3-7 正しく生きた事だけしか取り柄が無いとして

 ――だとしてもそれは

 咎人に石を投げていい理由にはならない、いや、なってほしくなんかない。

 ……だけど、


「ブラックヤード?」


 声がする、


「2年前に、私にこれをくれた人は、違う名で呼んでいた」


 声が、聞こえる、


ブラックパール黒き信念


 それは少女の声、妹の声、エビモンの声、そして、

 石川サクラの声、


「私の願いで、世界が変わると言いました」


 ――静かに語りを続ける彼女の周囲は




 全てが、凍り付いていた。

 桜の木だけではなくて、桜城も、城下町も、

 鯉が登る滝も、アウミが歌ったライブ会場も、そして、

 ――人も

 桜国サクラコクに居る者達全てが、桜のように氷漬け。

 冬なんて言葉じゃ説明が付かない、八寒地獄でも例えが利かない、

 何もかもが凍り静止した世界で、天守閣の宙に浮かぶエビモンは、


「――だったら、こんな世界ゲームなんて要らない」


 己の身すら、徳山の秘宝で凍らせて、

 角を氷で肥大化させ、素朴な身を氷で作った和装で固め、

 そして、


「姉さんが、皆に慕われる世界ゲームなんて要らない!」


 叫ぶ。


「お前達なんかに、私の姉さんを渡す物か!」


 激情と供に、彼女から放たれた氷のつぶてが、

 スカイ、キューティ、アリク、

 そしてゴエモンへと飛ぶ。




 触れれば即凍る攻撃を防いだのは、


畳返し十六畳敷きイグサウォールLDK!」

クラマフランマシールド叫ぶ炎盾!」


 キューティの忍術とアリクのレア武器――しかし、マドランナのように宙に浮かぶエビモンの視線は、守った手前でなく、守られた奥に向かう。

 そこでは、怪盗のマントの影に隠れるように、ガタガタと震えているゴエモンがいた。


「――昔から、私はいい子で、姉さんは悪い子でした」


 妹は、語る。


「だけど両親は平等に私達を愛した。姉が欲しがり、私が欲しがらなくても、姉が間違い、私が間違わなくても――姉が罪を犯し、私が犯さなくても」


 目を細める、エビモン、


「平等である事が、不平等だと思いませんか?」


 その言葉にスカイは、


「その胸の、ブラックパールを離せ」


 質問への返答ではなく、願いを叫ぶ。


「それがお前の心を狂わせてる!」

「私は狂ってなんかいない!」


 返事は、かつての色欲竜と同じものだった。


「ずっとずっと昔から、ずっとずっと苦しかった! 私の方が真面目に生きてるのに、不真面目な姉の方が、慕われる! 例え罪を犯しても!」


 それは、


「一度罪を犯したなら、世間から叩き続けられるものでしょう!? なのに一度目ならと姉は許された! あまつさえ、姉は皆の為ってゲームの中で盗みをしはじめた――親に言っても、”ゲームと犯罪に因果関係は無い”とか、”寧ろストレス解消になるかも”とか、狂ったような事しか言わない! 姉は本当は、一生皆から、石を投げつけられる存在なのに!」


