クザンが帰った後、久居がようやく、リルが浮かない顔をしている事に気付いた。
「リル……?」
リリーが最後に残っていた敷物を畳んでいる。
そろそろ自宅へ戻るのだろう。
リルは、それをぼんやり見ていた。
「久居君は、この小屋に泊まるの?」
カロッサが何気なく言った言葉にリルがびくりと反応する。
久居は、リルが何を気にしていたのか理解した。
「ええ、私とリルはこちらで寝泊まりします」
リルが、久居の顔を見上げる。期待と戸惑いの滲んだ表情で。
「……いいの?」
「リルさえ良ければ」
久居の返事に、リルは、ぱあっと破顔する。
「うん……うんっ!」
リリーは、そんなリルに罪悪感を感じながらも、笑顔で声をかけた。
「明日は、パンを焼いてくるわね」
「わぁーいっ」
リルがいつもの様子に戻ったのを見て、レイが首を傾げる。
「なんだ? リルは久居と離れるのが嫌だったのか?」
小さな呟きだったが、リルには十分聞こえたようで、くりっと振り返ったリルが苦笑する。
「えへへ」
しかし、その笑いは照れ笑いというよりも、悲しみを隠すような笑顔だった。
リルは、あの村に自分の居場所がない事を知っている。
生まれ育った所だけど、帰るべき所じゃない。
はっきり言われた事は無かったが、自分が村に近付くと、お母さんが困るというのも、なんとなく分かっていた。
久居が、リルの頭を優しく撫でて、レイとカロッサに別の話題を振る。
「カロッサ様、依頼された髪を確保しているのですが、いかがなさいますか?」
「あ。取れたら持ってきてって言ったわね。誰の分?」
久居は懐から布に包まれたそれを取り出す。
洗い落とされた跡はあったが、それは久居と共に血に塗れていたようだ。
「カエンさんと、背の高い鬼の物です」
「うーん……」とカロッサは難しい顔をしてから、尋ねる。
「久居君は、まだ来ると思う?」
カロッサの質問に、久居が謝罪する。
「申し訳ありません。私は彼らの去り際を確認しておらず、判断致しかねます」
「あっ、そうよね。最後はどんな感じだったのか、リル君分かる?」
聞かれて、リルがにっこり微笑む。
「分かんない」
「……うん、いっそ清々しいわね」
カロッサが額にうっすら汗を滲ませる。
「でも、久居がやられた後、腕輪を取りに来ようとはしてたよ」
「手下の鬼が、ですか?」
「ううん。そっちは反対してたけど、カエンが」
「そうですか……。すみません、私が不甲斐ないばかりに」
久居が、リルを残して意識を手放した事で、どんなにリルを心配していたのかは、既に皆分かっていた。
「久居のせいじゃないよ、ボクがぼんやりしてたから……」
今にも目に涙を浮かべそうなリルの頭を久居がまた撫でる。リルが顔を上げると、久居がそんなことはないと言うように優しく首を振った。
「しかし、どうやって、あの二人を退けたのですか?」
「えーと……カロッサに、久居を助けてもらおうと思って、炎を出したの。空に届くように。いっぱい」
「いっぱい、ですか……」
久居の笑顔が、若干引き攣る。
「うん。でも、いっぱい溢れちゃった」
「……二人は、生きていたんですよね?」
久居が、その声にじわりと焦りを滲ませる。
「分かんない」
「……」
一同が沈黙した。
「じゃあ、見てみよっか」
カロッサは「無駄にならなくて良かったじゃない」と、フォローを入れつつ、久居からカエンの髪を受け取る。
「カロッサ、また仕事が終わったら迎えに来るのでいいかしら?」
声に振り返れば、リリーが荷物をまとめて抱えていた。
「往復大変じゃない? 家までリル君に案内してもらおうか?」
「大丈夫よ。暗くなってからになるかも知れないけど、迎えに行くわ」
カロッサの提案をやんわり断って、リリーが微笑む。
リルを村に近付けたくないのだろう。
それに気付いたのは、リルと久居だけだったが。
「分かった、待ってるわね」
笑って答えるカロッサに、リリーがほんの少し眉を寄せて、言い聞かせるように言う。
「カロッサ、あんまり深く見ないのよ。十分気を付けてね?」
「ん……、ありがと」
カロッサが少しだけ気まずそうな、照れ臭そうな顔をする。
その様子に、どうやら、まだカロッサが上手く線引きを出来ないのだと判断したリリーが、久居に一言残す。
「久居君、もしカロッサに何かあったら、リルを精霊石にアクセスさせてくれる?」
「かしこまりました」
久居の真摯な一礼に、リリーはふわりと微笑んだ。
頼んだわよ。と念を押された気がして、久居は気を引き締めた。