夜明け間近の空が紫色に染まっている。
慎重に気配を探りつつ進んだ。
窪地に近づくにつれて痛々しさを増す森の中を冷静に眺め、
「いるか?」
と私が確認すると、
「いや」
とリーファ先生が答える。
今のところ伏兵の気配はない。
おそらく集団戦になったら横合いか後ろから奇襲してくるつもりでいるんだろう。
そんな筋書きが見えた。
多少知恵が回るといってもその程度だ。
心配することはない。
あえて自分にそう言い聞かせ、
(真正面から行って斬る)
ただそれだけを考えて腹を括った。
しばらく進むと窪地の端が見えてくる。
遠くで気配が動いた。
前方に一塊。
左手に薄く一つ。
リーファ先生と視線を合わせると、お互いにうなずく。
リーファ先生の魔力の高まりを感じた。
私もそれに合わせるように気を練りながら進む。
「背中はまかせた」
そう言う私に、
「もちろん」
とリーファ先生は答えてくれた。
決戦間近だというのに、つい顔がほころんでしまう。
しかし、気が緩むことはない。
むしろいつもより引き締まっている。
不思議な感覚だ。
落ち着いて冷静な気持ちとワクワクする気持ちが同居している。
しかし、油断は無い。
いったいなんなんだろうか?
そう思って気が付いた。
(なるほど、これが共に戦うということか…)
仲間がいる。
そう思うと気持ちも落ち着くし、楽しいとも思える。
ただし、責任も生まれるから油断などできない。
頼もしさと緊張感のはざまに生まれる信頼関係。
私がいまだかつて味わったことのない感情だ。
(…この歳になってから気が付くとはな)
そう思うと、少し照れくさいような気になったが、悪い気はしない。
心の中でこっそりと苦笑いし、一段と気を引き締める。
窪地に入ると、案の定オークが待ち構えていた。
あちらもここで決めるつもりなんだろう。
数は見えているのが4。
奥に一回り大きいのがいる。
おそらくあれが統率個体だ。
何か布陣らしきものを引いている。
やはりその程度には小賢しいようだ。
堂々と進軍してくる私たちに驚いたのか、それとも好機とみたのだろうか、その大きい豚が、
「グォォッ!」
と鳴く。
(汚いな…)
そんなことを思いつつさらに気を練った。
意外にも豚共から仕掛けてきた。
手前の3匹が突進してくる。
3方向から来るのか?
だったら各個撃破だ。
と思ったが、左右の2匹が1匹の後ろについた。
直線でせめて来る。
(まるでアレじゃないか…)
どうでもいい記憶が出てきたが、
「突っ込んだら右だ!」
リーファ先生に向かってそう叫ぶと、私もまっすぐ突っ込んだ。
リーファ先生もそれに続く。
やはり3つに分かれた。
わかりやすい。
やはり小賢しいのは所詮、小賢しい止まりだ。
先頭の1匹が怪力に任せて柱のような木を叩きつけてきたが、ぎりぎりで左にかわすとそのまま脚を撫で斬る。
(浅い。だがそれでいい!)
すぐに振り向いて左に走る。
つまり、右からリーファ先生を襲ったヤツに向かった。
「後ろ!」
と叫ぶ。
リーファ先生はそう言われずともわかっていたらしい。
素早く動くとまた牽制の矢を放った。
右腕の肩辺りにあったように見える。
私の目の前のヤツはリーファ先生に目を射抜かれて悶えていた。
腰を落としてヤツの右脚を斬り落とす。
倒れこんだ仲間を踏みつけるようにさっきリーファ先生に右腕を射られたヤツが突っ込んできた。
私の右側面から丸太を叩きつけてきたが、射抜かれた右腕が気になるのか、遅い。
軽く後ろに退いてその打撃をかわす。
がら空きになったヤツの左わき腹を横なぎに斬った。
森の中から飛び出してくる気配がある。
(今更遅い)
私がそう思って迎撃しようと思ったその時、統率個体が、
「グォォォッ!!」
と叫んだ。
森の中から飛び出して、私たちに向かおうとしていた個体が統率個体のそばに駆け寄る。
どうやら一気に突っ込んでくるのではなく、連携して迎え撃つようだ。
最初に足首辺りを斬られてつんのめっていたヤツが何とか起き上がって向き直った瞬間、目に矢が突き刺さった。
リーファ先生は油断なく統率個体の方へ矢を向け、牽制してくれる。
私は丸太を落として顔を覆いながらなにやら叫んでいるヤツへ向き直って遠慮なく袈裟懸けに脚を断ち切った。
芋虫の様に地面で悶えるのを無視して向き直る。
統率個体が伏兵だった1匹を盾にするように突っ込んできた。
リーファ先生がソイツの顔に向けて矢を放つが、ソイツは左腕を盾にして肘の下辺りで矢を受け止めた。
だが、それで一瞬ひるむ。
その隙にリーファ先生が魔法を放った。
よく聞き取れない言語だったから、おそらく魔法言語というやつなんだろう。
ソイツの太もも辺りに切り傷ができた。
ソイツが一瞬よろめいて立ち止まる。
私はそのまま統率個体へ突っ込むが、ヤツは後ろへ飛んで盾役の影に隠れた。
(ちっ!)
