「…相変わらずだねぇ、君は」
そういうリーファ先生は少し涙ぐんでいる。
そして、
「大丈夫かい?」
と聞いてきた。
一瞬なんのことを言っているのかわからなかったが、そういえば、という感じで左腕が痛み、
「…つっ!」
ふいに襲ってきた痛みに一瞬顔をしかめてしまった。
「大丈夫かい!?」
リーファ先生の声が先ほどより深刻さを増している。
「いや、大丈夫だ。急に痛んだから驚いてしまった。…骨まではいってない…と、思う」
と私が言うと、リーファ先生はまた、
「相変わらずだねぇ、君は」
と言って苦笑した。
「とりあえず、診よう」
というリーファ先生に、
「ありがとう」
と言って、腕を差し出す。
少し押されると痛みが走った。
「…うん。折れてはいないね」
とリーファ先生は言ってくれる。
続けて、
「しかし、ヒビくらいは入っていてもおかしくない。固定しよう」
と言ってくれたが、私は、
「いや、包帯だけで充分だ。次があるんだろ?」
と言って本格的な治療を拒んだ。
「………。」
リーファ先生は無言でうつむく。
たぶん、心配してくれているんだ。
それと同時に自分が迷惑をかけたとでも思っているんだろう。
だから私は笑顔で言ってやった。
「おいおい。もう、そんな間柄じゃないだろ」
と。
リーファ先生がハッとして顔を上げる。
私が、笑顔で見つめると、
「…そうだな。ありがとう」
と言って、リーファ先生も笑った。
「さて、魔石を取ろう」
と言って、私はさっさと背を向ける。
照れ隠しというやつだろうか?
ともかく、なにか行動せずにはいられなかった。
痛む左腕をさすりながら斬った豚の元へ歩いていく。
近くでよくよく見てみると、重くてひっくり返せそうにない。
仕方がないのでうつ伏せに倒れているヤツは背中側から刀を突き刺して捌いた。
後ろではリーファ先生も同じ作業をしているだろうと思ったが、後ろで火柱が上がった。
「おい!魔石は!?」
私が大声でそう聞くと、
「消し炭の中から取り出すさ!」
と大きな声で返事が返ってきた。
(…なるほど。そんな方法もあるのか…)
と私は感心しながらもさっさと一つ目の魔石を取り出した。
オークの魔石は、見た目で言うなら、ひどくくすんだガーネット。
そんな感じの色で不規則にとがった形をしている。
大きさは大人のこぶしほどだ。
魔石としては大きい部類だろう。
しかし、私は、
「魔石まで汚いな…」
とそんな感想をいだいた。
顔をしかめつつ次の個体へと移った。
次の個体の胸元に剣鉈を突き刺す…突き刺したと思ったがいつもの様にすっと入っていかない。
(こんなに硬かったのか…)
戦っている最中はまったく気が付かなかった。
「仕方ない」
私はまた刀で豚の胸を掻っ捌いた。
適当に手を突っ込むとゴツゴツとしたものが手に触れる。
迷わず引っこ抜くとまた魔石が出てきた。
手が臭い。
全部リーファ先生にやってもらえばよかった。
などと、不謹慎なことを考えているうちに、魔石の回収が終わる。
私が4体、リーファ先生が2体。
それぞれの魔石を持ち寄って適当な袋に詰めると、
「とりあえず洗いたいね」
と言って、リーファ先生は苦笑いし、
「ああ、そうだな」
と言って私も顔をしかめつつ笑った。
そして、私はふと疑問に思う。
オークはそう滅多にでる魔獣じゃない。
だから、おそらく魔石も高価なんだろうと思っていたが、この見た目でこの臭いだ。
本当に買い手がつくのだろうか?
