――だとしてもそれは
咎人に石を投げていい理由にはならない、いや、なってほしくなんかない。
……だけど、
「ブラックヤード?」
声がする、
「2年前に、私にこれをくれた人は、違う名で呼んでいた」
声が、聞こえる、
「
それは少女の声、妹の声、エビモンの声、そして、
石川サクラの声、
「私の願いで、世界が変わると言いました」
――静かに語りを続ける彼女の周囲は
全てが、凍り付いていた。
桜の木だけではなくて、桜城も、城下町も、
鯉が登る滝も、アウミが歌ったライブ会場も、そして、
――人も
冬なんて言葉じゃ説明が付かない、八寒地獄でも例えが利かない、
何もかもが凍り静止した世界で、天守閣の宙に浮かぶエビモンは、
「――だったら、こんな
己の身すら、徳山の秘宝で凍らせて、
角を氷で肥大化させ、素朴な身を氷で作った和装で固め、
そして、
「姉さんが、皆に慕われる
叫ぶ。
「お前達なんかに、私の姉さんを渡す物か!」
激情と供に、彼女から放たれた氷のつぶてが、
スカイ、キューティ、アリク、
そしてゴエモンへと飛ぶ。
触れれば即凍る攻撃を防いだのは、
「
「
キューティの忍術とアリクのレア武器――しかし、マドランナのように宙に浮かぶエビモンの視線は、守った手前でなく、守られた奥に向かう。
そこでは、怪盗のマントの影に隠れるように、ガタガタと震えているゴエモンがいた。
「――昔から、私はいい子で、姉さんは悪い子でした」
妹は、語る。
「だけど両親は平等に私達を愛した。姉が欲しがり、私が欲しがらなくても、姉が間違い、私が間違わなくても――姉が罪を犯し、私が犯さなくても」
目を細める、エビモン、
「平等である事が、不平等だと思いませんか?」
その言葉にスカイは、
「その胸の、ブラックパールを離せ」
質問への返答ではなく、願いを叫ぶ。
「それがお前の心を狂わせてる!」
「私は狂ってなんかいない!」
返事は、かつての色欲竜と同じものだった。
「ずっとずっと昔から、ずっとずっと苦しかった! 私の方が真面目に生きてるのに、不真面目な姉の方が、慕われる! 例え罪を犯しても!」
それは、
「一度罪を犯したなら、世間から叩き続けられるものでしょう!? なのに一度目ならと姉は許された! あまつさえ、姉は皆の為ってゲームの中で盗みをしはじめた――親に言っても、”ゲームと犯罪に因果関係は無い”とか、”寧ろストレス解消になるかも”とか、狂ったような事しか言わない! 姉は本当は、一生皆から、石を投げつけられる存在なのに!」
同じ双子でありながら、全く違う生き方をしたゆえに生まれてしまった、
「――もう一度万引きをさせようと、外に連れ出しても」
――比較
「姉は、万引きをしませんでした、私の為に――いつもそうです」
妹の心は、ねじ曲がっていて、
「姉さんは、本当に私のしてほしい事をしてくれない」
だけどとても純粋で、だから、
「――ごめんなさい」
「ゴエモン!?」
姉は、謝ってしまった。
そしてふらふらとスカイから離れ、アリクの前に行く。だが、顔はあげないまま。
「ごめん、サクラごめん、アタイが悪いんだ、アタイが」
「――解ってくれたならいいんですよ、こんな
譫言のように謝罪を続けるゴエモンに、にこりとエビモンは笑う。
「私だけの、姉さんになってください」
そう言って彼女は、姉に対して、
――再び氷を放った
「うらぁっ!」
――それを当然の様に庇ったのはアリクで
「えっ」
「スカイ、キューティ!」
エビモンの相手をは二人の仕事――銃弾とクナイが宙の彼女へ飛ぶ中で、アリクはゴエモンを担いで、一先ず避難、天守閣下への階段を降りていった。
「今更どこへ逃げるつもりですかね」
怪盗と忍者の遠距離攻撃も、氷の技で軽くいなして、
「どうあれ、私はこの国を滅ぼして、姉と供に永久BANで」
「――罪には罪を」
スカイは静かに、
「世界奪還の時来り」
宣言をする。
……その言葉に、
「……あはっ、あはは」
氷の鬼は、
「あははははは!」
笑う。
「ああもう、そうだ! こんな
「――お前の言う事は一理ある」
「我達はけしてそれを否定しない、だがそれでも!」
二人は、
「現実とは違う場所で過ごすからこそ、また現実に立ち向かえる時もある!」
「お前の姉もきっと、この
「きっとこの世界で、君に桜を見て欲しくて!」
「――うるさい」
そこでエビモンは、
「うるさいうるさいうるさい!」
――己と一体になった氷水晶から、猛吹雪を轟かせた
「なっ!?」
氷風が奪うのは、スリップダメージによるHP、そして、
怪盗の機動力、
「そんな、立ち直った姉さんなんて要らない! 私が欲しい姉さんは、哀れで、卑屈で、みっともなくて、そして!」
完全優位の状況で、
「私だけにしか、愛されない姉さんだ!」
願いの全てを、黒い信念に込めた。
◇
――アイズフォーアイズセキュリティルーム
「緊急の呼び出しとは何事だ! 祭りかぁ!」
「あ、社長!」
「ARで見てください!」
いつものノリで入って来た灰戸ライドに、血相を変えた顔のエンジニア達。言われた通り起動すれば、からっぽの部屋にARのモニターやグラフが展開する。しかし拡張現実の画面の多くは、赤字で、Signal Lostと表示されていた。
「何も映ってないじゃないか?」
「何も映ってないからおかしいんです!」
「
そして、桜国エリアにいるプレイヤーから、急に目の前が真っ暗になっただとか、だけどログアウトはせずインしたままだという、不可思議な報告を受けてると。
「こんな事初めてで、虹橋アイさんからも手出しが出来ないって連絡が――」
「ジキルーッ!」
会話を遮るように社長が叫ぶと、
『なにー?』
「うわ、誰このゴスロリパンク!?」
「すっごくダウナー!」
ARのヴィジョンに、よみふぃを模した棒付きキャンデーをペロペロ舐めて、そしてそれをガリィ! っと噛み砕いた、少女の姿が映った。周りのよみふぃがニャーって脅えている。
『あのさぁ、今日私非番なんですけどぉ? 一番良く解ってるでしょ』
「なに、ちょっと聞きたい事があってな! 桜国に、友達はいるかい!」
『――友達はいないけど』
ゴクン、と、飴を飲み込んだ彼女は、
『仕事仲間は行ってるよ』
とだけ応えた。すると、
「ならば良し!」
そう言って、ARを切る。そして、
「主任だけ残して、業務中断! オレと焼き肉に着いてこい!」
「え、放置!?」
「てかさっきの女の子誰っすか!」
「でも
セキュリティルームから大勢引き連れ出て行く灰戸、おみやげくださーい! と言う主任に、しっかり親指をたててみせた。
――桜国と連絡が不能になり
クラマフランマでも侵入できない、真の意味での鎖国国家になった事件は、瞬く間にネットに出回った。
◇
「――もういいよ、アニキ」
暴走した氷水晶の影響で、
「もういい」
内部まで凍り始めた桜城、天守閣への入り口も防がれて、
「――私、この
ゴエモンは、
「ありがとう」
必死に、笑った。
――アリクは言った
「お前それで良いのか?」