第201話 出発前のトラブル



 あれから数日が経って、今日はいよいよお兄さまと一緒にブランシュ村に行く日がやってきた。


 因みに今日この日までにアルには既に説明済みで、お父様のお願いに関しても。


【アリスの為になることなら僕も協力を惜しむつもりはない】


 と、快諾してくれていた。


 お兄さまから事前に聞いた話では、ブランシュ村が遠いこともあり、途中何処かに泊まる必要があるというのは聞いていたので。


 いつものようにエリスにはお留守番をして貰い、私側の人間はアルとセオドアと、それからローラが来てくれることになっていたのだけど。


「お兄さまっ、お待たせしてしまい申し訳ありませんっ……。

 あのっ、? この状況は一体……?」


 私がローラが用意してくれたフード付きのローブをドレスの上から着て。

 アルとセオドアとローラと一緒に外で既に待ってくれていたウィリアムお兄さまの方へと近づけば……。


 皇宮の馬車が5台も、その場に止まっており。


 お兄さまのことを見送る為か……。

 普段からお兄さまの傍に付いているのであろう侍女や執事などがずらっと、並んでいるのが見えて。

 そのあまりにも見慣れない光景に私は混乱してしまう。


「いや、全然待っていないが……。アリス、お前の荷物はどこにある?」


 私の姿を見つけて、お兄さまが首を傾げて声をかけてくれたそのタイミングで。

 私は自分が持っていた木製のボックス型の旅行ケースをそっと胸元まで掲げてお兄さまに見せた。


「あのっ、ここに……」


 一応、出かける前にローラやセオドアが私の荷物を持ってくれようとしたのだけど。


 みんなの食材なども、いつものようにローラが持ってきてくれているから、その手に私の荷物まで持たせる訳にはいかないし。


 セオドアは既に皆の荷物の重たいものを中心に手に持ってくれていてその両手が塞がっていた。


 だからこそ。


 ドレスなんかは着回しすればそれで問題ないし、数着しか持ってきていないため、私の荷物自体は本当に少なくて……。


 自分の手荷物は自分で持つことにしていたんだけど。


 私がお兄さまにそっと、旅行ケースを見せれば……。


「オイ、どうなっている? 最低でも1週間程は帰れないんだぞ? アリスの荷物がそれだけで納まる訳がないだろう?」


 と、お兄さまが眉を寄せたあとで、怒ったような視線をローラに向けるのが見えて。


 私は慌てて、口を開いた。


「あ、あのっ……。

 ローラ、私の侍女が悪い訳じゃなくて、本当に私の荷物はこれだけで充分なんです。

 大人の人っ……、テレーゼ様とかのようにまだお化粧とかもするような年齢じゃありませんし。

 ドレスも着回しすれば2、3着あれば充分だと思ってましたし、その、こんなにも馬車が何台も用意されているとは思わなくて……」


「……? お前、いつも古の森の砦に行く時はどうしているんだ?

 基本的には従者とは別で動くから、何台もの馬車で動くのは常識だろう?」


「あっ、えっと……。

 いつもはそのっ、で、事足りてしまうので……。困ったこともなくて」


 お兄さまが首を傾げたあと此方に向かって質問してくることに、恐る恐るそう答えれば。


 ざわりと、お兄さま側にいる侍女や執事の反応が、私を見て驚いたようなものに変わるのが見えた。


 その上、お兄さまの表情がみるみるうちに険しいものへと変わっていく。


「……オイ、一体どうなっているんだ? お前達は一体今まで何をしていた?」


 私じゃなくて、その矛先がローラやセオドアに向くのが分かって。

 私はお兄さまの言葉にふるふると首を横に振ったあとで……。


「あの、違うんです、私が好んでそうしているだけなんですっ。

 一人で馬車に乗るのが寂しくて、その……っ!」


 と、声をかける。


 何とかお兄さまの怒っているような態度を他の所に逸らすことが出来ないかと、一人であわあわしていると。


 私の姿を見てくれたセオドアが深いため息を溢したあとで。


「つうか、そもそも姫さんに付いている侍女の人数、アンタも知ってんだろ?

