第222話 主従



「……ッ、ちくしょうっ! 目が開けられねぇっ! コイツは閃光玉かっ!?

 皇女様、皇太子様、アルフレッド様、護衛の兄さん、大丈夫ですかいっ!?」


「ッ、オイっ! どこでもいいっ! 悠長にこっちの状況なんかを気にしている暇があったら、近くにある分かれ道の中に入れっ! 今すぐだっ!

 アルフレッドっ、お前、だなっ? 皇太子とヒューゴを連れて一番そこから近い分かれ道に行けっ! なるべく奥まで逃げろっ!」


「……っ、承知したっ! お前達こっちだっ!」


 強烈に真白く光る閃光の中で、大声を出して此方を心配してくれるヒューゴと。


 それからアルに向かって、吠えるようにセオドアがそう言って。


 セオドアは私の腕を引っ張って、真っ白な閃光の中……。

 私達から一番近い場所にあった、分かれ道の一つに入ってくれてから。


「……っっ! ぁっ……!」


 未だ、目が思うように開けられなくて、こんがらがって縺れそうになる足をなんとか動かしながらセオドアに付いていく私に。


 、ということに直ぐに切り替えてくれて。


 セオドアが走って洞窟内の奥の道に続く方へと進んでくれる。


 ――きっと、説明してくれている余裕すらなかったのだろう


 あまりにも突然のことで、ひゅっと、息を呑んだ私は。


 セオドアの身体能力に付いていけず……。


 セオドアが私のことをしっかりと抱き抱えてくれているため、振り落とされることは無いと分かっていても。


 慌ててその首に腕を回してぎゅっと抱きつくような格好になってしまった。


 それから数秒くらい経っただろうか。

 ようやく私にも突然の光から解放されて目が開けられるようになった頃。


 懐中電灯をヒューゴに渡してしまったため。


 辺りは真っ暗なのに、ノクスの民でもあるセオドアは夜目が利くのか、真っ直ぐ奥に続く道を息一つ乱さずに走って進んでくれたあとで、暫く経ってからその場に立ち止まると……。


