「リア! 会いたかった、リア……!」
「ラ……ライ……ル様っ!!」
ライル様に会えた感動で、涙が止まらない。言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。
ただただ、ライル様の腕の中に抱きしめられて、安堵と愛しさと恋しさとさまざまな感情があふれ出してきた。
「待たせてごめん。時間がかかってしまったから、リアに大変な思いをさせてしまった」
「大丈夫ですわ…ライル様はもちろん、ライル様を信じると決めたわたくし自身も、間違ってないと信じてましたもの」
「ふふ、リアらしい。でもそろそろ泣き止んでほしいな。こんな儚く壊れそうな姿を、これ以上他の人に見せたくない」
そう言うと、わたくしの額にライル様の柔らかな唇が降ってきた。
今。今、なにをされましたの!? 今の感触はライル様の、く、く、く、く、唇ではございませんの——!?
ええ、止まりましたとも!! わたくしの涙など、ビタッと止まりましたわっ!!
涙が止まり落ち着いて周りを見れば、わたくしとライオネル様の周りには結界が貼られているようで、近衛騎士たちは透明の壁に阻まれて手が出せなようだった。
「ライル様、この濃紫のローブは気のせいでなければ、魔神のものではございませんか?」
「ああ、そうなんだ。僕とリアの邪魔をする者がいるから魔神になれば、誰もなにも言わなくなると思って認定試験を受けてきた」
わたくしの言葉にライル様は、なんでもないことのように答えた。
「お待ちくださいませ。魔神はそんなに簡単に取れる資格ではございませんわ。それをわたくしのために……?」
「当然だろう? 僕はリア以外を妻にするつもりは微塵もないのだから」
あああああっ !! わたくしのライオネル様が尊すぎて、悶絶どころではないですわー!!
ここにベッドがあったら、間違いなくダイブしてのたうち回ってますわ——!!
「ライオネル様、その女から離れてくださいませ!」
そんなわたくしの幸せタイムをぶち壊したのは、マリアン様だ。一気に現実に引き戻される。そういえば、わたくしは平民になった挙句、騎士に捕らえられるところでしたわ。
「……お前、誰に向かって口を利いている?」
聞いたことがないくらい、ライオネル様の声が冷たい。ここまで温度を感じないのは初めてだ。
「誰って……ライオネル様? 私と婚約するのに、他の女を抱きしめるなんてひどいわ!」
「僕はお前と婚約するなど、ひと言も言っていない」
「え? だって準備するっておっしゃったでしょう!」
「ああ、リアを守るための準備をするということだ。勘違いも甚だしい」
「んなっ、なんですってぇぇ!?」
わたくしを腕に抱いたまま、ライル様がマリアン様にブチ切れている。
こんなライル様を前にして、マリアン様は平気なのかしら!?
「いい加減、不敬が過ぎるな」
「——っ!?!?」
ライル様が右手を壇上にかざすと、マリアン様は口を押さえて必死になにかを訴え始めた。
「耳障りだから口の中を凍らせただけだ。息はできるから死にはしない。これ以上騒ぐなら頭ごと凍らせる」
その言葉にマリアン様が真っ青な顔で膝から崩れ落ちた。
国王陛下も事態をうまく呑み込めていないのか、なにも言えずに呆然としている。
わたくしもここまで怒り狂っているライル様を見たことがなくて、どうしたらいいのかわからない。
「ま、待て! そのローブが魔神のものだという証明はあるのか!? 似たようなローブなどいくらでもあ——」
国王陛下の言葉で夜会会場がみるみる氷に包まれていった。ライル様を中心に、天井まで氷が覆って、シャンデリアからは氷柱が伸びている。
それは国王陛下の足元まで及び、膝の下まで凍りつかせた。
「僕が魔神になった証か。いいだろう、特別にお前にこのローブを着せてやる」
「そんなことをして何の意味があるのだ!」