 “二人”しかいねぇ上に、アルフレッドと俺と姫さんで仮に全員乗ったとしても皇帝陛下が用意した馬車じゃ、人数的にも余るんだよ。

 ……それに如何にも皇族が乗ってます、みたいな高級な馬車を何台も使ってみろよ?

 この人数じゃ、必要以上に夜盗とかに狙われて姫さんを危険に晒す可能性を高めるだけだろ?」


 と、別の観点からお兄さまの怒りをそっと和らげるため、皆で動いた方が良いという理由を1から丁寧に説明してくれた。


 ただ、いつもの感じで話してくれたため……。


 ウィリアムお兄さまに向かって不遜な態度だと思われてしまったのか、セオドアの言葉遣いに周囲がまた違う意味でざわりとどよめきに揺れてしまったのだけど……。


 お兄さまはセオドアの敬語無しの言葉に慣れてくれていることもあって。

 特にセオドアの言葉遣いに対して、怒るようなこともなく、セオドアと同じように深い溜息を溢したあとで……。


「言い方はアレだが、確かにお前の言っていることは一理ある。

 荷物なんてものは、事前に馬車に乗せて俺たちと共に行動する必要など無くて、先に従者と共に送ってしまえばいいと思ったが、そもそもアリスに付いている騎士もお前一人しかいないんじゃ、どうしようもない。

 ……荷物を守るための人手すらも足りていないことを思えば、全員で動くのは理に適っているか」


 と、声を出してくれた。


「だが、俺も頭では分かっていたつもりだったが……。

 アリスの傍に仕えている人間の少なさに関しては、本当に問題があるな。

 “個々の能力”が高くて、普段からギリギリの人数で回せていると言っても、お前達の中で一人でも体調を崩したりしたらどうするつもりなんだ?」


 そうして、此方に向かって呆れたようにそう声をかけてくれるお兄さまに……。


 確かに人数は常に足りてなくて、一人一人に負担をかけてしまっていることを自覚しているから、お兄さまを納得させるだけの言葉が何も思い浮かばずに、私は開きかけた口をつぐんでしまう。


