 そう言って、僕の右手のオレンジジュースに手を伸ばした。

 片手でグラス、片手でストローを押さえて飲むミサキ。

 緊張で喉が乾いていたのか、吸い込む加減を間違えたのか、口いっぱいにジュースを含んでいる。

 グラスには、もう半分くらいしか残っていない。


「……なに?」


 じっと見詰めていたら、なんとか飲み込んだミサキがいぶかしげな視線を返してきた。


「いや……なんか、ハムスターみたいだなと思って」


 途端、ミサキの顔が真っ赤になっていく。


「も、もう、ガクッ!!」

「あははは、ゴメンゴメン」


 手を振り上げるミサキに、僕は笑いながら謝った。


「もう、ガクは……」


 ふうっと、ため息をつくミサキ。

 そして、ふとオレンジジュースに視線を落とした。


「ところで、このジュース……」


 グラスを軽く振ると、オレンジ色の液体がチャプンと跳ねる。


「どうしたの、これ?」

「ああ」


 僕は、カウンターを指差した。


「あそこでもらったんだ」

「え? もらった?」

「うん、ワンドリンクサービスなんだって。入口に書いてあった」

「そうなんだ……」


 つぶやきながら、ミサキは再びストローに口をつける。


「わ、私、こういうところ来るの初めてで……」

「僕だってそうだよ」

「え……その割に堂々としてない?」

「そっかな?」


 僕は、苦笑いを浮かべた。


 ミサキの恋を応援をする!


