次の日、朝早くにヒューゴと待ち合わせていた場所は、昨日私達が利用した酒場の前だった。
まだ、開店することもなく、閉まっているお店の前は。
夜の賑やかな雰囲気とは違い、商人が疎らにいるくらいで……。
他にはあまり人がいないように静まり返っているその場所に。
新鮮な感じがして、私がきょろきょろと周囲を見渡していると。
大体、お昼前の10時くらいから、鉱山の坑道に入っていくような人達が増えるから、商人達もそれに合わせて出てくることが多いのだとヒューゴが教えてくれた。
それから夕方くらいになる寸前には、採掘を終えた人達が鉱山から出てきて。
夜はランタンの明かりが灯り、昨日みたいに賑わっているのが普通なのだとか。
ただ、奥の方まで入っているような冒険者の人達は、そのまま洞窟内で野営をし。
更に深く奥や、地下に潜り、未開の地を開拓し、鉱石の発掘をするのに努力する人達も多いのだとか。
――まるで、物語に出てくるようなダンジョンみたいだな、と思う
因みに、そういう人達は。
当然、野生生物などに襲われる危険もあることから、腕が立つような人も多く。
採掘用の道具とは別に各々、防具などで身を守り、剣や斧、
「……あー、まさか皇女様も付いて来て下さるとは」
「あ、はい。……なるべくご迷惑にならないように気をつけます」
昨日、あれからヒューゴと別れた私達は、皇族所有の別荘に着くまでの馬車の中で。
私が今日、鉱山に入るかどうかで、揉めに揉めてしまった。
いつもは意見が分かれることの多い、セオドアとお兄さまは反対派で。
アルは『アリスが付いてきたいなら来ればいい』というどちらかというのなら、賛成してくれるようなスタンスだったのだけど。
そうなると、私はこの3日の間、お兄さま、セオドア、アルの3人に黄金の薔薇の採取を任せて、何も出来ることが無くて暇になってしまい。
ここまで何の為に付いて来たのか、分からないような状況になってしまうし。
『迷惑はかけないから、私も付いていかせて欲しい』と、お願いすれば。
結局、一番最初に折れてくれたのは私のことをいつも甘やかしてくれるセオドアで。
【ふむ、ウィリアム。……お前、僕達3人がいて、アリスのことを守れないとでも言うのか?】
というアルの一声で、最後まで私の心配をして渋っていたお兄さまが。
【いや、お前もだ。……そんなにも堂々と、ちゃっかり自分の事まで数に入れるな】
と、困った様子ではあったものの。
アルの問いかけの効果もあってか、最後には、了承してくれた。
3人には伝えていないけれど、もしかしたら私の能力が役に立つような瞬間もあるかもしれない。
それに、昨日、別荘に帰ったあとも。
心配してくれた様子のお兄さまから、鉱山に入る時の心得のようなものの講義をみっちりと受けたので。
危険なことは、想定しつつ……。
少なくとも荷物持ちくらいのことは私にも出来ると思うし。
なるべくみんなの迷惑にはならないように心がけながら、私も少しでも役に立てるようなことを探さなくっちゃな、と思う。
ブランシュ村に行くことになってから、服が汚れてしまう可能性も考えて。
ローラが私のために、パンツスタイルの洋服を用意してくれていて、本当に良かったな、と思う。
因みに今日私が着ている服装は。
前に、スラムに行くときにハーロックが私の為に用意してくれた、少年スタイルである。
そこに今回着ていた、ローブを上から合わせて着ている。
お兄さまからは『何で、そんなものを持っているんだ』と、一瞬だけ怪しまれたけど。
前にアルが着ていた洋服のお下がりなのだと、伝えれば、それで納得して貰えた。
そうして、一応、鉱山の中には、冒険者でもある荒くれ者の男の人達が集まるから。
“女の子”が入るには、危ないことをしてくる人もいるかもしれないということで、周囲から見れば男の子っぽく見えるようにと。
髪型も、ローブのフードを被るとはいえ……。
傍から見ても違和感のないようにと、“アズの時”の髪型で少年っぽくなるように、ローラが髪留めである、ピンを駆使して色々と作ってくれていた。
「皇太子様達のお姿を見れば、武器に関しては問題なさそうですね。
あー、けど、道具に関しては、俺が使っていたものもあるが、新たに買い揃えた方がいいだろう。
粗悪品を売りつけるような奴もいるから、俺がオススメの商人を紹介しますぜっ」
「ああ、一応鉱山に入るならと、こっちで準備出来る道具に関しては持ってきた」
「うわっ、皇太子様。……ソイツは随分と、良さそうな道具ばかりで。
俺らじゃ、絶対に手が出せないような高級そうな代物ばかりだ」
お兄さまが持ってきた荷物の中身をヒューゴに見せると。
ヒューゴはちょっとだけ引き攣ったような笑みを溢しながら、『流石、皇族なだけはある』と、声を出したあとで。
ほんの少し羨ましそうな表情を見せてきた。
山で狩猟を楽しむ貴族がいるように、鉱山の多いシュタインベルクでは。
当然、護衛の騎士などは引き連れてになるけれど、鉱山に入って“鉱石を採る”ことを楽しむ貴族達もいるので、皇族の別荘に一通り道具は揃っていた。
