第6話 王都追放〈2〉

「学院は、退学となるのでしょうか?」

 ロアラ王立学院。貴族の子女が通う、伝統ある教育機関。ゲームのヒロインが憧れていた学び舎。アリシアにとっては、自分が学び、友人と出会えた大切な場所だ。

 ジョージは、ふむ、と考え込んだ。

「あくまで一時的な対応のつもりだから、アリーが退学するとまでは考えていなかったな。しかし、変わらず在籍したまま謹慎というのも、すぐにでも戻ってくるように見えて体面は悪かろう」

 アリシアは、悩む父親に申し出る。

「では、わたくしが学院で先生に相談して参りますわ。正直言うと、学院を離れたくも辞めたくもありません。休学するにしても、何らかの形で学び続けたいのです。ですから先生に相談したくて──」

「あなたのそういうところが、現実を見ていない甘えた態度なのですよ、アリシア」

 アリシアの言葉に重なるカミラの声は鋭かった。我慢ならない、という憤慨を隠しもせず、継母は苦言を呈する。

「やはり理解が及んでいないようですから忠告して差し上げます。あなたは、王家に疑いを抱かれるような由々しき汚点を残したのです。なのに謹慎という名目はあれど自分は世間の目を逃れて……その結果、王都中央の家族を矢面に立たせることになるのですよ? それでなお、のうのうと自分の学びのことを心配しているだなんて!」

(あ……)

 彼女の言う通りだ、とアリシアは自分の図々しさを恥じる。またしてもアリシアの顔はどんどん俯いてゆき、何も反論できない。まくしたてたカミラは席を立った。

「わたくしから言うべきことはお伝えしました。後のことは、お二人でお話しになって」

 継母がダイニングから退出して、食卓はしんと静かになる。アリシアはいたたまれず、「あの、お父様……」とだけジョージに呼びかけて黙ってしまった。父親は、カップに口を付けて、紅茶を味わってから語り始める。

「カミラの正論は、まるで戦神いくさがみの矛のようだねぇ」

 ジョージの話し方は、誰を咎めるトーンでもない。ただ穏やかに、妻と娘の言葉を肯定する。

「視野を広く、視座を高く持つことも、学ぶことも、どちらもとても大切なことだ。今のままではいられないと思えなくなってしまったら、成長は望めないからね」

 ジョージは「明日にでも学院で先生に相談してくるといい」とアリシアに勧めて、「誕生日のお祝いは日を改めよう。気に病むことなど何もないのだから」と微笑んだ。


 部屋に戻ったアリシアは、しばらくぼーっとしていた。何も熟考できないような気分なのに、いざ何かしようと思っても、昨日の光景や自らの行動、さっきのカミラが言い放った内容がぐるぐると意識や思考のリソースを奪っていく。

(なんかもう、だめだ……)

 沈んだ気持ちのまま、なかなか切り替えられない。しかしそれでも何かしていなければ落ち着かず、アリシアはうろうろと部屋を歩き回る。ふと机のひきだしを開けてみた。そこにあるのは、母から譲り受けた革張りの小さな本だ。

(お母様……)

 手に取る。優子の知識では読めないはずのライゼリア文字を、器であるアリシアの感覚が自然と読み解いていく。本の冒頭に綴られているのは、ライゼリアの建国神話だ。

 ──最初はただの卵だった。それは愛され、慈しまれた。卵は宿命に従い転がって、やがて大海を漂流する。漂流する卵が孵ったのは、卵がこれまでに受けた愛の賜物だ。全ての生き物の愛と善性が生命を吹き込むのだ。母なるライザとライゼリアは、こうして卵の中から生まれでた。

(懐かしいな……)

 子供向けにやさしく言い換えたストーリーを母が寝物語に読んでくれたアリシアの記憶がよみがえる。

 アリシアは革張りの本を寝台に持ち込み、母との思い出にひたりながらページを繰った。だが、それもやはり気がそぞろなせいで次第に集中できなくなり、アリシアは本をかたわらに置いて寝転がる。寝台の上の天蓋を見つめていると、アリシアの幼少の思い出も、優子としての記憶も、ここ数日の目まぐるしい出来事も、全部が溶けあっていくような不思議な気持ちだ。酩酊に近いような令嬢の微睡まどろみを覚ましたのは、メイドであるニナのノックだった。

「早めに今夜はお休みになるだろう、とジョージ様が」

 ニナはいつもほどの明るいトーンではなく、少し落ち着いた雰囲気でアリシアに接する。いや、平たく言えばへこんでいた。

「あなたがそんな顔する必要ないのよ」

 アリシアがそう言うと、ニナは「でもやっぱり私は納得いかないんです」と拗ねたように口をとがらせた。 ニナが、ケイル王子とアリシアの破談に言及して悲しがったり腹立ちをあらわにしたりするのは、昨夜から数えてこれで通算二十四回目だ。

「だって、結局は王子の憶測が理由なんでしょう? そんなのひどいです!」

「いえ、わたくしが軽率だったの。事と次第によっては、その場でお父様が罪に問われていたかもしれないわ。そうならなくて、本当によかった」