第20話勇者ケインと聖女エミリア01

トルネ村に大量の鶏肉を持ち帰り、鶏肉三昧の日々を3日ほど過ごす。

照り焼き、酢豚ならぬ酢鶏、から揚げ、親子丼、チキン南蛮に油淋鶏…。

いろんなものを食い、いい加減鶏肉に飽きてきた頃。

私たちはようやくトルネ村を発ち、ルネアの町を目指して街道を進み始めた。

当然、旅は楽しく順調に進み、3日後。

ルネアの町に到着する。

(ドワイトとの約束まであと2日ほどあるな…)

と思い、私たちはとりあえずのんびりとその世界最強のまな板とやらの完成を待つことにした。

食べ歩きでオフィーリアの食欲に驚愕したり、芝居見物であくびをしたりしてルネアの町を満喫する。

そして、いよいよやってきたその日。

私たちは揃ってドワイトの店を訪ねた。

「よお。死んでないか?」

といつものように声を掛けると、

「うっせー」

という悪態とともにドワイトが店の奥から出てきた。

「おう。できてるぞ…ってオフィーリアじゃねぇか。ずいぶん久しぶりじゃねぇか」

「あはは。ご無沙汰だね」

とオフィーリアがドワイトと挨拶を交わす。

「ついでだ、盾を置いていけ、明日にはできる」

と言ってさっそくオフィーリアの盾を取り上げるように預かるとドワイトは思い出したかのように、

「ああ。約束通り世界最強のやつを作っといたぜ」

と言って、こちらにニヤリとした顔を見せてきた。

「ほう。さっそく見せてもらおうか」

というと、ドワイトは無造作に店のカウンターの下から、白く持ち手の着いた30センチほどの板を取り出し、いかにも「どうだ」と言わんばかりのドヤ顔で私に手渡してきた。

さっそく受け取り、軽くつかんで具合を確かめてみる。

パッと見、携帯用のまな板にしか見えない。

しかし、それを持った瞬間、

(おいおい。ちょっと小さいのを除けばオフィーリアの盾と遜色ないぞ…)

とその性能に気付き、驚愕してしまった。

横で興味深そうに見ているオフィーリアにも触らせてみる。

オフィーリアも持った瞬間、

「…マジ?」

と言って目を見開いた。

「はっはっは。どうだ。そいつとあの包丁があれば、本当に竜の皮だって千切りに出来ちまうぜ」

と得意げに笑う天下の名工ドワイトの姿に尊敬と呆れの両方が入り混じった苦笑いを浮かべ、

「ああ。今度竜を狩りに行くときはポン酢を持って行くよ」

と冗談を返す。

「ああ。そうしろ。ついでにネギと七味も忘れんなよ」

と言って笑うドワイトと一緒になってひとしきり笑うと、

「じゃぁ、また明日な」

と言って、店を出た。

「しかし、呆れたねぇ」

と言うオフィーリアに、

「ははは。私もまさかこんなことになるとは思わなかった」

と苦笑いで返し、職人街を出る。

「さて、昼は何にする?最近ガッツリしたもの続きだったからさっぱりしたものがいいんだが」

「そうだね、アタシもそんな気分かな?どうする?」

「じゃぁ、蕎麦なんてどうだ?この先にちょっとした店がある」

「お。いいね。よし、さっそく行こう」

と言って、私たちはそのちょっとした蕎麦屋へと向かった。

翌日。

無事オフィーリアの盾を受け取ると、いったん宿に戻る。

勇者ケインと聖女エミリアのいる王都オルセーまではここから馬車を乗り継いで5日ほど。

私たちは明日の朝一番に出る馬車に乗ることにして、その日の午後は思い思いに体を休めた。

「おはよう」

「ああ。おはよう」

「ちょっとした旅行気分だな」

「あはは。そうだね。馬車なんて久しぶりだから、なんだか楽しみだよ」

と適当に挨拶を交わして馬車の駅に向かう。

普段放浪生活をしている私とは違って、馬車に乗る機会が少ないオフィーリアはどこかウキウキしているように見えた。

やがて動き出した馬車の中で朝食をつまみ、ガタゴトと揺れる馬車の上でのんびりとした時間を過ごす。

ゆっくりと流れる長閑な街道の風景を見ていると、

(やっぱりこういう世界の方が美しいな…)

と前世らしきものの記憶にあるやたらと速く流れる景色を思い出し、そんな感慨にふけった。

オフィーリアも景色を眺めて

「のんびりだねぇ…」

と言いながら目を細める。

私も、

「ああ。そうだな」

と答えて同じく目を細めた。

途中、子供に発見されたチェルシーが、

「にゃ!」(これ、もっと優しく触らんか!おい、ジークちゃんと注意せい!)

