「……か、彼氏、になってくれる、の?」
伺うように僕を見上げて言う伊緒里ちゃん。
クールビューティな美少女に、そんな涙目で請われたら断れるわけないじゃないか!
「え……。ぼ、僕としては……もちろん嬉しいけど、伊緒里ちゃん、会ったばかりで僕のこと大して知らないでしょ? というか……こんな情けない男、本気で彼氏にする気?」
登校初日の悪夢が過ぎる。
いきなりあんな醜態さらしたんだ。好きになるワケあるか。
「……しちゃ、ダメなの?」
と小首を傾げながら言う伊緒里ちゃん。
「それに、確かに威くんのこと詳しくは知らないけど、どんな人柄なのかは分かってるつもりよ。だって、あの日、私に素顔を見せてくれたから……」
素顔もなにも、いきなり全裸を晒したようなものさ。
だけどキミが欲しいのは、ヤツに対抗しうる盾、即ち『抑止力』なんじゃないのかな。
でも、それでもいいよ。
僕にしかその資格がないというのなら、やってやるのが男じゃん!
「本当に、僕でいいの? ……馬、乗れないけど」
伊緒里ちゃんは、こくりと頷いた。
「だってさっき、私のこと一番大事な人って言ったじゃない。……あんな時にサラっと告るなんて、……ずるいよ威くん」
ハンカチで半分顔を隠しながら、上目遣いに僕を見る。
そっちこそそんな悩ましい目で見るなんて、ズルいよ伊緒里ちゃん。
「告……え? あ、う……はい。伊緒里ちゃんのこと、好きです」
なんか言わされたような気がするんだけど……。
伊緒里ちゃんは、「あ、馬は乗れなくていいですよ」と小声で付け加え、恥ずかしそうにはにかんだ。
「じゃ……、伊緒里ちゃんの守り神兼彼氏、南方威がやらせて頂きます! コンゴトモヨロシク!」
僕は今までで一番カッコイイ(つもりの)敬礼をした。
伊緒里ちゃんは、やっと安心したのか、息をはーっと吐くと、
「……良かった。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
そう言って、伊緒里ちゃんはペコリとお辞儀をした。まったくもう、なんて育ちのいいお嬢さんなんだ。
数瞬後、僕たちは同時に吹き出した。
何だかわかんないけど君が笑ってくれたからそれでいい。
でね伊緒里ちゃん、僕の方が数億倍のふつつか、いやふとどきものですよ。
「なんか、ちょっと安心しちゃった。ありがとう、威くん」
「うん。良かった。でも、これからどうしようかな……」
とりあえず、今後の作戦を考えなくっちゃ。
ん? どうしたことか、伊緒里ちゃんが僕を夢心地な目で見ている。
なんかすげーキラキラしてる。
みなもでは見たことない、なんというか……乙女な眼差しだ。
ついさっきまでの厳しい学級委員の顔はどこへやら、すげえふにゃふにゃになっているぞ。
「……ねぇ、伊緒里ちゃん。どうかした?」
君ヤクでもキメてるような顔してるよ、と言いそうになって、心の中で自分にフルスイングパンチを食らわせた。
我ながらなんてヒドいツッコミばかりするんだろうかと、たまに悲しくなる。
「ふぇ? はっ! な、なんでもないの、なんでもないから」
あ、我にかえった。ふぇ、とかかわゆすぎるだろう、伊緒里ちゃん。
でもヤバイ。
マジヤバイ。
ぼくの理性さんが……あ、あ、あー……。プツン。
もー、そんな可愛い顔で見つめられたら、ぎゅーしたくなっちゃうだろ!
僕は伊緒里ちゃんを抱き締めた。せざるを得なかったんだ。
辛抱たまらん、容赦ない方のぎゅーだ。
「や、た、威く……ん……」
伊緒里ちゃんの息も荒くなる。
「ごめ……でも……」
僕の息づかいも彼女に筒抜けだ。でもそんなの構ってらんない。
「でも?」伊緒里ちゃんのウイスパーボイスの破壊力がすごい。
「でも、もう……ムリだ」
僕は、彼女に頬ずりして、ほっぺやおでこをついばんで、背中をまさぐったり、腰を抱き寄せたり、髪を弄んだり、どさくさ紛れに唇を奪ったりと、間違いなく『不健全』なぎゅーをした。
ダメだ。
もう止められない。
止まらない。
伊緒里ちゃんが愛しくてどうしようもなくなった。
力を入れるたび、伊緒里ちゃんが『くふっ』とか『んぁ……』とか、とてつもなく悩ましい声を上げて僕の腰に手を回したり背中に爪立てたりする。
僕もつい調子に乗って普段みなもにしてるように、伊緒里ちゃんの柔らかいお口を蹂躙してしまった。
――ああ、もう、どうにでもなれ!
僕は夢中で伊緒里ちゃんと抱き合っていた。
ふっと気付くと、頬を赤く染めた伊緒里ちゃんが、自立出来ないくらいトロントロンになっている。虚ろな目をした伊緒里ちゃんのお口から僕の口元まで、透明な筋が弧を描いて揺れていた。
――あ、あああああ、やっちまった!
みなもとケンカしてご無沙汰だったから、自制が効かなかったんだ。
……うああ……どうしよう。
告っていきなり何てことしてんだ僕は……。
「あ…………ごめん。いきなりこんなことして……」
僕はべったり張り付いた伊緒里ちゃんの体をすこし離した。
もっとも、伊緒里ちゃんもほぼ同意だとは思うから、たぶん怒りはしないだろう。
伊緒里ちゃんがすっかり脱力してるので、抱き抱えてないと倒れてしまいそう。
濡れた唇をわずかに開いて、はぁはぁと荒い息を吐いている。
それにしても、こんな酔っ払ったみたいに……どうして?
「ん……んぅ……、すごい……なに……ぅ……」
伊緒里ちゃんが、まるで鯉のように口をぱくぱくさせている。
さくらんぼのように赤くてつやつやな唇が、僕を誘う。
「まさか、さ、酸欠!? い、息吸って! 吸って!」
というかむしろ、人工呼吸するべきなのか?
「ちが……うょ。やっぱり……威くん神サマだから……人間だと酔っちゃうのね……」