 今度は、私を抱きかかえたまま地面にしゃがみ込み。


 片手で私の口と鼻を、塞ぐようにその手のひらで覆ってきた。


「……んっ、セオドア……?」


 図らずも、セオドアの膝の上に乗ることになってしまった私が。


 セオドアの大きな手のひらに顔の下半分が殆ど包まれてしまい。

 もご、っと籠もった口調になりながら、私はセオドアの方を見上げて問いかける。


 こういう時のセオドアが意味のないことをするとは思えないし。


 きっと何か意図があってしてくれたのだろうということは理解出来たのだけど。


 肝心の、その意図が何なのかよく分からなくて、顔を上げて首を傾げ、セオドアの腕の中で『……どうしたの?』と、視線を向ければ。


「悪い。……呼吸がしづらいだろうが、ちょっとだけ我慢してくれ。

 何処の誰だか知らねぇが、閃光玉だけじゃねぇっ、痺れ玉も投げようとして俺等のことを明確に狙ってきやがった」


 と、セオドアから私の耳元で言葉が返ってきた。


「……っっ!」


 私の耳にセオドアの吐息がかかってしまうほどに近いその距離で、セオドアが私にそう言ってくれた瞬間。


 私達がさっきいたフロアから、何度か何かが破裂するようなパァン、という音が響くのが聞こえて来る。


 セオドアの言うように、閃光玉と……、恐らく、“痺れ玉”が使われたのだろう。


 それも幾つか投げられているところを見るとかなり執拗に私達のことを狙っていたことが、あのフロアから少し離れているでも理解することが出来た。


 あの場にそのままいたら、私達は閃光玉の発光で立ちすくんでいたところを……。


 痺れ玉で身体を麻痺させられて物理的にも動けなくさせられてしまっていたかもしれない。


 ――だからこそ


 咄嗟の判断で、“それら”を匂いで判別してくれたあと、直ぐに。


 セオドアと同様、あの場で『唯一動くことが出来た』であろう、閃光玉が効かない可能性の高いアルに声をかけてくれて。


 アルにお兄さまとヒューゴを連れて、なるべく近くの分かれ道に入り、その場から離れて奥へ逃げるということを的確に指示してくれたセオドアの判断は。


 本当にそれしか無いと言えるような……。


 紙一重とも思われる所で、みんなを救うための唯一の方法だった。


「……っ、セオドア、目はっ? ……何ともない? だいじょうぶ……?」


 そうして、そこまで考えついて私はハッとする。


 アルが閃光玉が効かない可能性があるのは私にも理解出来るけど、セオドアは“ノクスの民”として他の人よりも身体能力が高いといっても普通の人間、だ。


 閃光玉が、その身体に効かないなんて事はないだろう。


 心配するように声を出した私に。


「あぁ、平気だ。

 目を瞑っててもフロアの構造さえ理解してりゃ、分かれ道に入るのには問題なかったからな。……その後はまぁ、“慣れ”だ」


 と、セオドアが説明してくれた。


 とても常人には真似出来ないようなことを平然と説明してくれるセオドアにホッと安堵しながらも。


 あのフロアから少し離れた距離にいるけれど。

 地面に叩きつけられてしまって、もくもくと巻き上がっているのだろう粉塵が。


 呼吸器から、万が一にも私の身体に入らないようにと、未だ私の鼻と口を押さえてくれているセオドアに。


「……っ、私よりもセオドアの方が鼻が利くから。

 痺れ玉が使われているなら尚更、セオドアがそれらを嗅がないようにした方がいいんじゃ……?」


 と、そう伝えれば。


 セオドアは私を見ながら、“大丈夫”だとでも言うように首を横に振ってくれた。


 暗闇の中でも、これだけ近ければ、その表情まではよく見えないながらも……。


 セオドアが、私に対してどういうリアクションをしてくれているのかは判別出来る。


「いや、俺は“そういったものに関しては耐性がある”。

 何の耐性も持ってない姫さんの方が1度目は身体に回って効果が出やすいから、吸い込むと危険だ。

 ここまではあまり粉塵自体が舞ってはこないだろうが、念には念を入れた方がいい」


 そうして、セオドアから降ってきたその言葉に、私はその腕の中でセオドアの方を見あげたまま。


「ありがとう。……でも、絶対に無理だけはしないでね」


 と、声を出す。


「あぁ、勿論だ。……心配してくれてありがとな」


 私がセオドアに向かってそう伝えれば。

 セオドアの柔らかい声が擽るように私の耳に入ってきて……。


 その言葉に、ふるりと、私は首を横に振った。