 そう決めたことで、肝が据わったのかもしれない。


「ところでさ……」


 僕はミサキを見た。


「先輩は、いた?」


 その言葉に、彼女は力無く首を横に振った。


「薄暗いし、人もいっぱいいて、よくわかんない……」

「そっか……」


 ステージでは、悪役レスラーみたいな人たちが騒音みたいな演奏をしている。

 ヘビーメタル系バンドって言うのかな。

 衣装なんだろうけど、上半身裸に革ジャン……。

 街で会ったら、僕は確実に目を逸らすだろう。


『愛』とか『夢』とか『ここは地獄の一丁目』とか叫ぶように歌ってた彼らは、やがて完全燃焼という感じで演奏を終えた。

 それと同時に、フロアの中央で飛び跳ねていたファンも最高潮を迎えたようだ。

 その熱気の余波は、離れている僕たちにも十分に伝わってくる。


「すごいね……」

「……うん」


 次のライブの告知をし、ヘビメタバンドはステージを後にした。

 店内に明かりが灯る。

 中央にいたファンたちは、余韻に浸りながら壁際やカウンターへ移動していく。

 ステージ脇では、ヘビメタさんたちが、人知れず客席に向かって深々と頭を下げていた。


 意外といい人たちなのかな……。

 街で会ったら、会釈くらいしてみようかな。


 その後、彼らは奥の重そうな扉を開け、そそくさと中に入っていく。


「あそって……控え室なの?」

「そう……かもね」


 僕たちが見詰める中、最後の一人が中に消え、鉄の扉はゆっくりと閉まっていった。


 途切れる会話――


 周りの興奮覚めやらぬ喧騒に気圧され、僕たちは黙り込む。

 もちろんミサキは、そのせいだけじゃないんだろうけど……。


「あ、あのさ!」


 その空気に耐えられなくなった僕は、必要以上に明るい声で話し掛けた。


「前に先輩が作ってくれた曲って、歌詞は覚えてるの?」


 その言葉に、ミサキの顔に笑みが戻る。


「うん、もちろん覚えてるよー」


 明るい声。

 どうやらいつもの彼女に戻ったみたいだ。


「その歌詞でね、私がすごく気に入ってるとこがあるの」

「へ~、どんなの?」

「えっとね……」


 そういうと、ミサキは小さな声で歌い出した。


「『この街で 君と過ごしてきた軌跡

  僕は生涯 忘れはしないだろう』」


 それは透き通るような、伸びやかな声だった。


「どう? 今の、1番のサビの最後の部分なの」


 照れたように言うミサキ。


「うん……綺麗な声……」


 僕の口から、感嘆の吐息が漏れた。


「も、もうっ! そうじゃなくて!」


 真っ赤になるミサキ。


「私の声じゃなくて、歌詞の話をしてるの!」

「え? ……あ、そっか」

「もうっ、ガクは!」

「あはは、ゴメンゴメン」


 ミサキは顔中を真っ赤に染め、頬を膨らます。

 その仕草が可愛くて、思わず僕は笑ってしまった。


 ミサキは一息つくと僕を見る。


「この歌詞ね……。例え遠く離れても、私と過ごした日々をずっと忘れないよって言ってくれてるみたいで……。凄く嬉しかったんだ……」


 ミサキは瞳を細める。

 その瞳には、当時の出来事が浮かんでいるのだろう。

 優しく微笑む横顔に、僕の胸はチクリと痛んだ。


 僕はやっぱり……。



「おっ! やっとNOZAELノザエルが出てきたぞ!」


 そのとき、客席の誰かが不意に叫ぶ。

 視線を上げると、ステージ脇の扉から数名の人たちが出て来るところだった。


「ノザ……エル……?」


 どこかで聞いた響きに、僕は首を傾げた。


 次々にメンバーが出てくる。

 一番最初に出て来た人は、手にベースを持っていた。

 その次はドラムスティック。

 その次は……。


「手ぶらだからボーカルかな……」


 僕はつぶやく。


 そして、1番最後にギターを持った人。

 どうやら、4人組みのバンドのようだ。


「……あっ、思い出した!」


 僕は、手を叩く。


NOZAELノザエルって、リオさんが好きって言ってたバンドだ」


 そう、樟葉くずは 莉緒りお

 恋愛教習所で友達になった、中学生みたいな大学生だ。


 リオさん、このボーカルが好きだって言ってたっけ。

 確か、独特の嘔吐感おうとかんがどうとか……。


「いた……」


 そのとき、ミサキがつぶやいた。


「えっ!?」


 僕は、驚き彼女を見る。


「ナオ先輩……」


 ミサキは、一点を見詰めたまま固まっている。

 その視線はボーカルの後ろ、ギターを持った黒髪の人に向けられていた。


「あの人がそうなの!?」


 ミサキは、唇を噛み締めうなずく。

 僕は、再び前を向いた。


 金に近い髪色のボーカルとドラム。

 長い髪のベース。

 その中にいても、短い黒髪を立てた先輩の姿は、とても印象的に見えた。


「先輩……」

「くっ……!」


 僕は、拳を強く握り締める。

 そして、ミサキに向き直った。


「ミサキ! 歌詞ノートは持ってるよね?」

「う、うん、ここに……」


 ミサキは、手にしていたバッグを持ち上げる。


「よし……」


 深くうなずくと、僕はステージをにらんだ。

 そこには、ギターのセッティングをしている先輩がいる。


「行くよ!」

「えっ、で、でも……」

「いいから!」


 僕は彼女の手をつかんだ。


「ちょ、ちょっと、ガク!?」


 慌てるミサキ。

 だけど、それに構わずステージに向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっと……」


 うろたえているのがわかる。

 でも彼女は、僕に引っ張られながらも素直に後からついて来た。


 繋いだ手と手が、ひときわ強く握り締められた。



 ミサキの手を握ったまま、僕はステージに向かった。

 視線の先には、ギターのセッティングをしている先輩がいる。


「すみません、ちょっと通して下さい」


 人波を掻き分ける。


「す、すみません……」


 迷惑そうな顔をする人たちに、いちいち謝るミサキ。


 しばしの間、その人並みを掻き分けて進み……。

 やがて僕たちはステージの裾に辿り着いた。


 ここからすぐのところに、先輩の姿が見える。


「よし、それじゃ呼ぶよ……」


 僕はそう言って、ミサキに振り返った。


「う、うん……あっ!」


 不意にミサキが驚きの声をあげる。


「ガク、危ないっ!」

「えっ?」


 ごちっ!!


