第116話村にメイドがやってきた02

なんだかんだでもうすぐ昼時。

ドーラさんは、

「いきなりだったので、特別なものの用意はありませんが…」

と少し申し訳なさそうにそう言う。

「とりあえず、普段の食事を食ってもらおう。歓迎会は明日にでも改めてやればいいさ」

と私が気楽に行こうといった感じでそう言うと、ドーラさんは、

「そうですねぇ。なんだか申し訳ないですけど、最初から特別扱いしたら変に緊張させてしまうかもしれませんし、普段のお食事を知ってもらうのがいいかもしれませんねぇ」

と言って、苦笑しながらも納得してくれた。


(ドーラさんの飯はなんでも美味いから大丈夫だろう)

と心の中で思いつつ、とりあえずいつもの薬草茶をすすりながら、

「きゃん!」(おうちの人ふえたね!)

「にぃ?」(ごはんのひと?)

と言う2人に、

「はっはっは。仲良くなれるといいな」

と言ってしばし戯れる。


やがて、みんなが食堂にやってきた。

「リーファ先生。ジードさんのところからメイドが来たよ。一応、詳しい話は何も聞いてないようだからそのうち、適当に説明してやってくれ」

と私が言うと、リーファ先生は、

「そうなのかい?えらく早かったね」

と言うが、約1年を早いというか遅いと言うかは人それぞれなんだなと妙なことを考えてしまう。


そんな話をしていると、食堂のドアの外で、

「んぎゃ!」

と声がした。

なにごとだ!?

と思って駆け付けてみると、階段の下でシェリーが尻もちをついていた。

私が、

「大丈夫か?」

と手を貸しながらそう聞くと、

「す、すみません。靴もスカートも慣れないもので…」

と言って「あいたたた…」と尻の辺りをさすりながら立ち上がる。


そう言うシェリーの恰好はいわゆるメイド服。

足下はパンプスというのだろうか?少しだけかかとの高い革靴だ。

たしかに着慣れないのだろう。

頭に乗せている、フリフリのついたカチューシャが盛大にずれている。

私は思わず、

「はっはっは」

と笑ってしまい、

「服装は慣れた服でいいぞ。動きやすいのが一番だ」

と言って、まだおっかなびっくりと言った感じで歩くシェリーを気遣いながら食堂へと案内した。


食堂へ入ると、みんなの前でシェリーは、

「改めまして、エルフィエル大公国より遣わされました、シェルフリーデル・エル・リード・ルシェルロンドです。シェリーとお呼びください。まだ60…か70歳くらいの若輩者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます」

と言って、また敬礼のようなポーズをとった。

いまだにカチューシャが盛大にずれているのが面白い。


そんなシェリーに、

「ほう。君は騎士の出身かい?ああ、私はリーデルファルディ・エル・ファスト・デボルシアニー。このうちの居候だ。リーファと呼んでくれ」

とリーファ先生が声を掛けると、シェリーは、

「はい。よろしくお願いします、リーファ様。実家は代々騎士の家系ですので、私も魔導院の騎士科を出ております」

といかにも騎士らしくビシッとしてはきはきとそう答えた。


リーファ先生は、

「へぇ。それで今はメイド…いや、調理見習いなのかい?…ずいぶんと変わった経歴だね」

と言って、

「ああ、すまん。とりあえず、席についてもらったほうがいいね」

と苦笑いする。

すると、すかさずドーラさんが、

「ここに座ってね」

と言って、自分の隣の席をシェリーに勧めた。


「え?あの…。私はメイドですが…」

と言ってシェリーはメイドが同席していいのか?という顔で私を見てくる。

貴族の家ではメイドが主人と同じ食卓につくなどありえない。

すっかり忘れていた。


「ああ…。家のルールというか、なんというか…。ともかく我が家はみんなで食事をするんだ。とりあえず、適当に座ってくれ」

と私が言うと、シェリーは遠慮がちに席に着く。

するとドーラさんが、

「最初は戸惑うわよね」

と言って、

「うふふ」

と笑いながら、シェリーのカチューシャを直してやった。


シェリーは、「あわわ」と恥ずかしそうにしながらも、

「みなさんと同じものが食べられるなんて光栄です」

と言う。

私が、なんでだ?と聞くと、メイドも調理見習いもいわゆる「まかない」を食べるのが当たり前で、主人と同じものが食べられることなど滅多に無いらしい。

特に、調理見習いは鍋に残ったソースの残りなんかを味見してその味を覚えるのが普通だと言い、主人に出される料理の味をしっかり確かめられるのは望外だと言った。


私が、

(どの世界も修行というのは厳しいものなんだな…)

