サイココンバージョン

 シャルロットのパイロキネシスによる炎が即身仏太郎を飲み込もうとした。

 しかし炎が即身仏太郎にとりつき、巻き上げようと形を変えた瞬間、即身仏太郎のへその辺りに強引に吸収されているかのように、炎は跡形もなく吸い込まれてしまった。



「お……おおおぉ……あ、あったかい……あったかいナリぃ……あったかいナリよぉ……」



 自身の腹をさすりながら、即身仏太郎は満足げに言葉を零していた。その様子を総毛立つ気持ち(実際にぞわぞわと総毛立っていたのだが)でチョンカとシャルロットは眺めていた。



「ふむ、やはり吸収してしまったようだね……あの能力……恐ろしいね。即身仏太郎君、どのような能力か、簡単にでもいいから教えてくれないかい?」



 敵に対し使われた能力の説明を飄々と真顔で尋ねる西京を、ぎょっとしたような顔でシャルロットは見た。何しろ今現在戦っているのだ。自身の能力を敵に明かすはずもないのだから。



「ふふ……Mr.西京……いいでしょう……君にはサイコリバースと言う能力で……再び死の快楽を頂いたお礼がまだだったね……この能力はサイココンバージョンと名づけた私の独自の能力……」


「ふむ、サイココンバージョン……どういった効果があるのだい?」


「アニマガード……アニマシールド……強力な防御壁だが……同時使用となるとその強力さゆえ扱いが難しい……またどうしてもどちらの威力も落ちる……それらに変わる防御壁がサイココンバージョンなのだよ……サイココンバージョンは防御をしない……攻撃に伴う色々なエネルギーを違うエネルギーへ変換させるのだよ……」



 西京の目が大きく見開いた。



「なるほど!! 防御の必要がないわけだね。発想の転換だね。それはいい能力だ!」



 チョンカは手放しに自分以外の他人を褒める西京が珍しくて少し驚いた。そして二人の会話を聞いていてもあまり理解ができていなかったのだ。サイココンバージョンが、どうやらすごいらしいということしかチョンカには分からなかった。



「つ、つまりあたしのパイロキネシスはどこへいったっていうのよ!」


「Ms.シャルロット……君の情熱の炎は……幸せな気持ちへと……変換させてもらったよ……今僕はこのお腹に生命を宿した母親の気持ちを……味わっていたのさ」


「きんもっ☆ ぶちきんもっ!」



 話は理解が出来ないがチョンカは背筋が凍り即答した。

 そしてチョンカの隣では涙目のシャルロットがわなわなと震えている。



「おぇぇ、あ、あの表情が母親の……おぇ、あ、あたしの炎……」


「なんと素晴らしい能力だ。その言い方から察するに幸せ以外の精神エネルギーにも変換させた上で吸収ができるということだね?」


「人は皆……無意識に何かを望んでいる……将来に対する願望や……今現在こうなりたい、ああなりたい……夢や願いは負の感情ではない……相手を倒したいという気持ちが乗った負のエネルギーを……正のエネルギーに変換させる……しかしサイココンバージョンでどのような正のエネルギーになるか……攻撃を仕掛けた人間によって違う……それは吸収するまで分からない……神秘的な能力だと思わないかな……?」


「ふむ、そこは改善の余地があると見たが……つまり攻撃した人間の願いや望みを身をもって知ることができるわけだね?」


「その通り……本人も知りえない無意識の快楽や望む幸せが……僕には分かるのさ……」


「ちょ、ちょっと!!」



 シャルロットの悲鳴のような叫びが響いた。ずっと話の内容が難しすぎてついていけないチョンカの隣のシャルロットが、先程見たときよりもずっと震えが酷くなって真っ赤な顔をしていた。

 その姿を見てチョンカはぎょっとしてしまう。



「ちょっと待ちなさいよっ!! あ、あた、あたしがまるで、その……そ、そんなはずないんだからっ!! そんなこと考えたことも──」


「こんにちは赤ちゃん……Ms.シャルロット……君は君が思う以上に……女性らしい……とても誇らしいことさ……」



 ミイラ一歩手前のガリガリの腹をさする即身仏太郎の言葉に、これ以上ないほどに赤くなり鯉のように口をパクパクさせながら、シャルロットは反論できずにいた。


 その間もチョンカは考えていた。

 チョンカが理解したのは「攻撃するとなんかいい気分になれる」、「いい気分の種類は攻撃した人によって変わる」くらいであった。それだけ理解できていればいいほうなのであるが、チョンカはここまで考えて少し嫌な予感がしていた。



「チョンカ君」



(あ、やっぱきたぁ……)とチョンカは思った。西京はきっとチョンカが攻撃した場合はどうなるのかを観察したいのであろう。そのくらいの予想は長く西京と一緒にいたチョンカには容易く想像がついていた。



「は、はい、先生……」


「ふむ、そう嫌な顔をしなくても分かっているさ。しかしなんと言っても時間がない。サイココンバージョンを突破しなければ村が滅んでしまうからね。攻略の糸口を掴む為に協力してくれないかい? チョンカ君」



 チョンカは唇を尖らせた。西京にそう言われて断れるはずがないのだ。



「え……っと、じゃ、じゃあサイコキネシスを……」


「ほう……次はMs.チョンカかい……君の攻撃はどのようなエネルギーか……感じさせてくれ……」



 即身仏太郎は即身仏になるための瞑想に際して座禅を組みながら両手は定印を結んでいた。その定印を解いて、右手のひらを開き自身の胸の前でチョンカのほうへ向け施無畏印を、左手のひらを開きチョンカのほうへ差し出すように前に出し与願印を結んだ。