「あうっ!?」


 不意に走る、側頭部への鈍い痛み。

 一瞬、目の前が真っ暗になる。


「つっ……!」


 僕は、こめかみを押さえた。

 漫画なら、目から火花が飛び散っていることだろう。


「いててて……」


 うめきながら、痛む箇所をさすってみた。

 少し、腫れてきてる気がする。


「なんだよ、一体……」


 僕はつぶやき、顔を上げた。

 目の前には、額を押さえてうずくまっている少女がいる。

 どうやら、この人がぶつかって来たらしい。


「いてて……大丈夫ですか……?」


 僕は、こめかみに手を当てたまま少女に声をかけた。

 しかし、反応はない。


「あ、あれ?」


 打ち所が悪かったのだろうか。

 彼女は、ピクリとも動かない。


「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」


 僕が、慌てて声をかけた瞬間――


「――痛いやないのっ!!」


 少女は、感情を爆発させるかのように頭を振って叫んだ。


「急に立ち止まったら、危ないやろっ!!」

「す、すみません……って、あれ?」


 どこかで聞いた声……。


「……なんやの?」


 首を傾げる僕に、彼女は不機嫌そうに顔を上げた。


 次の瞬間――


「「あっ!?」」


 2人の口から飛び出す驚きの言葉。


「リオさん!?」

「ナッシー!?」


 そう、それは樟葉くずは 莉緒りお、その人だったのだ。


「ナッシー、何でここに!? っていうか、何でアンタいなくなったんや! 今まで何してん?」


 一気にまくし立てて来るリオさん。


「リオさん……関西弁になってるよ……」


 その迫力に、僕はそう言うのがやっとだった。


「こんばんは、リオさん」

「あれっ? ミサキちゃんまで!」


 僕の後ろにいたミサキに、リオさんは再び驚きの声を上げる。


「ナッシーとミサキちゃん……2人でこんなトコに……」


 僕たちを、まじまじと見詰めるリオさん。


「やっぱり、2人は付き合ってるのかな?」

「違います」


 即座に否定するミサキ。


「……ミサキの先輩がライブやるっていうから、観に来たんだよ」

「……ナッシー、何でそんな悲しげに言うのかな?」

「う、うるさいなー!」


 リオさんに鋭いツッコミを入れられ、思わず口ごもる僕であった。


「……何やってんだ」


 そのとき、不意に響く声。

 僕は、驚き振り返る。

 そこには、いつの間にかミサキの先輩が立っていた。


「どこにいてもリオは騒がしいな」


 切れ長の目を細めて、先輩は笑う。


「う、うるさいよ!」


 リオさんは、唇を尖らせた。

 そんな彼女を気にする様子もなく、先輩は僕たちに視線を向ける。


「えっと……リオの友達かな?」

「は、初めまして! 梨川です!」


 思わず声が上擦った。


「逸見です。よろしく」


 逸見いつみ 直樹なおきというのが先輩の名前だ。

 先輩は、気さくな笑顔を僕に向けてくる。


 くっ……。

 そんな顔で笑うな!

 僕の気も知らないでー!


