翌朝、朝日と共にやってきた天使は、それを見て真っ青になった。
空竜が翼で日陰を作っていたその下には、血溜まりがあった。
むせ返りそうな血の臭いの中で、血まみれになったリルとカロッサが目を閉じているのを見て、レイは叫んだ。
「カロッサさん! リル!」
間近で叫ばれて、ごそり、とカロッサが眉を顰めてみじろぎをする。
その瞬間、レイは彼女が生きていてくれたことを神へ感謝した。
ゆっくり瞼を開けたカロッサが、レイを見上げる。
「あ……レイ君、おはよう……ごめん、寝ちゃってたわ」
「カロッサさん! お怪我は!?」
カロッサは一瞬キョトンとした顔をして、血だらけの自分の手足を見てから、
「ああ、うん。怪我は無いわ、大丈夫よ。この血は……」
と、膜の中へ視線を移す。
「久居……」
そこには、身体中の血を流し尽くしたような、血の海に沈む久居の姿があった。
昨夜、リルと久居の二人は帰ろうとするレイを引き留めた。
それはやはり、不安だったからだろう。
こうなる事を恐れていた二人を、俺は非情にも振り切った、その結果が……。
唇が震える。
レイには、自分が久居を見殺しにしてしまったのだと、そう思えた。
リルは……、リルは怪我をしていないのだろうか。
そうだ。それに……。
「……カロッサさん、環は――」
「リル君が持ってないかしら?」
空竜の尻尾にしがみつくように、うつ伏せで寝ているリル。
すやすやと幸せそうな寝息を立てているが、怪我はないのだろうか。
背面には傷はない。
尻尾から引き剥がすようにして、くるりとひっくり返すと、リルはその全身にべったりと血飛沫を浴びていた。
が、服には一つも焦げや穴はない。
その左腕に腕輪が二つあるのを確認して、レイは胸を撫で下ろした。
余程近くで久居がやられたのか、いや、違うな。
久居は多分、リルを庇って傷を受けたのだろう。
しかし、こんな状態になっても、あの鬼から環を守り抜くなんて、二人は一体どういう戦い方をしたのか。
レイにはさっぱり見当がつかない。
「二つとも、無事です」
「そう、良かったわ。腕輪も、リル君も、私と空竜の事も、全部、久居君が守ってくれたのね……」
そう言って、カロッサは膜の中で目を閉じたままの久居を見た。
レイの目にも、久居の失血は激しい。治癒には高位の治癒術者が必要だろう。
昨日、移動中に久居から、久居の主人の治癒協力の相談を受けたときにも、もう一人治癒術者が居れば助かると言われたが、残念な事にレイには紹介できそうなツテがなかった。
久居の驚異的な治癒術は、その主人を治癒するために身に付けたのだと言っていた。
ほんの三年であれだけの技術を身に付けるには、おそらく血の滲むような……いや、比喩じゃないな。
治癒実技の為なら、久居は自分の体など容易く切り刻んだのだろう。
昨日、久居が印を落とした時の、あの落ち着きぶりが、ようやく今になって当然の事だったのだと気付く。
……なのに……。お前が倒れてどうするんだよ――。
知らず力が入って、レイの奥歯が小さく軋んだ。
「……っ、久居、すまない。俺が昨日残っていれば……――」
レイが不意に言葉を失う。
残っていれば、何か出来ただろうか。
夜の闇に囚われて、動けずにいるだけでは無かっただろうか。
リルの力を借りれば、本当に天使でも夜闇を動けると言うのか?
少なくとも、今までレイは、そんな話は噂程度にも聞いたことがなかった。
「後悔しても仕方ないわ、相手も分かった上で夜に来たんでしょうから。
それより、これからのことを考えましょう」
カロッサが立ち上がり、服を払う。が、べったりついた血は、泥や埃とともに固まっている。
「私達、昨夜は夕食も食べてなくてね。お腹も空いてるんだけど――。
……まずは、水浴びがしたいわ……」
と、カロッサが力なく笑った。