「魔法連盟で渡されるローブは魔道具の一種で、不正利用防止のため持ち主しか着れないようになっている。持ち主以外が着ればどうなるか、試してみよう。リア、少し待っていて」
わたくしたちの周りの結界を解いて、名残惜しそうに離れるライル様にキュンキュンしてしまう。
ライル様は無駄のない動きで優雅にローブを脱ぎ、国王陛下の肩に乗せた。次の瞬間、バリバリバリッと空気を切り裂くような大きな音がしたかと思ったら、国王陛下が白目を剥いていた。
身体のあちこちから白煙が上っていて、どうやら雷魔法を食らったようである。
「へえ、初めて試してみたけど、こうなるのか。でも、これで僕が本物の魔神だと、わかってくれたね? 次に余計なことを言えば、王女と同じく凍らせる」
サラッと治癒魔法をかけて国王陛下を正気に戻したライル様は、冷酷な微笑みを浮かべて会場を見渡した。
「他に僕を疑う者はいないか? では、この場で誰に敬意を払うべきか、聡明な君たちならわかるだろう?」
ライル様が、黒くて冷たいオーラを放つライル様が素敵すぎるっ! といつものように恍惚感に浸っていた。
「お、おい! 俺は……俺だって、ハーミリアを愛してるんだ! このまま引くことはできない!」
なんと先ほど説得したはずのクリストファー殿下が立ち上がった。どうしてそのまま引き下がってくれないのか、頭が痛くなってくる。
ただでさえ見られただけで凍りついてしまいそうなライル様の視線に、明確な敵意がにじんでいた。
「そうか、お前がリアに言い寄っていた帝国の第二皇子か」
「っ! ここで俺と勝負しろ! 勝った方がハーミリアの婚約者だ!」
そこでライル様が指を鳴らすと、会場中の氷が消え去った。
「わかった、決闘だな。そうだな……魔法で勝負するのはフェアではないな。剣の勝負でいいか?」
「勝負は一度きりだ」
「ちょうどいい、ここにいる者たちには証人になってもらおう。危険が及ばないように結界も必要か」
ライル様が手をひと振りすれば会場の貴族たちは転移魔法で壁際に移動させられ、ぽっかりと開いたダンススペースに結界が張られた。その中央でふたりは騎士から借りた剣を構えている。
そんな人を景品みたいに扱うなと声を大にして言いたかったけど、ライル様に微笑まれてうっとりしていたら真剣勝負が始まってしまった。
ライル様が負けるわけないと信じてるけど、少し分が悪い。だってライル様は唯一剣が苦手なのだ。昔から優しすぎて強く攻め込むことができなくて、いつも負けていた。
キィンッと金属音が響く。
帝国の皇子というだけあって、その荒々しい剣さばきは力強い。パワーに押されて引けばジリジリと追い詰められていく。
だけどライル様の剣筋は無駄がなくスマートで、相手の隙をついて的確なダメージを与えていった。
そうだ、つまり強く攻め込むことができれば、ライル様は剣でも敵なしだったのだ。
いつの間にか形勢は逆転していて、ひときわ高い金属音が響く。
一本の剣が床に落ちて、首元に切っ先を突きつけられたクリストファー殿下が膝をついた。
ライル様の勝利だ。
「僕の勝ちだ。二度とリアに近づくな」
「くそっ……! 俺だって、本気で愛してたんだ……!」
「リアへの愛なら僕は誰にも負けない」
観戦していた貴族たちがざわざわと騒ぎ出す。
ここまでとんでもない展開の夜会になるなんて想像すらしてなかった。でもわたくしにとっては、最高の夜会だ。
愛するライル様に再会できた。
わたくしのために命の危険もある試験に挑み、見事資格をその手にしてきた。
わたくしの涙を止めるために、触れるようなキスを額にしてくれた。
「いいか、この場にいる全員に宣言する! ハーミリア・マルグレンは僕の婚約者だ! 僕たちの邪魔をするなら、容赦せず全力で排除する!!」
そして、ライル様のすべてでわたくしを守ってくれた。
あああああ!! わたくしのライル様が、カッコよすぎますわ——っ!!!!