【……本当にその通りだし。みんなにも休むための時間は必要だと思う】


 セオドアなんて、殆ど無休に近い形でいつも私の警護をしてくれているし。

 ローラにだって、本来は侍女の仕事では無い毎日の料理から色々なことでお世話になってしまっている……。


 最近お父様と食事をするようになったと言っても、それは晩ご飯だけだし。


 エリスが来てくれるようになって、最近ローラもお休みを取ってくれているけど。

 次の日のご飯の準備とかも含めて最低限の準備は常に欠かさずしてくれていたりするし。


 色々なことを考えても、慢性的な人手不足であることには間違いない。


【一応、私自身が一日全く部屋から出ないことで皆のお休みの日を故意に作ってみたりはしているんだけど……】


 それも多分、みんなには私が敢えてそうしていることがバレてしまってるみたいで。

 頻繁に私の部屋に全員が勢揃いしてしまうような状況になって、結局あまり意味をなさなかった。


 私自身は別に部屋の掃除が多少出来ていなくても、完璧に身の回りのことをきちんとこなして貰わなくても。


 今までの生活で慣れているし、何なら、巻き戻し前の軸に比べれば今の生活水準は圧倒的に比較にならない程に上がっているから、これで充分満足しているし。


 自分に出来ることはなるべく自分ですることも別に嫌な訳でもないし、誰かに気を遣わなくてもいい分、一人で動くのは気楽でもある。


 ただ、最低限、みんなにはお休みが必要だなとは思っているから。

 そういう意味で人は増やした方がいいかな、という気持ちはずっとあって。


 一度みんなに


【侍女とか、騎士とかみんなのお休みの日を作るためにお父様にお願いして増やして貰った方がいいかな?】


 と聞いたことがあるんだけど……。


【別に俺たちはそこまで困ってないし。……姫さんの今までのことを考えたら、慎重になった方がいい】


【セオドアさんの言うとおりですっ。

 私たちは別に休みが無くても大丈夫ですし、何ならアリス様は自分に出来るようなことは一人でしすぎですっ。

 もっと我が儘とか、こうして欲しいというような要望を沢山言ってきてもいいんですよっ!】


【うむ、アリス。騎士にしても侍女にしてももう少しきちんと考えた方がいいだろう。

 お前の所に来た人間が僕達のような存在である保証など何処にも無いしな】


【あのっ、私もそのっ、皆さまの言うことに賛成ですっ。

 アリス様の想像している以上に、皇宮で働いていたら侍女達にもドロドロとしたような派閥とかもありますしっ。

 アリス様の人柄を知って好きになってくれるような人間も多いかと思いますが、その辺りはしっかりと判断した方が絶対にいいと思います】


 という、言葉が返ってきただけだった。


 セオドアやローラ、アルのみならず……。

 エリスにまでそう言われて、結局あの時、それ以上言葉を出すことは諦めたんだよね。


 みんなが私のことを考えてそう言ってくれているのは分かっているし。


 みんなのことを休ませたいと思って人を増やしたところで。


 そもそも私に仕えるのが嫌で仕事をきちんとこなしてくれない人が来てしまったら、それはそれで結局みんなの負担を増やしてしまうことに繋がるだけだから、それで二の足を踏んでしまっているという部分もあるんだけど。


「うむ。だが、人数が多ければ良いという問題でもないだろう?

 結局、アリスの傍に仕える人間が増えた所で、アリスを本当に守りたいと思うような人間でなければ、役に立たぬだけだろうしな」


 私の代わりにお兄さまに対して、さらっと厳しい言葉で答えてくれたのはアルで……。

 その言葉に、微妙そうな表情を浮かべたお兄さまが此方を見てから。


「そもそも皇族であるアリスに対して、最低限、敬うようなことも出来ない人間など……。

 宮で働いている人間としてあり得ないから、その前提が可笑しなものではあるが、お前達の言いたいことはよく分かる。

 その辺りのことは、確かに難しい問題だな」


 と、アルの言葉を肯定してくれた。


 その言葉にお兄さまの傍に付いていた執事や侍女達の顔色がさっと気まずそうなものに変わったのが私からも確認出来た。


【彼らはずっとお兄さまに付いている人達だから、私に対して酷く罵ってきたりだとか、迷惑をかけられたような事があるわけではない】


 だけど、元々私に付いていた侍女達から私の悪い噂みたいなものは聞いていたかもしれないし。


 それらを鵜呑みにしていたのだとしたら、彼らの間でも、私の評価は最底辺だっただろう。


 それでも、最近になって、執事長でもあるハーロックが私に謝罪してきたことなども広がってはいるだろうし……。


 彼らがウィリアムお兄さまに対して心から仕えていて尊敬の念を抱いているような雰囲気は私からも見て取れるから。


 自分たちの主人から、そのような言葉で間接的に今までの自分たちを否定する様な言葉がかかって、気まずさや申し訳なさそうな視線が此方へと向かってくるのを……。


 私はそっと見ないフリをすることで、彼らに対して逃げ道を用意することにした。


 幸いお兄さまは彼らの反応には気付いていないようだし、このままここで彼らに対して何も言及しないことが一番、角が立たずに丸く収められるような方法だろう。


【私自身、今まで彼らに間接的にどう思われてたとしても、そこまで困るようなことをされた訳でもないし……】


「あのっ、お兄さま……。

 遅くなると困っちゃうかもしれませんし、そろそろ出発した方がいいんじゃないでしょうか?

