7-6 モキュモキュチキン

 リルは、この日の夕方も新メニュー開発のために町へ出ていた。


 一番期待していた「ゲイリー・ドッグ」のチリドッグは辛すぎて全く参考に出来なかったため、今度は彼女でも食べられるレベルの"ちょい辛"を探しに行く。店の新メニューとしても、いきなり辛すぎる物を提供することはできない。

 そして今度は事前に情報を集めていた。接客業に勤めている立場を活かし、色々な人と話す中で辛い食べ物についての情報を集めて店を絞り出す。


 決まった目的地は「モキュモキュチキン」。

 なかなか可愛らしい名前に反し、食べると身体中が汗ばむような辛いメニューが提供されているらしい。評判も良く、挑戦してみる価値は十分にある。


「っしゃーい」


 うきうきしながら入店したリルを出迎えたのは、カウンターからバンダナ頭を僅かに出した赤髪の小さな女の子。背が低いのをどうにかしようと空き箱の上に乗っている。彼女は明らかにやる気のなさそうな声だったが……


「あの、辛いメニューがあるって聞いてきたんですけど」

「辛いの? あーっ、多分この"レッドチキン"だね」

「じゃあそれください。えっと……二枚お願いします」

「あい。ねーちゃん、辛いの二枚」

「は~い!」


 奥の厨房からおっとりとした声の女性が返事をする。

 リルはチキンが出てくるまで店内をぐるりと見渡した。机と椅子がいくつか置いてはいるが、レイヴン・バーガーより店自体の大きさが小さいため席数は少ない。

 その間、カウンターの中に居た少女がじっとリルの顔を見つめていて……ふと何かに気付いた様子で、彼女を指さしながら口を大きく開けた。


「お、おまえ、カラスのハンバーガー屋さんの!」

「……!」

「とつぜん来るとは、さては、うちのチキンを盗もうとするつもりだな!」

「え、ええっ……!?」


 恐れていたことの一つ……レイヴン・バーガーの店員であるリルを知っている人が、"自分の店の味"を盗まれることを警戒して売ってくれないケースだ。まだ始まって半年も経っていない新しい店が他店のメニューを真似するなど言語道断、そのような論調で迫られることが今のリルにとって一番の不安材料だったのだ。


 全身から汗を吹き出しながらリルが焦っていると……頬を膨らませていた少女は後ろから両手で抱きかかえられて宙へ浮く。

 茶髪を伸ばしたお淑やかな女性が、少女を抱えたままにこにこ微笑みながら立っていた。頭二つも身長差のある二人はまるで親子のようだ。


「ソフィーねえちゃん、こいつだ! 企業スパイだ!」

「ごめんなさいね。妹ったら貴女のところのハンバーガーにライバル意識持っちゃってるの。前に二人で行ったけれど、とっても美味しかったわよ~」

「その、すいません。そういう意図は無くて……」

「しらばっくれるな! あたしはわかってんだぞ! だからモゴゴゴゴ」

「ミーア、お客様にそんなこと言っちゃいけません。そして――はい、こちらが当店自慢のレッドチキンになります。辛いから気をつけてくださいね?」


 戸惑いながらもリルはお目当ての物が入った紙袋を受け取って、背の小さな少女、ミーアともう一度目を合わせる。彼女は相変わらず何かを言おうとしていたが、ソフィーは抱きしめるようにして制止すると何も聞こえなくなってしまった。


 ソフィーに見守られながら、リルは硬い笑みで挨拶をして夕暮れの街並みに戻る。ドアを閉めてからもう一度「モキュモキュチキン」の看板を見ているうちに、ようやく肩の力が抜けた。


「さて、帰ったら店長と一緒に食べようかな……」


 以前のチリドッグのようにヴァネッサと二人で食べる光景を想像しながら歩くリル。しかし彼女の前方、外食街を歩く人の中に鎧を纏った人物が混ざっていた。鉄仮面を被ったその人は下を向きながら歩き、時折ふらついて――

 ――「店長」との空想に耽っていたリルと真正面からぶつかってしまった。


「わっ――!」

「きゃっ!」


 衝突で地面に両手をつく二人。幸いにもチキンが袋からは飛び出すことはなかった。相手が無事か確かめようとすると、鎧を纏った人は彼女の顔をじっと見つめて、なぜか急に呻き声を上げ始める。


「う……うあああ……」

「えっ、え、ええっ!?」


 どうやら感情の抑えが利かなくなったようだ……その人は女の声でむせび泣きながらリルの身体にすがりつく。どうしたらいいか分からず呆然とする中、リルはこの声を以前にどこかで聞いたことを思いだした。


 "彼女"を抱きながら、リルは、恐る恐る口を開いてみる。


「もしかして……ベアちゃん?」