私も一旦飛び退さる。
(おそらく盾役を押して突っ込んでくる気だ)
「リーファ先生!」
と叫ぶと、
「おう!」
と声が聞こえて、統率個体の頭部に矢が飛んだ。
統率個体はその矢を難なくはじき、リーファ先生の方へ視線を向けた。
(隙あり)
そう思った私が突っ込むと、盾役の豚が丸太を叩きつけてきた。
私はそれをギリギリでかわすと左に向き直って上段からその振り下ろされた右手首を斬った。
そのまま次へと思ったが、後ろで妙な空気を感じた。
(まずい!)
私はそう感じると、リーファ先生のいる方へと駆ける。
すると、今まさに統率個体がリーファ先生に向かって丸太を振り上げる瞬間だった。
「右!」
と叫んで背後に回った私は統率個体の右脚の付け根辺りに袈裟懸けの一撃を打ち込む。
すると、バランスを崩した統率個体が横ざまに倒れた。
私から見て左、つまり自分は右側に飛び退さったリーファ先生がすかさず魔法を放つ。
統率個体の腹にざっくりと傷がついた。
統率個体は、
「ギャァァァッ!」
とみっともなく叫ぶ。
ふと嫌な予感がした。
私は駆け出しリーファ先生を肩で突き飛ばすと、左腕で自分の顔の辺りをとっさにかばった。
統率個体が苦し紛れに振り回した丸太が左腕に当たる。
強い衝撃が襲ってきた。
何とか受け流したが、よろけてしまった。
(ちっ!)
慌てて体勢を立て直して統率個体の方を見た瞬間ヤツの顔面がぱっくりと割れた。
(よし!)
統率個体が顔を抑えて悶えている。
そこかしこから、うごめく声が聞こえた。
汚い。
そして、うるさい。
まずは何事かわめきながら突っ込んでくる先ほどの盾役を一閃。
左脚を断ち切った後、つんのめったソイツをとりあえず放置して、統率個体へ向かうとうつ伏せになって悶えているヤツの首筋を斬った。
動かなくなる。
次。
盾役の背中から心臓を突き刺す。
最初に突っ込んできて結局脚を斬り落とされた個体へ向かうと、動いていないが、念のために心臓をひと突き。
2匹目も同様に念のため止めを刺す。
3匹目はもぞもぞ動いて逃げようとしていた。
芋虫よりも遅い。
首筋がぱっくりと割れた。
リーファ先生だ。
(…終わったか)
念のため、辺りの気配を探るが、何もないようだ。
刀を鞘に納めた瞬間ふいに左腕に激痛が走った。
「…っ!」
思わずうめいてしまう。
「大丈夫かい?」
と言ってリーファ先生が駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ」
と、私はあえてそう言ったが、どうやら脂汗が出ているらしい。
首筋に汗が滴るのを感じる。
「本当かい?」
というリーファ先生に、
「ああ、あの薬を塗られるほどじゃないさ」
と言って笑った。
「…相変わらずだねぇ、君は」
と言って、リーファ先生は呆れたような顔をすると、
「また魔力操作で我慢すればいいさ」
と言って、優しく微笑む。
いつの時代も、いやどの世界でも、悪魔は天使の顔をしてやってくるようだ。
とりあえず、と言って、リーファ先生はその場に落ちていた棒切れを添え木代わりにして手ぬぐいで縛ってくれた。
少しだけ痛みが走って思わず顔をしかめたが、
「少しだけ我慢していてくれ」
と言ってリーファ先生は手早く応急処置を済ませてくれる。
そして、
「帰ったらマリーの礼を言いに行こう」
と言って、自分の左腕を少しまくって手首を見せてくれた。
何もついていない。
私も自分の左腕を見てみる。
やはりそこには何もついていなかった。
「効いたね」
と言ってリーファ先生が笑う。
「ああ」
と言って、私は自分の手首を見ながら、
(マリーが守って…いや、マリーも一緒に戦ってくれたんだな…)
そう思って目を細めると、急にマリーに、そして村のみんなに会いたくなった。
朝の美しい日差しが森を照らしている。
遠くで風が吹いたのか、緑がさんざめく。
この世界の醜さと美しさ。
リーファ先生と共に見たこの光景を私は一生忘れないだろう。
なんとなく、そう思った。