 ……と思いながらも、例によって表には出さない。


「ナオ先輩……」


 そのとき、僕の後ろに隠れるようにしていたミサキが、一歩前に出た。

 先輩は驚きの表情を浮かべ、ミサキを見る。


「お前……ミサキか?」

「お久しぶりです、先輩」

「ミサキ、転校したって聞いたけど……?」

「はい……」

「そっか……」


 先輩は、しばらくミサキを見詰めると、不意に屈託のない笑顔を見せた。


「しばらく見ないうちに、綺麗になったな」

「え……そ、そんな……」


 驚きと、喜びと、恥ずかしさが入り混じったような表情を見せるミサキ。


 ミサキのそんな顔、初めて見た……。


 ミサキの幸せを願うなら、先輩との恋が上手くいけばいいと思う。


 でも……。

 恋するミサキの横顔を見るのは……。

 やっぱり、とても辛くて……。


 僕は2人を直視することが出来ず、思わず目を背けた。


「ねぇ、ナッシー……」


 そんな僕の袖を、リオさんが引っ張る。


「2人って、知り合いだったのかな?」

「うん……。中学校の先輩、後輩だって」

「そうなんだ」


 リオさんは、興味深いというようにうなずく。

 その横顔を、僕はぼんやりと眺めた。


 そういえばリオさんは、このバンドの人に告白されたって言ってたな……。


『向こうから告白されちゃって……。ちゃんと付き合うために免許を取りに来たんだ』


 教習所での彼女の言葉が思い出される。


 リオさんの好きな人か……。


 僕は、そっとステージに目を向けた。

 ステージの中央には、NOZAELノザエルのボーカルがいる。


 やっぱり、何か輝けるものを持っている人に、人は惹かれるのかな……。


「ヒカル、かっこいいでしょ~」


 僕の視線に気付いたリオさんが、自慢げに言う。


「ヒカルさんって言うんだ……」


 NOZAELノザエルのボーカル、ヒカル。


 金色に輝く髪は、よく手入れされているのだろう。

 ヒカルが動く度に、なめらかに輝きを放つ。

 その細身の体に、タイトなレザーのパンツが良く似合っていた。


「紹介してあげようか?」


 不意にリオさんが言う。


「えっ、い、いいよ別に……」

「おーい、ヒカルー!」


 僕の言葉に耳を傾けず、彼女はヒカルさんを呼ぶ。

 ヒカルさんは、それに手を上げて軽く応えると、僕たちの方にやって来た。


「ヒカル!」


 リオさんが嬉しそうな声を出す。


「こちら、教習所で一緒だった、ナッシー」


 ちょ……!

 人に紹介するときも、その呼び方なの!?


 そう思いながらも、


「ど、どうも」


 僕は頭を下げた。

 次いで、リオさんはヒカルさんを指し示す。


「こちらが、ボーカルのヒカル」


 端正な顔立ち……。

 確かにかっこいい……!


 でも、近くで見ると細身というより、華奢な感じがするな。


「はじめまして」


 透明感のある声。


 綺麗な声だな……。

 透き通るような高い声……。

 まるで、女の人みたいな……。


 ……ん!?


 僕は、慌ててヒカルを見た。

 視線は、顔から下に移る。


 胸が……。


 ある……!?


 そう、そこにはお世辞にも大きいとは言えないけれど、確かな膨らみがあった。

 僕の視線に気付いたのか、ヒカルさんは少し身をよじるような仕草を見せる。


「ちょ、ちょっと! どこを見ているのかなーっ!」


 リオさんが、慌てたように僕の肩をつかんだ。


「リ、リオさん!」


 僕はその勢いに任せ、彼女に向き直った。

 そして、慌てて耳打ちする。


「ヒカルさん、胸があるよっ!!」

「……何を当たり前のことを言っているのかな」

「も、も、も、もしかして、女の人なの!?」

「もしかしなくても、女の人」


 リオさんは、ため息をついた。


「確かに格好いいから、女の子にモテたりもするけど……」


 そして、彼……。

 いや、彼女を見る。


「だからって、男と間違えたのは、ナッシーが初めてだよ?」

「はぅ……」

「ヒカルね……ああ見えて、案外可愛いモノが好きだったりするんだよ」

「案外って、失礼ね」

「わわっ、ヒカルさん!?」


 不意に、僕たちの間に割って入るヒカルさん。

 思わず、驚きの声が口から飛び出した。


「私って、意外と耳がいいのよね」


 そ、それって、最初から聞こえていたってこと!?