 私達は馬車を一台お借りできればそれで構いませんが、荷物は何処に乗せればいいですか?」


 だから、さっと会話自体を切り替えてお兄さまに問いかければ。


 私からお兄さまに対して自分たちの私に対する考えなどについて、何か言われてしまうんじゃないかと覚悟していたのか、彼らの表情が驚いた物へと変わるのが見えた。


 それを、もう一度見ないフリをして、私がお兄さまの方へと再度視線を向ければ。


「あぁ、そうだな。……荷物は、こっちの馬車だ。

 荷物が少ないと言っても、それでも充分お前には重たいだろう? 俺が持ってやる。

 それからお前が馬車は一台でいいというのなら、俺もそっちに乗ろう」


 と、お兄さまからそう声がかかって、私は驚いて目を瞬かせた。


「……え?」


「で、殿下っ! もしかして、騎士と侍女も乗る馬車に皇女様と一緒に乗るおつもりですかっ!?」


 私がお兄さまの言葉に答えるよりも前に、焦ったようにお兄さまの側近である執事の一人から、そんな言葉が降ってきたけれど。


 あっさりとその言葉を肯定するように頷き。


「アリスが寂しいと言っているんだから、それでいいだろう? ……一体それの何処に不満がある?」


 と、真顔でお兄さまが執事に向かってそう声を出してきたのが聞こえて来た。


【……あぁっ、さっき私が一人で乗るのが寂しいって伝えたこと、お兄さまに、本気にされちゃってたんだっ】


 どうしよう? 確かにそれ自体、嘘な訳ではないんだけど……。


 まさか、ウィリアムお兄さままで一緒に乗ってくれるとは思っていなかったから、訂正した方がいいのかな……?


 お兄さまの言葉を聞いて、開いた口が塞がらないというように……。

 魚みたいにパクパクと口を開いて、何て言ったらいいのか困っている様子の執事を見て、私は独りでおろおろとしてしまう。


 結局、私がどうしたらいいのか一人で色々と頭を悩ませているうちに。


 気付くと私の持っていた荷物は、お兄さまがひょいと私の手から受け取ってくれて。

 今回一緒に同行する予定になっているのだろう、先ほどまで魚みたいになっていた執事の手に渡り、お兄さま達の荷物が積んである馬車に乗せられた。


 そうしてあれよあれよという間に、お兄さまのテキパキとした指示のもと、私とお兄さまとセオドアとアルとローラが一緒の馬車に。


 お兄さま側の騎士が1人と、執事が一人……。

 それから、お兄さまが私側の侍女が少ないことを見て、ぽんぽんと二人、私にローラ以外の侍女を付けてくれることになって……。


 お兄さまの従者達が合計4人、一台の馬車に。


 それから荷物だけを詰め込んだ馬車に、お兄さまの騎士がもう一人。

 荷物を守るために乗ることになって……。


 事前に5台も馬車を用意して貰っていたのに、最終的には3台の馬車で移動することになっていた。


 私達の乗る馬車が一番人数が多いことに、いくらお父様が用意してくれた馬車が広いとはいえ、私達の快適さにこだわって心配している様子のお兄さまに付いている従者達は本当に驚いた様子で。


 更に言うのならブランシュ村に行くまでの間、お兄さまに付いて動く騎士が私側の騎士であるセオドアであることにも悩んだ様子だったけど……。


「心配する必要など何処にもない。……腹の立つことではあるが、この男の強さに関しては別格だ。

 この中で、誰一人、この男に敵う強さを持っている人間はいないだろう?

