ぬるいな、なんて思っていると、明日香ちゃんが僕の頭をぺたぺたと触り始めた。断じてナデナデではない。時折難しい顔をしながら、頭から顔、肩、背中などをぺたぺたと触っている。何かを調べているみたいだ。
あ、そこヤメテ。ダメ、感じるからっ、あっ。
「ちょ、なにクネクネしてんのよっ、きもち悪い!」べしっと僕の頭を叩く彼女。
「ヘンなとこ触るからだろ。……ねえ、さっきっから何してんのさ?」
僕はブラの外れた女の子みたいに体を抱き、腕でガードした。いやんもう。
「気の流れみたいなのが、ちょっとおかしい気がして……」
「それがおかしいとどうなるのさ」
「あんたの武神器、そこまで弱いはずないのよ。だって」
と言って明日香ちゃんは、巫女っ子ステッキを取り出すと、えいっと手短な岩に叩きつけた。
バキャンッ――人間大の岩は、一瞬で粉々になった。
「――にゃ、にゃんですとおおおおおおッ――!?」僕は目ん玉がぶっ飛びそうになった。
「ふん、あの男の造るものが、電動工具並みなワケないでしょ? 腐っても神族なのよ」
ビュッ、とステッキを振り、明日香ちゃんはそう吐き捨てた。
「いやあのその……ごめんなさい」
店長の造型スキルは文字通り神がかっていて、たった数日で僕の持っていた何本ものモンプラのゲーム内の装備品を、たった一人で全部作ってしまったんだ。しかもあの完成度で。最早、軍神じゃなくて創造神だよね。
……というわけで、僕の気の通りを良くするために明日香ちゃんの治療 (?)が始まった。さすがにこのままでは、イクサガミたる僕の立つ瀬があまりにもなさ過ぎるっしょ。
明日香ちゃんが僕の両手を取って目を閉じる。僕もならって目を閉じた。ふっと、何かが流れ込んでくる感触。これが、明日香ちゃんの――気? その気が体中に満ちると、今度は何か映像のような、違うような、不思議なものが入って来た。
「何か……見えるよ、明日香ちゃん……なにこれ……」
「それは、私が感知している周囲数百㌔の物体よ。
私たち戦巫女の真の役目はバビロンの黄昏のおかげで使い物にならなくなった、超長距離レーダーや衛星カメラの代わりにイクサガミの目になること。
イクサガミと戦巫女が揃って初めて外国への抑止力となるのよ」
「そうだったのか……。一体どうやって遠くを攻撃するのか分からなかったよ」
「もっとも、あんたがそこまで届くような攻撃が出来なければ、意味ないんだけど」
「……すいません。精進します」僕の射程なんて、いいとこ数十㎝だもんな。
「あー……でも、それなら、イクサガミなんて使わなくっても、ラジコンの巡航ミサイルみたいのを操縦すればいいんじゃないの?」
「あんた相当なバカね! じゃあその誘導電波とかどうやって送信すんのよ。それに」
明日華ちゃんは、いかに僕のアイデアが愚かなのかを長々とありとあらゆるケースを示しながら解説してくれた。
そこまで怒らなくったっていいじゃんか。知らないんだもん。
やっとお説教から解放された僕は、まもなく異変に気付くことになる。手の傷が治りかけているのは異変でもなんでもないけど、それより大変なのは――
「なーんでこのハンマー、属性ついてんのさ?!」ただ形を模しただけの武神器が、ゲームと同じ設定の雷属性――つまり、帯電してるんだ!
「バカね! 最初からそう作ってあったに決まってるじゃない! あの男を――」
「バカバカ言わないでよ。僕何も知らないんだから。……で、どうなってるの?」
「あんたがちゃんと自分の力を使えるなら、武神器もそれ相応の仕事をするってだけよ」
よくわからないけど、明日華ちゃんのおかげで、気が出るようになったっぽいな。
僕はときおりパチパチ音を立てるこのハンマーで岩を叩き始めた。すると明日華ちゃんと同じくらいは岩を壊せるようになっていた。
ちょっと地道だけど頑張ればいけそうな気がしてきた。まあ、朝にはなっちゃいそうだから、明日華ちゃんは先に帰ってもらおう。
……なんて思っていたら、どんどん調子が出て来て、岩がまるっとなくなる頃には当初の三倍くらい壊せるようになっていた。
僕は気分がハイになって、明日香ちゃんもハイになっていた。最後の塊を粉砕したとき、僕らは歓喜のあまり抱き合って叫んだ。
「ぃやったああ! やったよ、明日華ちゃん! ありがとう! 明日華ちゃ……ん?」
そんな風に浮かれていると、明日華ちゃんの様子がおかしくなった。僕にしがみついたまま動かない。肩で息をして……ん? んんん?
『
これって、明日華ちゃんの心の声? そんなのが僕に流れこんできた。
一体何なんだ。おいおい明日華ちゃん、地形だけじゃなくて心の声までダダ漏れだぞ。有人というのは店長の名前だ。彼を名前で呼ぶヤツに会ったことはない。
やっぱ明日華ちゃんは……
『有人……みなもなんか島に来なければよかった……』
そんな言葉と一緒に明日華ちゃんのつらい気持ちがドバっと流れこんできた。明日華ちゃんはまだそれに気付いていないようだ。切なさで胸が締め付けられて僕まで苦しい。
「明日華ちゃん、こんな苦しいのに何で平気でいられるんだよ。おかしいだろ? こんな……苦しいのに、おかしいよ……おかし……いよ」
僕は耐えきれなくて明日華ちゃんを抱き締めて泣いた。
すると明日華ちゃんが我にかえって僕を見上げた。
彼女は歯を食いしばって泣きたいのをがまんしたけど、結局顔はみるみるゆがんで、大きな瞳からはどんどん涙があふれ出して可愛い顔が台無しになった。
口には出さないけど、店長の代わりにしてごめんなさい、という感情が伝わってきた。
僕はううん、と頭を横に振り、
「ごめんね、僕じゃ明日華ちゃんを救えない。でも……僕で代わりが務まるなら……気が済むまで代わりにしていいよ……」と言った。
実際僕には明日華ちゃんにしてあげられることなんて、一㍉もない。殴って気が済むのなら殴られたっていい。でも明日華ちゃんを救えるのは、この世に店長ただ一人だけなんだ。
明日華ちゃんはごめん、とポツリと呟くと、僕の首に腕を回して抱きついてきた。激しく店長を想う気持ちと苦い想いが流れこんでくる。とても不思議だった。
これは自分の気持ちなんかじゃないって分かっていても目の前の明日華ちゃんが……死ぬほど、愛しい。