「はぁう……すみません……」


 僕は、ガックリと肩を落として謝った。


「でも、ナッシーは何でヒカルを男の人だと思ったのかな?」


 リオさんは首をひねる。


「昔、空手やってたオーラが、ヒカルから滲み出てるとか?」


 そう言ってリオさんは、


「あちょー!」


 と、拳を前に突き出した。


「空手って言っても、あれはお兄ちゃんの影響だし……。私は、そこまで強くないから」


 ヒカルさんは苦笑いを浮かべる。


「や……だって……」


 僕は、おずおずと口を開いた。


「リオさん……このバンドの人に告白されたって言ってたから……」

「うん、されたけど……?」

「うん?」


 リオさんとヒカルさんは、顔を見合わせる。

 そして、しばしの後……。


「ちょ、ちょっと待ってほしいかな!」

「もしかして……私がリオに告白したと思ってた!?」

「……はい」


 ヒカルさんの問いに、僕は首を縦に振る。


「えーっ!?」

「だ、だってリオさん、前にその彼はバンドやってるって言ってたでしょ!」

「うん」

「それはNOZAELノザエルって名前のバンドなんだって」

「うん、言ったね」


 コクンと、うなずくリオさん。


「その歌声が好きだって……」

「うん、好きだよ」

「だから、ヒカルさんに告白されたんだと……」


 僕の言葉に、2人は顔を見合わせた。


「……ぷっ!」

「あはははははっ!」


 そして、爆笑する。


「だ、だって!」


 笑い続ける2人に、僕は抗議の声を上げた。


「あはは、ナッシー、違うって」


 リオさんは、涙を拭く。


「あのね、ナッシー。私は、彼が所属するバンドの歌がいいって言ったのよ?」

「……え?」

「告白されたのと、歌声が好きっていうのは別の話よ?」

「えええええっ!?」


 お腹を押さえて笑うリオさん。


「まぁ、勘違いってあるから」

「はぅ……」


 肩を落とした僕を、ヒカルさんが笑いながら慰めてくれた。


「ほら、落ち込まないで。せっかくライブに来てくれたんだから、楽しんでってよ」

「そうだぞ、ナッシー」


 リオさんが人差し指を立てる。


「特に、ヒカルの嘔吐感ある独特の歌声には注目かな!」


 満面の笑み。


「私、ヒカルの嘔吐感が大好きなんだ!」

「リオ……」


 その言葉に、ヒカルさんは困ったような表情を浮かべた。


「好きって言ってくれるのは嬉しいけど……。その言い方は、やめてよ」


 少し、唇を尖らせ気味なヒカルさん。


「独特の嘔吐感って……たまたま、そういう歌だったんだから」

「あはは! でも、そこがヒカルの歌の魅力の1つでもあるかな」

「そう……なの?」

「もちろん!」


 リオさんは、勢い良くVサインを突き出した。


 仲がいいんだな……。


 僕はレイジとマキを思いだし、少しだけ懐かしくなった。


「あ、ナッシー」


 そんな僕に、リオさんは向き直る。


「歌が好きって言ったけど、ヒカル自身のことも好きだよ?」

「わ、わかってるよ」

「リオ……そういうこと、わざわざ言わなくても……」


 苦笑いを浮かべるヒカルさん。

 でも、リオさんは首を横に振った。


「ダメよ! こういうのはハッキリと分からせてあげないと!」

「な、なんで怒られてる風なんだよ……」


 思わず、ため息が出た。


「私ね、ヒカルには感謝してるんだ」


 しかしリオさんは、そんな僕を無視して話し出す。


「ヒカルは親友であり、恩人でもある」

「ちょっと……大袈裟だってば」


 天を見上げ言う彼女の袖を、ヒカルさんが引っ張る。


「大袈裟じゃないよ!」


 リオさんは頭を振った。


「彼と付き合うキッカケをくれたり、色々と力になってくれたり……」


 胸に手を置き、そっと瞳を閉じる彼女は、これまでのことを思い出しているようだ。


「リオ……」


 そしてリオさんは瞳を開き、ヒカルさんの顔を見詰めた。


「私……。この恩は、死んでも死に切れないから!」


 真剣な瞳のリオさんに、ヒカルさんは少し引きつった笑顔を浮かべる。


「な、なんだか色々と間違ってるけれど……。でも、気持ちは伝わって来たわ」

「さっすがヒカル~」


 笑うリオさんに、ため息をつきながらも微笑むヒカルさん。

 2人につられて、僕の顔にも笑みが浮かんだ。


 この真っ直ぐな明るさが、リオさんの魅力なんだな……。


 胸の中に広がる温もりに、僕はしみじみと思うのだった。