 セオドアの腕の中で今もこうして守って貰っているため、私に出来ることはこうやって声をかけるくらいのことしか出来ない。


 無理を言って、“荷物持ち”も含めて洞窟内で黄金の薔薇を探すなら、『少しでも人手が多い方がいいんじゃないか』と……。


 自分にも役に立てることがあるかもしれないと思って、ここまで付いてきてしまったけれど。


 もしも犯人が“仮面の男”に関係しているのだとしたら……。


 ――その目的は、高確率で“私”だろう。


 だとしたら……。


【私が“此処”にいなければ、誰も襲われなかったかもしれない】


 と……。


 考えれば考えるほどに、自分が足手まといにしかなっていないんじゃないかと、落ち込んでしまう。


 ……嗚呼、だめだ、な。


 “もしも”だとか、“たられば”の話を今考えても仕方が無いし。


 弱音を吐いている場合じゃない。


 こうして洞窟内に付いてくると決めて、お兄さま達に付いてきた以上は。


 自分に出来ることや、これから先どう動けばいいのか、その立ち回りも含めてしっかりと考えなければいけない。


 洞窟の中は薄暗いけれど、セオドアが入ってくれた道は一番左にあった分かれ道で。


 アルが『黄金の薔薇がある可能性が一番高く、オススメだ』と言ってくれた道だった。


【私達とは別の分かれ道に逃げたアルやお兄さま、それからヒューゴは大丈夫だろうか……?】


 アルが2人を引っ張って連れて行ってくれたと思うから、きっと大丈夫だとは思うんだけど……。


 内心で、みんなのことを心配しながら、これからどうしたらいいのかと思いを巡らせていたら。


「はぁっ!? クソっ! 誰も……じゃ、……か! どこ行き……アイツ、ら!

 ちく、……っ、この……奥に……っめねぇ! ……痺れ、……場所、……いったん、……ぞっ!」


「……っ!」


 さっき私達がいた閃光玉が使われたフロアから、誰かの叫ぶような声が私の耳に入ってきた。


 思わずそのことに、私達のことを襲ってきた犯人が直ぐそこにいるのかと息を呑む。


 ここからだとその声はあまりにも遠くて、ぶつ切りで途切れ途切れにしか聞こえてこなかったけど……。


「“はぁ!? クソっ! 誰もいねぇじゃねぇかっ! どこ行きやがったアイツら!

 ちくしょうっ、この調子だと直ぐに奥には進めねぇっ!

 痺れ玉の効果が残っているこの場所からいったん、待避するぞっ!”」


 セオドアの耳はそれらを聞き逃すこと無く、“全て”聞き取ってくれていた。


 なぞるように、多分、一語一句間違うことなく、犯人と思われる人の声を聞き取ってくれたセオドアが


「話の内容からして“1人”じゃねぇな。誰か複数人、いる」


 と、声を出してきてくれて。


 私は“複数人”というその言葉に引っかかりを覚えた。


「1人じゃないっていうことは……。

 もしかして、仮面の男、は関係ないのかな……?」


 確かマルティスの証言だと、仮面の男は1人で接触してきたっぽかったはず。


 他に誰か共犯がいるなんていう話も聞いたことが無いし。

 『今回は仮面の男とは違う人間の犯行なのかな……?』と思って、声を出した私は……。


 セオドアがまだ耳を傾けて、あっちのフロアにいる人達の声を拾ってくれていることに気付いて口を閉じた。


「……声の感じからして男だな。

 だが、如何せん遠いのか、それとも声が小さいのか、“他の奴の声”は聞き取りずらいな。

 あぁ、けど……“リーダー”って言ってん、のか?」


 集中して声を聞き取ってくれているセオドアを見ながら。


 リーダーと呼ばれている人がいるのなら、犯人達は何かのグループで。

 少なくとも2人ではなく3人以上いるんじゃないかと、考察をしつつ。


「……っ、アイツ等の声、“どっかで聞いたことのあるような”声の気もするが……。

 一体、どこだ……? もう少しで思い出せそうな感じはする、が。

 クソっ、声が聞こえなくなったから、あのフロアから待避して、来た道を戻りやがったなっ!」


 と、セオドアが思うように聞き取れず、ほんの少し苛立ったように声を荒げてくるのを聞いた私は、思考するのを一先ず中断してセオドアの方へと視線を向けた。


「セオドア、大丈夫だよ。

 ほんの少し聞き取ってくれただけでも、その会話からいっぱい“情報”は得られたと思うし、耳を傾けて話を聴いてくれてありがとう。

 その人達、このまま諦めてくれればいいけど、きっと、そういう訳にはいかない、よね?