と言って助けを求めてきた以外、事件という事件もなく旅は順調に進む。

そうやっていくつもの宿場町を通る事5日。

私たちはクルシュタット王国の王都オルセーの町へと入った。

「いやぁ、久しぶりに来たけど、にぎやかだね。ルネアの町とはまた違った雰囲気の活気があるよ」

というオフィーリアの言葉通り、オルセーの町はガヤガヤとした雰囲気のルネアの町とは違ってどこか落ち着いて華やかな印象がある。

そんなオルセーの町に着くと、私たちはまず宿を取った。

選んだ宿は冒険者向けの安宿。

貴族街に近い高級宿でも良かったが、冒険者の性か、やはりいつもの安宿の方が落ち着く。

そんな宿に入った私たちは、とりあえずギルドに向かい、勇者ケインに都合のいい時に迎えに来てくれと連名で書いた手紙を出した。

(おそらく迎えに来るのは3、4日後だろうな)

と思いつつ、オフィーリアと一緒に依頼が張ってある掲示板を冷やかす。

王都だけあって、依頼の内容は店のお手伝いや屋根の修繕、護衛や薬草の採取など様々な物があった。

そんな依頼を懐かしい気持ちで眺める。

もう、はるか昔だが、冒険者になりたての頃はよくこういう依頼もこなしたものだ。

そんな気持ちで懐かしんでいると、横でオフィーリアも、

「あはは。なんだか懐かしいね」

と言って微笑んでいた。

「どうせ、ケインから連絡がくるまで3、4日あるだろうから、なにか受けるか?」

と冗談を言うと、オフィーリアがクスリと笑って、

「初心者の仕事を奪うのは良くないよ」

と私を窘めるようなことを言ってきた。

「ははは。それもそうだな」

と言ってギルドを出る。

ほんの少しだが、なんだか初心というものを思い出したような気がして、妙に充実したような気分になった。

「さて。飯だな」

というと、横からと胸元から、

「待ってました!」

「にゃ!」(今日は野菜の気分じゃ!)

という2つの返事が返ってきた。

私は野菜がたっぷり採れてオフィーリアの腹も満たす食事とはいったいなんだろうか?と考える。

そして、ふと少し前の記憶を思い出し、

「ああ、そう言えばこの近くにチーズフォンデュの店があったな。そこでどうだ?」

と提案してみた。

「お。いいね。鍋のチーズがなくなるまで食べつくそう!」

と、オフィーリアが若干意味の分からないやる気を見せる。

すると、それに続いて、チェルシーも、

「にゃぁ!」(野菜とチーズじゃ!)

と無邪気に喜びの声を上げた。

チーズの奥深さを堪能し、久しぶりの王都の町を散策して宿に戻る。

私はどうしようかと思ったが、とりあえず銭湯が開く時間までのんびり書き物をして過ごすことにした。

書いたのは魔導回路の省力化に関するアイデアといういかにも賢者っぽい物を加えつつも、ほとんどが食べ物に関すること。

チーズフォンデュがあるならチョコレートフォンデュがあってもいいだろうとか、ケーキがあるのにパフェがないのはなぜだろう、というようなことを思いつきでどんどん書いていく。

そして、かき氷のシロップに使う食紅をこの世界で実現するための材料をいくつか思いついたところで、気が付けば、もう西日が差すような時間になっていた。

(おっと。意外と夢中になってしまったな…)

と思いつつ、道具を取り出し、まずは銭湯に行く。

ゆっくりと湯船に浸かりここまでの旅の疲れを癒すと、ほかほかとした体を心地よく思いながら宿に戻ってオフィーリアの部屋を訪ねた。

私の風呂が長かったからか、どうやら待っていたらしいオフィーリアと一緒に、

「にゃぁ…」(いい加減腹が減ったぞ…)

と、やや不機嫌なチェルシーを連れて酒場に入る。

その日はいかにも居酒屋といった感じの、から揚げやフライドポテトというジャンクな食べ物を中心に頼み、最後に屋台のラーメンで〆て帰った。

(そろそろ歳を考えた飲み方をせんとなぁ…)

と少しの後悔と久しぶりにやらかした楽しさを抱えてベッドに横になる。

(さて、ケインとエミリアはどんな大人になっているだろうか…)

と数日後に訪れるであろう再会の日を楽しみに思いながら、私は満足のうちに目を閉じた。