 それだけで俺の乗るこの馬車の安全性は他のどの馬車よりも保障されている」


 というお兄さまの一声で、みんな黙ってしまった。


「あ、あのっ……。

 お兄さまのお付きの方なのに私に付いて仕事をして貰うことになってしまってごめんなさい。

 これから暫くの間、宜しくお願いします」


 ぺこっと、頭を下げて、お兄さまの指示でローラの他に付いてきてくれることになった侍女の二人にお礼を伝えれば……。


 何故かそれだけで、顔を見合わせて驚いたような表情をされたあとで。


「……いえっ、とんでもありませんっ。

 ウィリアム殿下に言われた仕事が私達の仕事でもありますので、皇女様にそのように頭を下げて貰う必要なんてどこにもっ!」


「そうですっ! 皇女様、どうか、顔を上げて下さいっ。

 暫くの間にはなりますが、私達も皇女様に誠心誠意お仕えさせて頂きますっ!」


 と、無駄に恐縮されてしまった。


 ちょっとでもローラの仕事量が軽減されればそれに越したことはないし。


 お兄さまに侍女の二人を付けて貰えたことに関しては、有り難いことだったから。

 私としてはただお礼を伝えただけだったんだけど……。


【私の対応が、何かまずかっただろうか……?】


 私が、お兄さまの侍女にあわあわとされて、お互いに困ってしまっている間に……。


「あの……っ、皇女様の侍女に伺いたいのですが……。

 此方の荷物は一体何が入っているんですか? なんだか、もの凄く冷たい感じがするのですが……?」


「あっ! そちらは氷を沢山入れて、保冷している食材ですっ!

 氷を入れている袋を何重にもしているので水が漏れる心配はないと思いますが、日持ちのするものばかりだと栄養が偏ってしまうので、少しでもアリス様にとってきちんとした物を作りたくて!」


 私達の荷物を馬車に積んでくれていたお兄さまの執事が困ったようにローラにそう聞いてきたのを。

 ローラが張り切ってその場で答えてくれたんだけど……。


 何故か一瞬で誰も言葉を発することなく静まり返ってしまったその場の雰囲気に、何か問題だったのかと、今度は混乱してしまう。


「あのっ、皇女様達は何処かで野営やえいでもするおつもりなのでしょうか……?

 ウィリアム殿下、確か途中でホテルに泊まる予定で、レストランなどにも行くつもりだと仰っていませんでしたか……?」


 そうして戸惑いながら、ウィリアムお兄さまの執事が確認するようにお兄さまに向かってそう言葉を出してくれたことに。


 ローラが慌てた様子で……。


「えっ!? そっ、そうだったんですかっ!? 申し訳ありませんっ!

 いつもの調子でアリス様のお食事を作るつもりで動いていたので、荷物の大半が食材なのですけど。

 でも確かに考えてみればウィリアム殿下が、侍女の作ったご飯を食べる筈がないですものね?