 私達のことを“アイツら”って言って認識していたってことは、やっぱり、お兄さまの言う通り私達が目当てだったのかな」


 私がセオドアが聞き取ってくれた情報を元に、そう問いかけると。


「あぁ、そうだな。しかし、どうするかな……。

 アルフレッドが言ってた内容じゃ、俺たちが今いる道に繋がる場所が“黄金の薔薇”を採取するには一番可能性がある道だ」


 意識を集中させて遠くを見ていた、セオドアの視線が私の元へと戻ってくる。


「うん、そうだよね。……懐中電灯もヒューゴに預けちゃったから、このまま戻って合流出来るならそれに越したことはないと思うんだけど。

 アル達が逃げてくれた場所は多分、真ん中の道だよね?

 右側の道に行くには、閃光玉を投げられた時、咄嗟に入るにはあまりにも私達から遠すぎたし……」


 そうして、私はセオドアと2人で、色々と分かる範囲で今の現状も含めて話し合い、お互いの認識を擦り合わせた。


「……ねぇ、セオドア。

 痺れ玉の粉塵の効果が、あの場所で人に対して効能を発揮して持続するのはどれくらいなの?」


「ああ、大体、時間的には最大でも20分ほどだ。

 泥団子を地面に叩きつけて、わざと破裂させて、粉塵が舞うのを狙ったんだろう。

 時間が経てば、そのあとは下に粉が落ちるし。

 全部、下に落ちきってしまえば、余程のことがない限り吸い込んだりすることもなくなる筈だ」


 そうして、セオドアからそこまで聞いたあとで。


「そっか。……じゃぁ、それくらいに戻りたい、って言いたいところだけど。

 それは、私達を狙っているっぽいあの人達も同じことを考える筈だし、戻ってくるならその時を狙うよね?」


 と、私は声をかける。


 粉が落ちきってしまえば、余程のことが無い限り吸い込まなくても済むのなら。


 その時を狙ってあの場所に戻れば、お兄さま達とも問題なく合流することは出来ると思うけど。


 それは逆を言えば、私達のことを執拗に狙っていた犯人にとっても同じことが言えた。


「……あぁ、そうだろうな。そうなったら鉢合わせになる。

 どんな奴らが俺等を狙ってきてんのか、出来るならその顔は確認しておきたいし。

 普通に接近戦に持ち込みてぇ所だが、痺れ玉だけじゃなくて閃光玉も持ち合わせてるところを見ると、アイツ等は“眠り玉”や“毒玉”なんかも持っているかもしれない。

 何を投げられるか分からない以上、迂闊に近づくことの方が危険だろうな」


 だから、セオドアが私と同じ認識でいてくれることにホッと安堵して、その言葉を肯定するように私も頷き返す。


 唯一、救いなのは。


 セオドアが聞き取ってくれた彼らの会話を聞くに、犯人のグループは『私達が二手に分かれている』ということを知らない可能性の方が高い、ということだ。


 ――もしかしたら、そこに、突破口があるんじゃないだろうか。


「ねぇ、セオドア……。

 ヒューゴが持ってくれていた荷物の中に、コウモリ達の対策用に持ってきていた布製のマスクが全員分、入っているの。

 真ん中の道と、ここの分かれ道はそこまで離れていた訳じゃないから、あのフロアに入るまでに息を止めて、一度ヒューゴ達が入った真ん中の道へ入って合流するのは……。

 やっぱり、現実的じゃないかな……?」


 段々と自信が無くなってきて、その声量が尻すぼみになりながらも。


 色々と考えた上で、犯人グループが動くだろうその前に、私達が息を止め、左の分かれ道から真ん中のお兄さま達がいるであろう分かれ道へと走れば。


 彼らと鉢合わせするようなことも無くなるんじゃないかとセオドアに向かって声を出したら。


「ソイツは、確かにちょっとばかしリスキーだが、出来ない話じゃぁねぇな」


 と、セオドアから言葉が返ってきた。


 自分の意見が、現実的に考えて実現不可能そうなものじゃなくて、ホッとする。


「俺が姫さんを抱きかかえて、あの場所を突っ切れば、問題なく合流することは出来るだろう。

 けど、俺は長いこと息を止めるのは平気だが、姫さんは、大丈夫そうか?