私には道具の善し悪しなんて分からないけれど、皇族の別荘に置かれていた物だから。
値の張るようなものなのは勿論、性能に関しても良いものなのは間違いないだろう。
――今回の私達の目的は“黄金の薔薇”の採取なので。
ツルハシなど採掘用の道具はあまり必要ないのだけれど。
洞窟内を進むには人が通れるか、通れないかぐらいの狭い
その周りの土を崩して進めるような先端が尖ったハンマーみたいな専用の道具などは持ってきていた。
セオドアや、お兄さまはなるべく手が塞がらないようにしていた方がいいだろうから。
みんなの手が塞がらないように、私とアルは荷物持ち担当で。
軽い荷物なら持てるようリュックに懐中電灯や携帯用の食料なども色々とつめてお兄さま指導のもと、しっかりと準備済みだ。
因みにアルが『空間魔法を使用してくれる』という案もお兄さま抜きで、皇族所有の別荘の中で私達だけで話した時に出たんだけど。
今回の同行者に、お兄さまと、ヒューゴがいるため。
アルの便利な魔法に関しては
【一応、万が一のために、本当に重要なものだけ入れておいてくれ】
というセオドアの言葉で、私達の生死に関わるような問題が起きてしまった時のためだけに、セオドアが食料や、必要そうなものだけを厳選してアルに持ってもらうことにしていた。
【うむ、ウィリアムとヒューゴがいるからやりにくいな。
僕の空間魔法ならば、そこに必要なものを入れるだけでいいのにな】
と、最後まで、アルがそう言ってくれていたのだけど、その気持ちだけで本当に有り難い。
「野営することになる可能性が高いからな。……足りないものに関しては、買い揃えていた方がいいだろう」
セオドアが私達にそう言ってくれると、頷いたヒューゴが……。
酒場の近くにテントを張り、そこで商いをしている商人のことを紹介してくれた。
「ここは、鉱山に入るための一通りの道具は揃っているし、その品質はどれも悪くないものだってこと、俺が保証しますぜ」
そうして、声をかけてくれたあとで。
「あー、皇太子様達、かなり軽装なようですが、防具については大丈夫ですかい?」
と、私達の姿を心配してくれる。
セオドアはいつもの騎士の服装にマントをつけていて。
お兄さまも実は中に鎧を着込んでいるのだけど、ぴったりと身体にフィットするようなものなので。
その上から、いつもの格好をしているとあまり、武装しているようには見えないかもしれない。
アルと私は、身につけられるような防具がない上に短パンで……。
熟練の鉱山上級者っぽそうな、ヒューゴからしてみれば、私達の格好は心配になるようなものだったのだろう。
唯一、自分たちに出来ることとして、せめて、歩きにくい道でも問題なく歩けるようにと。
靴に関して、私もアルも、幼い頃にウィリアムお兄さまやギゼルお兄さまが履いていたというアウトドア用の靴をお借りしているくらいだろうか。
あと、私はアルと違い、ローブを身に着けている分、ほんの少し防具としての役割はローブが果たしてくれているようには見えているだろう。
お兄さまは知らないことだけれど、アルとセオドアと相談して。
自分たちが着ている服装は全て、アルが身を守るための加護というか……。
魔法で強化してくれているので。
見た目以上に、実際はかなり強固に私達のことを守ってくれるような特別仕様の服に仕上がっているのだけど、それをヒューゴに伝える訳にはいかない。
「あぁ、俺は下に鎧を着込んでいるから別に問題はない。
問題なのは、アリスとアルフレッドの格好だが、子ども用のそういった物は売っていないだろう?」
「えぇ、まぁ、そうですね。……流石に、そのっ、あまりお子様連れで鉱山に入るような方はおりませんので」
お兄さまの言葉に申し訳なさそうにしながら、此方を見てくる商人の人に、私も、別の意味で大丈夫なのを伝えられない分、ほんの少し申し訳なく思いながらも。
ナイフやツルハシだけではなく、テントの前に広げられた売り物用の豊富な道具の種類には驚いてしまった。
鉱山での採掘用と言ってもこれだけ沢山色々な種類があるのだなと思う。
見た目が完全に違えば、分かりやすいけれど。
傍目から見れば、見た目では判別が付きにくいような物もあり、少しの違いとして先が尖っていたり、丸まっていたりする道具は、けれど、私には分からないだけで、ちゃんと用途が決まっているのだろう。
一概に鉱石を採掘すると言っても奥が深そうだな、と、それらを興味津々で私が見つめている間に。
いつの間にか、セオドアとお兄さまがそれらを幾つかチョイスしてくれて、道具を買い揃えてくれていた。
そうして、全ての準備が整ったあと。
いよいよ、私達は鉱山へと足を踏み入れるためにその場所の入り口へと近づいた。
洞窟前には、料金所が設けられ、一般の人がここに立ち入るにはそもそもお金がかかってしまうのだけど……。
「あぁ、其方の方、お待ちくださいっ! 新米の冒険者の方達ですかっ!?
