空竜がラスを守るように奥へ座し、その前にリルと久居が肩を寄せる。
クザンが表に立ち、レイはそのすぐ後ろについた。
レイは、地上で久居にざっと傷を塞がれていた。
しかし、失血と精神疲労から、その足取りはおぼつかない。
天使達は、四人が横に並んだその前に、先程の髭の男が立っていた。
「待たせたな」とクザンが言うと、髭の男は「同胞の治癒、感謝する」と久居に向かって頭を下げた。
久居は、その眼差しに込められた心からの感謝に内心首を傾げるも、一礼して返した。
「お前らが用があんのは、こいつだけで間違いないな?」
クザンがレイを指しながら、髭の男に確認する。
男は、慎重に頷いた。
「ええ、間違いありません」
「……そうか、わかった」
クザンが嫌そうな顔はそのままに、男から目を離さずに数歩下がる。
「レイザーランドフェルト」
「はい」
男に呼ばれて、レイが前に出る。
「お前に確認しなければならない事がある」
「はい」
レイが、男の前で膝を曲げ頭を下げた姿勢を取る。
どうやらこの男はレイより随分と位の高い者であるらしい。
「お前は、任務を完遂したのか?」
「……いいえ」
レイの任務は、妹の……サラの息の根を止める事だった。
「戦ったのか?」
「……」
やられはした。が、それは戦ったわけではないと思う。
「では問いを変えよう。お前は、この任務を遂行する気があるのか?」
「…………っ」
今のレイにはとても、妹を手にかける事など出来そうもなかった。
苦悩からか、レイの頬を汗が伝う。
しばらくの後、男はゆっくりと念を押した。
「……沈黙は、否定と捉えるが、良いな?」
ざわり、と男から不穏な空気が広がる。
クザンは、この天使を庇うか見捨てるかの選択を迫られた。
(くそ! 俺の力はほぼ空だし、火端も残ってねーぞ!!)
レイが、背筋に走る悪寒に思わず顔をあげる。
男は、天使達に伝わるよう高らかに宣言した。
「闇に魅入られた哀れな同胞を、神の御許へ!
これより、任務を対象の捕縛から討伐へと変更する!!」
男が腕を上げると、天使達がレイを囲むように四散する。
サンドランは少し遅れたが、それでも従った。
それをレイが目で追う一瞬に、男が構えた槍がレイの胴を貫く鋭い一撃を放った。
「ボーッとすんな!」
クザンに髪を掴んで引き倒され、槍はレイの胸当てを浅く掠る。
「久居の注いだ分は、お前が動くんだよ!」
怒鳴られ、レイが戸惑う。
死にたくなかったのは事実だが、抵抗しても仕方がないと思っていた。
ここは、おとなしく死を選ぶことが、レイが妹にしてやれる唯一の事だと。
「おや、そやつを庇われるのですか?」
男が、槍を構えたままクザンに尋ねる。
「悪ぃな。息子の連れなんだ。見殺しには出来ねぇ」
結局、難しく考える間もなく、クザンは勝手に動いた手足に従った。
「それは……、私情での行動という事ですな?」
クザンは角を隠していない。髭の男はクザンの角をもう一度確認した。
鬼の角は、人によって数も形もまちまちだが、一般的に親から遺伝する。
クザンの一本角は、獄界ではもう長い事王の座についている男と同じ形、本数だった。
髭の男の確認に、クザンは「ああ、地下は関係ねぇ」と答えた。
(……つっても、俺がやられりゃ親父が黙ってるわきゃねーけどな)
クザンはなんとしても、子供らと、自分自身を守り抜くべく意思を固める。
(いざとなりゃ、親父の名だって使ってやる!)
「リル、久居、行けるか!?」
槍の男から目を離さずにクザンが叫ぶと「うん!」「はい!」という返事と共に背後から炎が広がる気配がした。
久居がリルの炎を纏い、レイの横を駆け抜け前に出る。
クザンはそれと入れ替わるように、レイの首根っこを掴んだまま下がった。
「彼を殺しては、そちらの大事なお役目が果たせなくなるのではありませんか?」
久居は、前には出たものの、向こうからの攻撃が来たら反撃するつもりで、相手の考えを探る。
自分が殺されずに残されているのは、カロッサが残した天啓のおかげなのだとしたら、レイにもそれが適用されるべきなのに。
けれど、レイは天啓を他の天使に話していない。
カロッサにされた口止めを、きっと今も守っているのだろう。
レイ以外に、レイを殺しては世界が守られない事を知っているのは、レイの兄だけなのかも知れない。
「……どう言う事だね?」
髭の男の反応を見る限りでは、やはり他の天使はその事を知らないらしい。
ただ、カロッサが亡くなってしまった今、いつまでレイが私達といるべきなのかは久居達には分からなかったが。
「レイ! カロッサ様の許可を得るまで、貴方は死ぬわけにはいかないでしょう!? 彼らに説明してください!!」
久居の言葉よりも、まだレイの言葉の方が信頼されるのではないか。
そう願って久居は後ろのレイに叫ぶが、その言葉が終わるよりも早く、髭の男が久居に告げる。
「君達が、その天使を庇わない限り、私達は君達に手を出すつもりはない……」
庇わないでくれと懇願するような言葉に、久居は再度違和感を感じる。
なぜこの男は、久居を助けようとするのか。
いや、天使は極力殺しはしないとレイも以前言っていた。
単にそういう事なのかもしれない。
「……すみません。貴方がたが彼の命を奪うとおっしゃるのでしたら、それは我々にとって看過できない事なのです……」
久居が正直に答えると、髭の男は心底残念そうに、息を吐いた。
「……そうか……とても残念だ……」
髭の男は翼を大きく羽ばたかせ、後方へと飛ぶ。
天使達は五人が横に一列となると、それぞれが手を前に出した。
「リル!」
久居が叫べば、リルも「うん!」と答えた。
同時に久居を包む炎が色を変える。
白から、淡い水色へ。