 同じ双子でありながら、全く違う生き方をしたゆえに生まれてしまった、


「――もう一度万引きをさせようと、外に連れ出しても」


 ――比較


「姉は、万引きをしませんでした、私の為に――いつもそうです」


 妹の心は、ねじ曲がっていて、


「姉さんは、本当に私のしてほしい事をしてくれない」


 だけどとても純粋で、だから、


「――ごめんなさい」

「ゴエモン!?」


 姉は、謝ってしまった。

 そしてふらふらとスカイから離れ、アリクの前に行く。だが、顔はあげないまま。


「ごめん、サクラごめん、アタイが悪いんだ、アタイが」

「――解ってくれたならいいんですよ、こんな世界ゲームなんかさっさと辞めて」


 譫言のように謝罪を続けるゴエモンに、にこりとエビモンは笑う。


「私だけの、姉さんになってください」


 そう言って彼女は、姉に対して、

 ――再び氷を放った


「うらぁっ!」


 ――それを当然の様に庇ったのはアリクで


「えっ」

「スカイ、キューティ!」


 エビモンの相手をは二人の仕事――銃弾とクナイが宙の彼女へ飛ぶ中で、アリクはゴエモンを担いで、一先ず避難、天守閣下への階段を降りていった。


「今更どこへ逃げるつもりですかね」


 怪盗と忍者の遠距離攻撃も、氷の技で軽くいなして、


「どうあれ、私はこの国を滅ぼして、姉と供に永久BANで」

「――罪には罪を」


 スカイは静かに、


「世界奪還の時来り」


 宣言をする。

 ……その言葉に、


「……あはっ、あはは」


 氷の鬼は、


「あははははは!」


 笑う。


「ああもう、そうだ! こんなゲームがあるからいけないんです! 何がもう一人の自分探し! 貴方達は皆、現実の自分に目を背ける為、ここに逃げ込んでるだけ! 姉も、そして、貴方達も!」

「――お前の言う事は一理ある」

「我達はけしてそれを否定しない、だがそれでも!」


 二人は、


「現実とは違う場所で過ごすからこそ、また現実に立ち向かえる時もある!」

「お前の姉もきっと、この世界ゲームがあるからがんばれたのだ!」

「きっとこの世界で、君に桜を見て欲しくて!」

「――うるさい」


 そこでエビモンは、


「うるさいうるさいうるさい!」


 ――己と一体になった氷水晶から、猛吹雪を轟かせた


「なっ!?」


 氷風が奪うのは、スリップダメージによるHP、そして、

 怪盗の機動力、


「そんな、立ち直った姉さんなんて要らない! 私が欲しい姉さんは、哀れで、卑屈で、みっともなくて、そして!」


 完全優位の状況で、


「私だけにしか、愛されない姉さんだ!」


 願いの全てを、黒い信念に込めた。







 ――アイズフォーアイズセキュリティルーム


「緊急の呼び出しとは何事だ! 祭りかぁ!」

「あ、社長!」

「ARで見てください!」


 いつものノリで入って来た灰戸ライドに、血相を変えた顔のエンジニア達。言われた通り起動すれば、からっぽの部屋にARのモニターやグラフが展開する。しかし拡張現実の画面の多くは、赤字で、Signal Lostと表示されていた。


「何も映ってないじゃないか?」

「何も映ってないからおかしいんです!」

桜国サクラコク内のあらゆるデーターが取得できないんですよ!」


 そして、桜国エリアにいるプレイヤーから、急に目の前が真っ暗になっただとか、だけどログアウトはせずインしたままだという、不可思議な報告を受けてると。


「こんな事初めてで、虹橋アイさんからも手出しが出来ないって連絡が――」

「ジキルーッ!」


 会話を遮るように社長が叫ぶと、


『なにー?』

「うわ、誰このゴスロリパンク!?」

「すっごくダウナー!」


 ARのヴィジョンに、よみふぃを模した棒付きキャンデーをペロペロ舐めて、そしてそれをガリィ! っと噛み砕いた、少女の姿が映った。周りのよみふぃがニャーって脅えている。


『あのさぁ、今日私非番なんですけどぉ? 一番良く解ってるでしょ』

「なに、ちょっと聞きたい事があってな! 桜国に、友達はいるかい!」

『――友達はいないけど』


 ゴクン、と、飴を飲み込んだ彼女は、


『仕事仲間は行ってるよ』


 とだけ応えた。すると、


「ならば良し!」


 そう言って、ARを切る。そして、


「主任だけ残して、業務中断! オレと焼き肉に着いてこい!」

「え、放置!?」

「てかさっきの女の子誰っすか!」

「でも焼き肉サイコー人の金で食う!」


 セキュリティルームから大勢引き連れ出て行く灰戸、おみやげくださーい! と言う主任に、しっかり親指をたててみせた。

 ――桜国と連絡が不能になり

 クラマフランマでも侵入できない、真の意味での鎖国国家になった事件は、瞬く間にネットに出回った。







「――もういいよ、アニキ」


 暴走した氷水晶の影響で、


「もういい」


 内部まで凍り始めた桜城、天守閣への入り口も防がれて、


「――私、このゲーム世界やめるから」


 ゴエモンは、


「ありがとう」


 必死に、笑った。

 ――アリクは言った


「お前それで良いのか?」