ここに入るのには、当然料金がかかりますっ! それから登録カードを見せて貰わないとっ」
と、私達が洞窟内に入ろうとすると、呼び止めてきた人がいた。
【この人は、冒険者ギルドの人だろうか……】
シュタインベルクでは、鉱山に入る冒険者達の動向をある程度、把握しておくために組合となるギルドが設けられている。
シュタインベルクで冒険者ギルドと言えば、主に鉱山に入る冒険者の人達をまとめるための組合のことを指すけれど。
『冒険者』と一概に同じくくりでまとめられていても、その定義は各国で異なるもので……。
例えば、これが国が違って、水の都と呼ばれるソマリアとかならば。
冒険者ギルドは主に漁に出て、珍しいお魚を捕ることを目的とした
一応、どの国でも、どの地域にも冒険者ギルドというものは設けられ。
一度、申請さえ済ましておけば。
例えばシュタインベルクで鉱山に入って鉱石を採掘していた人が、別の時期にソマリアに行き。
漁に出て、魚を捕るようなことをしても許されたりするための、登録カードという物を貰えるらしい。
――それに関しては、どの国も共通で。
友好関係を結んでいる国同士なら、それぞれの場所で新しく申請する必要は無い。
ギルド内では、貴族の人や、商人などが必要な鉱石や薬草などになる植物を持ち帰って欲しいと依頼する紙が貼り付けられ。
その依頼を受けるのも……。
依頼を受けずに、自分たちの力で採った鉱石を買い取り出来る場所に持っていったりするようなことも、冒険者達の自由な意思に委ねられているけれど。
【ギルドでは一応、どんな人間がどの鉱山に入ったのかなど。
その生死を確かめる意味でも、把握しておく必要がある】
だから、それに関して……。
入り口に設置された料金所はお金を取るだけでなく、誰が鉱山の中に入って、
因みに私が何で、こんなに冒険者達のことに詳しいのかというと。
巻き戻し前の軸で見た、シュタインベルクやソマリアのこういった制度を参考にして作られた、市井で流行っていたフィクションの冒険小説を沢山読んでいたから、なんだけど。
「あぁ、そうだな。……あまり利用することが無いから、すっかり忘れていた。
確か、入る時に名前は伝えておく必要があったんだったな」
お兄さまがそう言って、自分の持っているカードを、料金所にいた冒険者ギルドのまだ若い青年に見せつけると。
その人は一瞬、不思議そうな表情を浮かべたあと、少しだけ唇を尖らせ注意するような怒ったような表情で
「いや、だからっ。……名前だけじゃなくて、料金もかかるんですってばっ。
ここに書いてある文字、読めますかっ!?
滞在日数にもよりますが、一番料金が安くても1人、1万ゴルドはかかりますっ!」
と、言ってきた。
それに対して料金所にいた、別の冒険者の対応を終えた、もう1人のベテランそうな人間が
「……おい、どうした?」
と、声をかけてきた後で。
お兄さまの持っているカードと、お兄さまの姿を見比べて。
ギョッとしたような表情を浮かべたあとで……。
「も、申し訳ありませんっ、殿下っ!
コイツは、2日前に入ってきたばかりの新人でしてっ!
当然、殿下に料金など必要ありませんので、鉱山に入られる予定の日数と、人数だけお教えください!」
と、慌てたように頭を下げてきたのが見えた。
それに対して、怒ったような表情から、きょとんとした表情を浮かべたあとで。
みるみるうちに、自分がお兄さまに何て言ったのか思い出したのだろう……。
まだ、新人だという若い青年の表情が青ざめていく。
「ひっ、こ、皇太子様っ……!? と、とんだ無礼をっ! も、申し訳ありませんっ!」
シュタインベルクにある鉱山は、その殆どが“国”が所有しているものであることが多い。
当然、その領地に住んでいる貴族にも恩恵があって、お金は貴族の元にも入ってくるけれど。
その大半は、国の運営資金に回されている。
だから、皇族である私達は、基本的に鉱山に入るのにお金はかからない。
私は持っていないけれど……。
お兄さまは当然それ専用の、何処に行ってもシュタインベルクの鉱山であるなら無料で入れる特別なカードを持っていた。
「あぁ、俺もカードだけを提出するだけじゃなくて、フルネームを伝えた方が良かったな。
今度からは気をつけることにしよう。……それから人数は俺を含めて5人だ。
全員の名前も必要だろう? 日数は、場合によっては途中で出る可能性もあるが、最長で3日の予定になっている。
ここに時計もあるし、地場が狂ってさえなければ、問題なく、遅くてもその日の夜には戻ってくるつもりだ」
お兄さまが、ヒューゴも入れた全員分の名前を、差し出されたノートに記入し。
彼らに向かって、自分たちが入る予定の日付を冒険者ギルドの人達に細かく説明をしてくれると。
「承知しました。
では、万が一3日経っても戻ってこないようでしたら、捜索隊を派遣するように手配しておきます」
と、声を出して。
ベテランそうな職員の人と、お兄さまが皇太子だということを知ってから恐縮しっぱなしだった新人の青年が、私達のことを見送ってくれた。