 あのフロアだけじゃなく、こっちの道でも、ちょっとでも、気管から粉を吸い込んだら身体が痺れてしまうんだぞ?

 最低でも1分以上は多分息を止めておかなきゃならねぇと思う」


 そうして、セオドアは私の話を聞いた上で、私のことを心配してくれた。


「うん、心配してくれてありがとう。

 絶対とは言い切れないけど、吸い込まないように頑張る……っ!」


 ……勿論、それで全ての問題が解決する訳ではない。


 私が提案したのはあくまで、彼らと鉢合わせにならない方法でしかなく。


 彼らの事を捕まえる方法ではないので、彼らの目的が私達にある以上は、その後も、ずっと何かをされてしまうかもしれないという、危険はつきまとってしまうだろう。


 それでも……。


「……もしかしたら、あの人達が再び戻ってきて目の前でまた同じように何かの玉を投げられてしまうより、3つある内の分かれ道のある“ここで撒く”ことが出来れば、私達のことを追うのを諦めてくれるかもしれないし。

 諦めなくても、私達とは違う方へと進んで洞窟内で迷子になってくれるかもしれない」


 あくまで希望的観測にすぎないけれど、少しでも可能性があるのなら。


 ――それに賭けた方がいいとは思う。


 私が、セオドアに向かってそう伝えると


「っ、分かった、そうしよう。

 現状、奴らが何をしてくるか分からない以上、一番良い案は確かにそれだ。

 だが、苦しくなったら、絶対に俺の身体を叩いて教えてくれ。無理はさせたくない」


 と、言ってくれた。


「うん、ありがとう、セオドア」


「いや、俺の方こそ、無理させてごめんな?」


 そうして、お礼を伝えれば、セオドアからそう言われて私はふるりと首を横に振った。


 これだって、結局はセオドアの身体能力頼みだし、私自身が出来ることは息を止めることくらいだ。


 そこまで大したことでもないことを思えば、これくらいはしないと申し訳が立たない。


 そうと決まれば、早速、お兄さまやアルが居る分かれ道の方へと向かってくれるのかな、と思った私は……。


 けれど、全く動く様子を見せないセオドアに向かって首を傾げる。


「……セオドア……?」


 ――どうしたの?


 と、私がセオドアに聞くよりも先に。


「……ひっ、ぁっ!?」


 セオドアが、私を抱きしめたまま、私の肩に顔をうずめるようにおでこをのせてきて、思わずびっくりしてしまう。


「え……? あ、あの、セオドア……?」


 おろおろと、どうしたのか……。


「ど、どうしたのっ? もしかして、どこか、体調が悪い……?