 釈迦如来が結ぶこの印相には相手の話を聞き願いを聞き届けるという意味がある。



「くるがいい……君の欲を、快楽を……僕が飲み込もう……」


「……あ、あいつ、ほんまキモイんじゃけど……どう見ても死んどるし……うぅぅ……し、仕方ない」



 チョンカの真下にあった燃え残った樹木が一本、土を落としながら浮かんできた。



「なるほど、チョンカ君もなかなか考えたね。物理攻撃ならばどうなるか見ものだね」


(え、そ、そこまでは考えとらんかったんじゃけど……ま、まあええか)


「これでもくらいーやっ! サイコキネシスっ!!」



 チョンカは右手を振りかぶり、遠投をするかのごとく勢いよく振り下ろした。その勢い以上の動きで樹木が即身仏太郎の方へ飛ばされた。



「これは……なるほど……しかし……サイココンバージョン!!」



 樹木が即身仏太郎のサイココンバージョンの変換により、螺旋を描き先から次々と分解されていく。

 そしてその全てが即身仏太郎へと吸収されていった。



「お、お、おぉぉぉおおぉおぉぉおおぉ!!」


「なんと、物理攻撃も分解されてしまうようだね……これは迂闊に殴ったりは出来ないね」


「え……木……どこいったん……えっ?」


「あたしはそんなことかんがえてないあたしはそんなことかんがえてないあたしはそんなことかんがえてないあたしは……」



 即身仏太郎は座禅も印相も解き、直立の姿勢をとった。先程までの生気のない表情は、熱い気持ちがこもった若者のような表情へと変わっていた。



「悪い夢を見ていたような……そんな気分だ……こんなにすがすがしい気持ちは……いつ以来だろうか……忘れていた……この熱い気持ち……Ms.チョンカ……何か君のためにできることは……ないか?」


「ない。あ、いや、ある。服着ぃや」


「ふむ、正義感で溢れているね」


「誰かの役に立ちたくて……たまらない……自分の力を……世のために役立てたい……平和な世の中の礎になりたい……おおぉぉ、な、なんだ……夕日に向かって走りたいっ……」


「ぷっ、ふふ、あははは!! ちょ、チョンカっ! 夕日って……あはははははは!!」



 先程まで壊れかかっていたシャルロットであったが腹を抱えて笑い出した。



「むっ!! わ、笑わんでやっ!! ゆ、夕日に向かって走り出したくなるなんて誰にでもあるじゃろっ!!」



 少し頬を染めたチョンカは馬鹿にされたような気になってシャルロットを睨む。



「だ、だって……あは、あははははは! の、脳筋なのね、チョンカって……ぷっ! あはははは!!」


「の、のーきん? な、なんなんそれ!? ば、馬鹿にせんでやぁ!!」


「脳味噌が筋肉で出来ているのではないかと疑わしいほどに理性的ではないという意味だよ」


「あ、あーーーー!! や、やっぱり馬鹿にしとるっ!! シャ、シャルロットさん! 笑わんでやっ!! もぅ!!」



 そして無言で、何事もなかったように即身仏太郎はその場で座禅を組みなおした。



「ふむ、チョンカ君の気持ちの効力が切れたようだね……これはチョンカ君が手加減をしなければ仲間になれるんじゃないかな?」


「ぷっはっ!! に、西京さんっ、仲間って脳筋の?」


「もーーーーーー!! やめてやっ!! 馬鹿にせんでっ! ええじゃろ! まっすぐ素直で可愛いじゃろっ!!」


「はぁ……はぁ……Ms.チョンカ……恐ろしい……すがすがしい気持ちだった……今すぐ走って汗をかきたくなってしまったよ……文系のこの僕が……初めて感じた気持ちだった……こんな姿で走ったらそれこそ死んでしまう……危ない危ない……」


「だそうだよ? チョンカ君。チャンスなのではないかい?」


「もーーーー嫌っ!! 先生の言うことでも、もううち聞かんもんっ! また馬鹿にするんじゃもんっ!」


「ふ……ちょ、チョンカ……もうふふ、ば、馬鹿になんかしな……ふふ」



 キッとチョンカは笑いを堪えて堪え切れていないシャルロットを再び睨みつけた。



「シャルロットさんなんか、こ、子供が欲しいくせにっ!」



 パカーっと口を大きく開けたシャルロットの頬が再び紅潮する。



「だだだだだだ、誰もそんなこと言ってないわよっ!! あた、あた、あたしはこここここ、こど、子供なんてっ!!」


「いらんのん?」


「~~~~~~~~~~~っっっっっ!! い、いらないわよっ!!」


「ふーんじゃっ、嘘ばっかり! そこの鳥ミイラがさっき、こんにちは赤ちゃんってゆうとったの、うち聞いたもーん」


「ばっ……馬鹿ね!! あた、あたしはそんなこと、こ、こ、これっぽっちも! いい? 見なさい! これっっっっっぽっちも考えてないわよ!!」



 シャルロットがチョンカの目の前に、触れるか触れないかくらいスレスレの親指と人差し指を見せ付けた。

 とうとう喧嘩を始めてしまった二人を無視し、西京は即身仏太郎へ向き直った。



「次は……あなただね……Mr.西京……」


「ふむ、君のサイココンバージョンには欠点があるようだよ。君が死んだ後は私が改良を加え欠点をなくした上で運用してあげよう」


「見せてくれないか……あなたの願いを……」



 西京の左手が、静かに光の強さを増していった。