と思っていると、ドーラさんはシェリーに向かって、

「あらあら、そうなの?それは大変ねぇ…。でもうちではそういうのは、あんまり気にしないでね。なんでも教えますからね」

と言って微笑む。

「ありがとうございます、師匠!」

と、いきなり師匠と呼ばれたドーラさんがドギマギする様子にみんながクスッと笑い、リーファ先生が、

「とりあえず、食べないかい?」

と言ったのをきっかけに、やっと昼食が始まった。


今日の献立はマヨネーズベースのドレッシングがかかった夏野菜のサラダに熊ことエイクのステーキ丼。

森の中層に出てきたはぐれを黒猫がしとめてきてくれたらしい。

お裾分けでもらった。

まだわさびの栽培にはもう少し時間がかかるのが惜しいが、温泉卵が乗っているのはさすがドーラさんだ。

そして、我が家の名物、茸汁もついている。


「いただきます」

と言って、遠慮がちにひと口食べたシェリーは目をカッと見開き、一瞬無言になった後、次に茸汁をすする。

すると、先ほどよりも大きく目を見開いて、

「うほー!」

と叫び、すごい勢いでスプーンを動かし始めた。

「あらあら。ゆっくり食べてちょうだいな?」

とドーラさんが言うと、

「ひ、ひつれいひまひた」

と言って、慌てて口の中の物を飲み込み、シェリーは、

「すごいです、師匠!感動です!」

と横にいるドーラさんにキラキラとした目を向ける。

そんな視線に、ドーラさんは、

「あらあら」

と照れながら、

「お口に合ってよかったわ」

と言って、微笑んだ。


(やはりドーラさんの魔法は偉大だ)

そう思いながら、私も食べ進める。

隣でリーファ先生も微笑みながらいつものようにガツガツ食べているし、ズン爺さんも目を細めている。

もちろんルビーもサファイアもご機嫌だ。

(我が家の食卓がまたにぎやかになったな)

そう思うと、嬉しさが込み上げてきた。


食後、いつものようにお茶になる。

シェリーも手伝うと言ってくれたが、慣れない靴でまだ歩きづらそうだったから、今回は座っていてもらった。


デザートの水ようかんを食べてまた叫び、

「これはさっそく報告しなくては…」

というシェリーがなんとか落ちついたのを見計らって、とりあえず今後の行動なんかを確認する。


とりあえず、シェリーの一番の目的はドーラさんから料理を学ぶこと。

そして、次がリーファ先生のお手伝い。

その2つ。

本人に聞くと基本的にはそれで問題ないというが、できれば、たまにでいいから剣を振る時間をもらえないだろうか?と意外なことをお願いされた。

(そう言えば、騎士の学校みたいなところに通っていたんだったか…。たしかに来た時、腰に剣を差していたが、ただの護身用じゃなかったんだな)

とそんなことを思いながら、そのくらいならかまわんと答える。


なんでも小さい頃からの習慣で、宮殿の厨房で働いていた時も、時間を見つけては毎日のように剣を振っていたのだとか。

本人曰く、精神を集中するのにちょうどいいらしい。

私が毎日、日の出前に起きて稽古をしているからそれに参加するか?と聞くと、最初、それではお料理のお手伝いができませんから夜にでも…、と遠慮していたが、

「お料理はお昼と夜にお手伝いしてもらえばいいから朝はお稽古してくださいな」

とドーラさんが言ってくれたので、シェリーも朝の稽古に参加することになった。


ちなみに、お仕着せのメイド服の替えや持ちきれなかった荷物は後から届けてもらえるらしい。

慣れない服で作業するのは辛かろう、無理はしなくていいと言ったが、本人が頑張って慣れます!と意気込んでいたので、苦笑いしながら頑張ってくれとだけ伝える。

そんな簡単な説明のあと、今度はコハクとエリスを紹介しに厩へと向かった。


ちなみに、靴はドーラさんが井戸端で水仕事をするときにはくサンダルに履き替えてもらっている。

安全を考慮しての措置だったが、その結果、メイド服にサンダル履きという珍妙な恰好になってしまった。

まぁ、私も本人もさして気にしていないからいいのだろう。


厩に着くと、一応事前に知らせておいたからだろうか、シェリーの緊張はそこまででもなかったが、それでも、コハクに、対する挨拶は少しぎこちなかった。

そして、意外だったのはエリスを見て、

「立派な森馬ですね…」

と言って驚いていたこと。

私が何気なく、

「そうなのか?」

と聞くと、

「はい。まるで森の祖に愛されたような素晴らしい森馬です」

と言って、きれいな黒色をした森馬は純血種に近く、大変貴重な存在なんだと教えてくれた。


「そうか。エリスはやっぱりすごい馬だったんだな」

と言って、エリスを軽く撫でてやると、エリスは、

「ひひん!」

と鳴いて、胸を張った。

横でコハクが、

「ぶるる」(わたしだって)

と鳴いたので、

「はっはっは。2人ともすごいぞ」

と言って、一緒に撫でてやると、2人同時に顔を摺り寄せてくる。

そんな様子を見て、シェリーは少し苦笑いをしていた。