 あ、や、やっぱり、さっきの痺れ玉の粉を吸い込んじゃって、身体が直ぐに動けないんじゃ……? ……ッッ、!?」


 もしかして、私には普通に接してくれていたけれど。


 今日の調子があまり良くなくて、どこか体調が悪くて無理をしていたんじゃないかとか……。


 それとも私のことを優先してくれていたから……。


 さっきの痺れ玉を吸い込んでしまって、その身体が麻痺して直ぐに動けなかったりするんだろうか、とか。


 慌てふためきながら、洞窟内も暗いし、そもそも私の肩に顔を埋めたままのセオドアの表情は全く読み取ることが出来ず、不安に思って。


 セオドアに向かって、心配して声を出したら……。


 左腕で私の腰を抱きしめてくれたまま、セオドアが右手で向き合っている私の左手首を片方掴んできた。


 咄嗟のことで、力はそんなにも強くないけれど、思わずびっくりしたあとで。


「……セオドア?」


 未だ、何も言ってくれないセオドアの腕の中で、その名前を呼んで。


 どうしたらいいのかと、私は、途方に暮れてしまう。


「……ここから先は、何が起こるのか分からなくて“不確定要素”が強い。

 敵も何人居るのか、何が目的なのか、一体何をしでかしてくるのかも分かりゃしねぇ」


 そうして、ぽつり、とセオドアから溢されるその言葉が。


 どういう意図で発せられたものなのか分からなくて、私は更に困惑しながらも。


「……あぁ……えっと、うんっ、そう、だよね。……その分、しっかりと気をつけないと」


 と……。


 もしかしたら、今以上に“気を引き締めないといけない”って。


 わざわざこうして、注意喚起をしてくれているのかもしれないと『私も気をつけるようにするねっ!』という意味を込めて声を出したんだけど……。


「だから……」


「……だか、ら……?」


 セオドアは、更に、そこから言葉を続けてきたあとで……。


「俺と一つだけ、約束して欲しい。……絶対に、何があっても“能力を使わない”って」


 少しだけ低くなった声で、祈るようなそんな言葉が返ってきて。


 私はその場で、小さく『……っ、』と、息を殺した……。


 身体がびくりと、反応してしまっただけ。


 ただ、それだけで、セオドアには私が“何かあった時に能力を使おう”と思っていたことがバレてしまっただろう。


「……なァ? 使だったんだろう?

 そうでなくとも、あの男が、ヒューゴが黄金の薔薇を見つけられなかったら“時間を巻き戻してやり直そう”とか、思ってたんじゃねぇよな?」


 私にかけられるセオドアの言葉は、確かに私に対して問いかけるようなものなのに。


 私の言葉なんて待たずとも、それを断定するような響きが込められていることを、私自身、気付いていた。


「あ、……えっと、っ……そのっ」


 咄嗟に上手な言い訳が出てこずに、動揺してあたふたと慌ててしまった私は。


 結局、嘘を吐くことも出来ず、その態度で、全てを白状することになってしまった。


 これでは、セオドアの殆ど確信に近い問いかけを“”と確定してしまっているようなものだ。


 ぎゅっと私の手首を掴むセオドアの力が強くなったことに、内心で、色々と諦めた私は小さく吐息を溢したあとで。


「……ごめんね、セオドア。……その約束は、出来ない」


 と、声に出す。


 セオドアが心配してくれて、こうして色々と言ってくれているのは分かってる。


 魔女の能力が自分の命を削ってしまうものだということも勿論、理解している。


 でも……。


「みんなが危険なことになったら、躊躇なく私は私の能力を使うと思う。

 セオドアがいつも私のことを守ってくれているみたいに、……その、私もみんなのことは守りたいし、出来るなら、誰にも傷ついて欲しくない、から……」


 私は、はっきりと、セオドアに向かってそう声を出した。


「……っ、俺等だけじゃねぇっ、昨日、今日、会ったばかりの奴のために……っ。

 例え、それで自分の命を削ることになろうとも?」


 そうしてセオドアから降ってきたその言葉に、私はこくりと、頷き返した。


「うん。……例え、それで、自分の命を削ることになろうとも」


「……ッッ、姫さんっ!」


 私に向かって、咎めるような口調で心配して声を出してくれるセオドアに。


 私はセオドアからどう見えているのだろう、と内心で思う。


 “聖人”みたいに思われているのかな、?


 自分の命を削ってまで、人の為に何かをすることも、可笑しいと思われてしまっているだろうし……。


 もっと、“”って言われているんだろうなっていうのは感じているし。


 ――私本人も、“それ”が一般的な感覚ではないと分かっている。


「大丈夫、自分の身体のことに関しては自分が一番、理解してるよ。

 多分、私はまだ能力を使っても、その寿命が極端に縮まってしまうようなことはないと思う。

 本当に、末期症状になった“魔女”は寝たきりになるって言われているし、血を吐く頻度も高くなって、立てない程辛い頭痛にも襲われるって……、だから」


「だから? 自分の身体を酷使して、他人を助けるためにっ、その力を奮う、のかっ?

