第25話

サイモンとアリアが檻に入れられてから、数時間が経過した。相変わらず檻の中はじめじめとしており、時折魔物や動物たちの立てる音に怯える子供たちの声を聞く。最初はサイモンも宥めようとしたが、子供たちにサイモンはどうやら怖がられているようだった。さっきの黒金獅子のせいだろうか。それとも、檻の向こうにいる男たちと一緒にでも見えているのだろうか。

(いたって心外だな)

まあ、極限まで追い込まれているのだ。女子供の中に一人男が入り込めば、警戒するのも無理はない。

サイモンはそう自分に納得させ、檻の中から出来るだけ全体を見渡せる位置に座り込んだ。それが捕まってから五分の間の出来事だった。ちなみに花は既に燃やしている。檻に入ってからすぐに塵も残らないほどの高温で焼いた。その時に見ていた幻覚は海の中で昆布や珊瑚と踊るもので、サイモンとしては大変愉快だったが、流石に脱出するのに邪魔になるかもしれないと思っての行動だ。……縄が焼けたのは実は計算外だったが。

(まだ上手く加減ができないな)

誰の目にも止まることなく燃やせたのは好都合だった。喜びに叫びかけたアリアの口を咄嗟に押えることの出来たあの時の自分は、本当にすごいと思う。子供たちが数人じっとこちらを見ていたが、特に何も見た様子はなかったし問題はないだろう。たぶん。


檻の外には見張が立っていた。檻の外、といっても「すぐそこ」と言うわけではなく、少し先で全体が見える位置に座っている。恐らくあそこが見張りの定位置なのだろう。欠伸をしてだらける様子は慣れているのがわかる。

(見張は中に二人と、外に二人、見回りをしているのが一人)

サイモンは感じる気配からそう当たりを付ける。気配を消せる人間が少ないから、それぞれの気配から位置を読むのは存外楽だった。気を付けなければいけないのは――幸薄男くらいだろうか。それとサイモンたちを襲って来た、あの女。今日はまだ一度も見ていないが、それが余計にサイモンの警戒心を上げる。勝てないとは言わないが、出来る限り敵には出会いたくないと思うのは、当然だろう。何より今は守るものが多いのだから、余計に。

(さて、どうするか)

じっと考え事をしていれば、隣に座っていたアリアがサイモンの顔を覗き込んでくる。「どうかしたのか」と問えば、「いえ、そう言うわけじゃないんですけど」と歯切れ悪く答える。その様子に首を傾げるサイモン。アリアの手首には、赤い輪のような痕が残っていた。


「アリア。手を出せ」

「? なんですか?」


サイモンはアリアに向かって手を出す。アリアも疑問に思いながら手を差し出した。

傷を見るに、縛られていたことに寄る圧迫が原因だろう。少しだけ火傷をしているようにも見えるが、ひりひりする程度で本人としては区別がつけられるほどの物ではなさそうだ。

(ったく。怪我をしたら言うようにと言っているだろう)

サイモンの手が離れ、アリアの傷に翳される。まるで細い枝を手で包んでいるかのような感覚だった。


「〝ゼラ・ペー癒しをヴォ〟」


極々小さい声でサイモンが唱えると同時に、小さな光が灯る。

たちまちアリアの腕についていた赤い線が消えていく。数秒して光は収まり、アリアの白い肌は赤の〝あ〟の字すら見当たらないほど綺麗になっていた。

(これでよし)

サイモンはゆっくりと手を離すと、動きに問題がないか問いかけた。茫然としていたアリアがはっとして自身の手を見つめる。握ったり開いたりと動きを確かめ、一つ頷いた。


「だ、大丈夫そう、です」

「そうか」


サイモンはそう答えると、よっこいしょと座り直した。アリアがおじさんくさい、と言わんばかりの目で見つめて来るが、素知らぬふりを通した。

アリアの拘束具は、サイモンが拘束具を焼き切った後に、彼女自身の魔法によって焼き切られている。自分の服も腕も焦がすことなく燃やすことが出来たアリアが自信満々にサイモンを見上げていたが、まさか痕が残っていたとは。以前よりも格段に良くなったコントロールを褒めたばかりだというのに。


「怪我をしたら報告じゃなかったか?」

「で、でもこれは怪我っていうか、その」

「安心しろ。これもれっきとした怪我だ」


アリアの言い分に、サイモンは目を細めて答える。ぎくりと肩を揺らし、「……すみません」と謝罪を呟いた。納得していないのがバレバレだ。

変なところで図太いくせに、変なところで遠慮しいな彼女は『どの程度の怪我なら頼ってもいいのか』を考えているようだ。だから小さなものなら我慢してしまうし、気づかれるまで放置する。サイモンが「痛いものは全部怪我。不快感を感じても怪我。わかったら返事」と告げれば、彼女は困惑しつつも小さく頷いた。

満足したサイモンが息を吐き出すのと同時に、感じる視線に振り返る。新入りの人間が何かをしているのが気になったのだろう。興味津々な子供たちの視線に、何か一つ芸でもしてやろうかと意気込むサイモン。しかし、腰を上げかけたところで、子供たちは驚いたのかぴゃっと女性たちの背中に隠れてしまった。アリアの吹き出す声が聞こえる。失礼だな。


「……」

「ふ、ふふっ……サイモンさん、怖がられてますね」

「……アリアも怖いなら向こうに行っていいんだぞ」

「そんな顔で言われても」


ふふふ、と笑うアリア。そんな顔ってどんな顔だ。

隣に座るアリアに眉を寄せる。さっきまで怒られていた弟子が師匠を笑うなんて。

(次の手合わせは手加減なしでやってやろう)

アリアが聞けば悲鳴を上げそうなことを考えつつ、サイモンは大きく息を吐き出す。……意味も解らず嫌われるのは、思っているよりもキツイ。恐る恐る伺う子供たちの視線に、得体の知れない寂しさを覚えたサイモンは、気を紛らわせるように檻の中へと視線を巡らせることにした。


檻の中には先客として、子供が九人と、うら若き女性が五人入っていた。サイモンは壁に寄り添うように座っている彼女たちを一人一人見て行く。パサンの妻を探し当てたかったのだ。パサンは妻の事を〝村一番の別嬪〟だと称していたからすぐにわかるかと思っていたが、あまり女性の美醜には詳しくないサイモンの目には、どの女性も変わらないように見える。敢えて言うなら、髪が長いとか、角が周りよりも大きいとか、小柄そうだとか、それくらいだろうか。

(ダメだ)

わからん。


「悪いが、この中にドーパー村の〝パサン〟という男の妻はいるか? 話がしたい」


サイモンはド直球に彼女たちに尋ねることにした。