第36話 欲しい

 そして、夜が来た。朝、何度もシたのだから、もう何も出ないだろうに……体は熱くなったのだ。嘘だと思いたかった。

「左鳥、今夜は俺が外へ行くから……我慢できるか? 少し休んだ方が良い」

 確かに一緒にいたら、俺はまた何かしてしまう気がした。

 だが、玄関の扉に時島が手をかけた瞬間、俺はその袖を掴んでいた。

「あ、時島、その……」

「……」

 時島が、何も言わずに俺を見る。その強い眼差しが、熱を孕んでいるように、俺には見えた。勿論それは錯覚かもしれない。それ以上に、引き留めた自分自身に羞恥が募る。だが……呟いていた。

「抱いて欲しいんだ」

 その場で時島に抱きしめられた。腕のその感触に、俺の体は既に悶え始めていた。中が、体内が、尋常ではなく熱くなっていく。朝の出来事が頭を過ぎり、それだけで俺の前は、立ち上がりかけた。

「本当は、我慢出来ないのは俺の方なんだ」

「時島……っ」

「愛してる。だから本当は心が欲しい。だけど今は、最低な事に正直体だけでも良いと思ってる」

 ギュッと腕に力がこもり、片手で服の上から陰茎を撫でられる。

 そのまま壁際に追いつめられて、俺は時島を見上げた。

「本当に時島は、俺の事が好きなの?」

「まだ伝わらないのか」

 俺には自分の気持ちがよく分からない。恋心はこれでも知っているつもりなのだ。けれど体の熱が先行して、何も考えられないと思ってしまうのは――ただの、言い訳なのだろうか。俺は、時島の気持ちに答える言葉を、少なくともその時持ち合わせてはいなかったのだ。

 それからその場で――俺は座り込んだ。

「すぐに楽にしてやるから」

 そうして時島は優しく俺の体に触れた。

 すると時島が苦笑するような、けれど優しい笑みを浮かべた。

「大丈夫になったか?」

「ん」

 俺はコクコクと頷いていた。しかし時島が、服を降ろす様子が無いので、涙を浮かべたまま、首を傾げる。

「時島は……?」

「俺は、大丈夫だ。我慢する」

「だけど――」

 妙な罪悪感に襲われ、俺は汗ばんだ全身で思案した。現在までに考えた所、俺の体が、時島を求めたのだ。なのに、時島に我慢をさせるというのは、理不尽ではないのか。

「いいんだ、休め」

 俺は思わず満足して小さく笑ってから――その場で寝入ってしまった。最近の俺はこういう事が多い。何かが体の中から抜け出ていくような、そんな感覚がするからなのかもしれない。気が抜けると眠ってしまうようなのだ。

 翌朝、目を覚ますと、俺はきちんと布団の上で寝ていたから、時島が運んでくれたのだと分かった。時島は朝、先に起きていて、昨夜は出かけた様子も無く、俺に朝食を作ってくれていた。俺は、ほうれん草のおひたしを食べながら、時島を改めて見る。

「昨日も、ごめん」

「どうして左鳥が謝るんだ?」

「だって」

 何故なのか、そうせずにはいられなかった。

 ――この日を契機に、俺は時島とほぼ毎日体を重ねる事になる。

 そんな日々が、毎日続いているのだ。何故なのか、何度行為をしようとも、夜には体が熱くなる。もう出ないと思う日が次第に増えていく。なのに、どうしようもなくて、結局毎日、体が熱くなる。その度に涙が零れるのが、気持ち良いからなのか、心が苦しいからなのか、俺にはもう分からない。ただ俺はいつも快楽に震えていた。