 寝たきりっていつだっ!? 何回使ったらその状態になるっ!?」


「それは……」


「ほら、分からないだろうっ!?」


 吠えるように、セオドアにそう言われて、私は困り果てたあとで、小さく自分の口元を緩める。


 どう言っていいのか、悩んだ末に。


 こうして、困ったように笑うことしか、今の私には出来ないけれど。


「……セオドア、私ね、本当なら、、もしくはかもしれない、


「……っ、姫さん……?」


「……ただ、悪運が強くて、生き残っちゃっただけ、で。

 何度も、何度も、死ぬはずだったのに、その度に、“死ねなくて”生きるしかなくて。

 元々、本来なら失われている筈の自分の命のこと、の」


 はっきりと私がそう伝えれば、セオドアが息を呑むのが分かった。


 多分、セオドアは鋭い人だから……。


 普段の私の様子から、本能的に察知して、色々と気付いてくれていたとは、思う。


「時々、思うんだけど……。

 私が魔女の能力を得たということに、何か理由があるのなら……。

 本来なら、死んでいる筈の“この身”が今もまだ、生かされていることに理由があるのなら。

 私の傍にいる大切な人も、他の人達のことも、身近にいて困っているのなら、可能な限り手は差し伸べたいと、思う。

 それが多分、私が誰かに出来る唯一のことだから」


 ふわっと、出来るだけ明るくなるようにそう声を出せば。


「……そんな風に、自分だけ“不幸”になるような生き方を俺はしてほしくない」


 私の肩におでこを乗っけたまま、籠もったような声色でセオドアが私以上に、あまりにも辛そうな声を出すものだから……。


 思わず、こんな状況なのに。


 それだけで、私の心の中は、ぽかぽかと温かくなってしまう。


「……うん、ありがとう。

 あのね? 前にセオドア、私に言ってくれたでしょう?

 “姫さんの生きる理由が必要なら、俺を理由にすればいい”って。

 “従者である俺よりも先に絶対に死なないでくれ”って……。

 あの時、自分の人生を、諦めないでいいんだな、って思えて本当に凄く嬉しかったの」


 だから、にこっと、私はセオドアに向かって笑いかけた。


 ――その言葉が


 “”きっとセオドアは知らないだろう。


「自分の人生を諦めるつもりはなくて。

 でも、その上で、自分に出来ることがあるならしたいと思う」


 矛盾しているのは分かっている。


 だけど、私自身が赤を持って生まれ育ち、困ることの方が圧倒的に多かった人生の中で。


 言葉をかけて貰えて。


 こうやって、大切に思ってもらって、気にかけてもらった。


 ただ、それだけのことで、“心が軽く”なることもあるのだと、今の私は知っている。


 ――セオドアが教えてくれた


 セオドアだけじゃない、ローラも、アルも、お兄さまも。


 私の傍にいて、私のことを気にかけてくれる人がいる今の人生を、私は本当に何よりも宝物のように思ってる。


 、傍に誰もいなくて。


 心細くて、泣いていた……。


 あの頃の私はもう、いないから。


 同じように、困っている人がいて……。


 助けを必要としている人がいて……。


 それが私に出来る範囲のことなら。


 私でも助けられる人がいるのなら、あの日のセオドアのようにはなれないかもしれないけれど、同じように手を差し伸べたいと思う。


「私、今、充分幸せだよ」


 こうして、優しくて穏やかな生活が送れていることで。


 、と……。


 柔らかな口調で、本心から思っていることを。


 セオドアに向かってそう伝えれば、ぎゅっと私のことを抱きしめてくれるその腕の力が強くなったのが分かった。


「……ね? セオドア、そろそろアル達のところに、行かなきゃ……」


「……あぁ、そう、だな……。けど、もう少しだけこのままで」


『……今は顔を上げられそうにない』


 ぽつり、と耳元で溢すようにそう言われて、私はセオドアの腕の中で無言でこくりと頷き返した。