そう思って、
「これ、売れるんだよな…?」
とリーファ先生に聞いてみると、リーファ先生は、
「ああ、こう見えて優秀な素材らしい。ローデルエスト侯爵領辺りに持ち込んだら驚くほどの高値になるよ」
と言う。
「まじか…」
私は思わずそうつぶやいてしまった。
しかし、よく考えてみれば村の予算の足しになるし、将来のスローライフの足しにもなる。
多少の臭いには目をつぶらなくてはいけない。
そう思ってなんとか我慢することにした。
「じゃぁちょっと焼いてくるよ」
と言ってリーファ先生は魔石を取り終えたオークの方に向かっていく。
私も後を追いかけて、
「他はまかせろ」
と言い、ヤツらの食い散らかした残飯処理に向かった。
改めて見るとヤツらの餌は多岐に渡っている。
何のものだかわからない骨や、明らかにゴブリンだったもの、実のついた木を根こそぎ取ってきたものまであった。
それらがところどころに散らばり、あるいは積み上げられている。
よく見ると、積み上げられているものはこれから食うもので、散らかっているのは食いかけか食べこぼしのようだ。
積み上げられた山は2つ。
まずは少し小さいほうの山へ向かった。
臭いに耐えながら周りにあった枯れ木を突っ込み、火炎石を放り込む。
表面が焦げるにしたがって、徐々に臭いはマシになっていった。
次の山へ向かう。
この山の方が先ほどより一回り大きい。
こちらも同様に処理する。
火の勢いを見て時々枯れ木を足すが、
(今、完全に処理するのは無理だな)
火の勢いを見ながら私がそう思ってリーファ先生の方を見ると、もう2体ほど処理を終えていた。
改めて魔法の威力というものに感心しつつも、枯れ木を持ってきては突っ込むという作業を繰り返した。
気が付くと昼をずいぶんと過ぎている。
そろそろ飯も食いたいし臭いも落としたい。
なにより出かけているヤツらが戻ってきたら厄介だ。
そう思って、
「なぁ、そろそろいったん退かないか?」
とリーファ先生に声を掛けた。
いつの間にかリーファ先生は処理を終えていて、こちらの状況を見ながら、
「まぁそんなものでいいだろうね。よし、飯…の前に臭いを落とそう」
と言って苦笑する。
「そうだな。とっとと水場を探そう」
そう言って私たちは背嚢を取りに戻り、窪地を囲むように繁る森の中へと入っていった。
たしか、この辺に水が湧いていたはずだ。
と思いながら進んでいくと、案の定小さな水場があった。
「先に済ませてくれ」
と言って私は、そこから少し下った場所にある大木の根本まで移動すると、適当にコンロを出してまずは薬草茶を淹れ始めた。
のんびりと茶をすすっていると、
「待たせたね」
と言って、少し髪を濡らしたリーファ先生がやってきて、小さな石鹸を渡してくれた。
「ありがとう。さっさと済ませてくる」
と言って、私も水場へ行って、
(帰ったらまず風呂だな)
と思いつつ、手や顔を洗い汚れと臭いを落とすと、刀と剣鉈に拭いをかけた。
ついでに防具を確認し硬く絞った手ぬぐいで表面の汚れを落とす。
私が戻ると、リーファ先生はのんびりと薬草茶を飲んでいた。
その後、パンといつものドライトマトスープで適当に腹を満たすと、さっそく次の行動予定を話し合う。
「どうする?またこちらから仕掛けるか?」
私がそう聞くと、
「いや、様子を見よう。ヤツらも異変に気が付くだろうからね。あっちからしかけてくることだってあり得る…」
と言って、リーファ先生は警戒を促がす。
「そうか…。ヤツら、夜は?」
と私がそう聞くと、
「わからん。しかし夜中にオークが暴れたという話は聞いたことがない…」
とリーファ先生は言うが、私は、
「油断はできんな。鼻が利くヤツはたいてい夜も動く」
と言って私は少し考えながら、
「もし、あちらから襲ってくるとなれば、各個撃破か…。こちらの体力が削られるな…」
と言い、私は心の中で舌打ちをしつつも、自分でも考えをまとめるように、
「理想は『朝マズメ』だ。油断して寝ていてくれれば一番いい。だが、そんなに甘くはないだろう。統率個体がいるなら伏兵の一匹くらい置いておくはずだ」
と言ってリーファ先生に作戦を伝える。
「うん」とうなずくリーファ先生を見ると、私は、続けて、
「絶対に避けたいのは夜の集団戦だ。今日は、尾根付近まで登って木が密集している場所を見つけたらそこで休もう。各個撃破ならなんとかなる。もし夜襲を仕掛けてきたらリーファ先生は足下の灯りと牽制に専念してくれ」
と言って、当面の行動を決めた。