 ホテルも朝食や夕食を出してくれるような所であるなんて全く想定しておらず……。

 そこまでのことをきちんと考えられていませんでした」


 と、申し訳なさそうに声を出してくれる。


 確かに宿については、お兄さまから何処かに一泊するとは聞いていたけど、何せ私自身何処かに泊まるということ自体が初めてのことだったし。


 ホテルというか、こう、物語によく出てくるような、冒険者とかが泊まる町の宿みたいなものを想像していて……。


 旅慣れているセオドアからそういった場所について……。


【サービス料として宿の料金に組み込まれていることもあるが、宿の朝食や夕食は基本的には別途、金がかかるものだし。

 当たりを引けば食堂みたいに美味い飯にありつけることもあるが、中には、金額に見合わないような食事を出してくるぼったくりに近いような所もある】


 と聞いていたから、普通にご飯はお部屋で食べられればそれでいいのかなって、こっちで用意することが出来るのならした方がいいと思っていた。


 そうじゃなくても、1週間のうちの何処かでは自炊する可能性があるだろうと多めに食材を持ってきてくれていたローラに対して……。


「あぁっ、ごめんね、ローラっ。私がお兄さまにちゃんと確認してなかったから……」


 と、謝れば……。


「いや……。俺も当然のことだと思って、お前達に何も伝えていなかったのも悪かった。

 考えてみれば、アリスは必要以上に父上から外に出ること自体を禁止されていた訳だし、お前達の頭の中に何処かに立ち寄って食べるという選択肢が無いとは思っていなかった」


 と、お兄さまから困ったような言葉が返ってきた。


 普段何処かに行くといっても、私達が基本的に外に出るときは古の森の砦に行く時だけだし。


 その辺のことはローラが全部管理してくれているのが当たり前になってしまっていて……。


 確かに城下で串付きのお肉を購入してその道中に馬車とかで食べたりすることはあったけど。

 お兄さまの言う通り、何処かに立ち寄って食べるとか、そういうことをしたことは無かったというか。


 そもそも、考えつきもしなかった。


 でも確かに、お兄さまの立場で考えると予想出来たことではある。


 いつものみんなと一緒に古の森に行く時の感じで、確認もしなかった私が悪いな、と内心で思いながら、ローラに対して申し訳なくなっていると。


「……あと、ブランシュ村は確かに僻地にありますが、皇族所有の別荘が近くにありますし。

 別荘を維持するために、使用人達も必要最低限、何人かは常に常駐しておりますし、必要な食材についても送る必要はなく、既にあちらで用意もされている筈です」


 と、お兄さまの執事から更に申し訳なさそうな感じで言葉が続けられた。


【ということは、折角ローラが用意してくれた食材は丸々無駄になってしまう】


 何とかしなければいけないと、私が一生懸命、食材をどうするべきか考えていたら……。


「ふむ、そうか。……それならば、致し方あるまいな。

 この食材に関しては“馬車”で持っていくのをやめた方がいいだろう。

 セオドア、僕と一緒にこの食材の入った荷物を運ぶのを手伝ってくれないか?」


 と、アルが声をかけてくれた。


 その事に私が驚いていると、アルの表情が『大丈夫だっ、僕に任せておけ』と言わんばかりに私のことを気遣ってくれるものだったから……。


 そこからアルが機転を利かせ、食材を置いてくるフリをして、私のデビュタントの時に見せてくれた空間魔法を使ってくれるつもりでいてくれているのだと直ぐに理解出来て、私はホッと胸を撫で下ろした。


【確かにそれなら、腐ったりするようなこともなくて、今回食べる必要が無くても全ての食材が無駄にはならないだろう】


 私がそう思いつくのと同時に、セオドアもアルの意図を正確に汲んでくれたのだろう。

 正直者のアルは嘘がつけないから、絶妙な言い回しでそう言ってくれたことに……。


「あぁ、そうだな。

 勿体ないから、適当に使って貰える部分は皇宮の調理場にでも使って貰うことにでもするか。

 姫さん、悪いがちょっとだけ此処で待っててくれないか? アルフレッドと一緒に直ぐに持っていってくる」


 と、アルの言葉を補足するように声を出して、馬車に置かれていた食材の入った荷物を再び持ちなおして、直ぐに動いてくれた。


 多分、アルの空間魔法で全ての荷物を収納したあとで、どこかで時間をちょっとだけ潰して戻ってきてくれるのだろう。


「ありがとう、セオドア。……アルも、ごめんね? 凄く助かるよ」


 私がそう声をかけると、セオドアもアルも当然とばかりに頷いてくれて。


「あっ、セオドアさん、アルフレッド様、待って下さい。

 ……お二人だけにお任せする訳にはっ! 私も一緒に付いていきますっ!」


「いや、大丈夫だ。直ぐに戻ってくるし……。

 姫さんを一人にする訳にはいかないから、侍女さんはそこで姫さんと一緒に待っていてくれ」


 セオドアにそう言われて、二人がこの場から立ち去ってくれたあと、未だ心配そうな表情をしているローラに。

 そう言えば、アルの空間魔法のことについてはローラに話していなかったな、と思いながら……。


「大丈夫だよ、ローラ。

 アルが機転を利かせてくれたお蔭で、ローラの用意してくれた食材は絶対に無駄にならないと思う」


 と、こっそりと私は声をかけた。


 一応、お兄さま側の従者達に万が一聞かれたとしても問題の無い範囲でそう言ったけれど。


 それだけで、アルが何かしら魔法関係で手助けしてくれるのだろうということに気付いてくれて、ローラは直ぐにホッとしたように頷いてくれた。


「アリス、悪かったな。……俺もきちんとお前達に事前に話をしておくべきだった」


「……いえっ、お兄さま、此方こそ申し訳ありません。

 ホテルにもレストランにも行ったことがないので、思いつきもしなくて、一泊するのもどこかの宿みたいな場所だと勝手に思っていて……。

 私もいつもの感じで準備せずに、詳しい日程なども含めて立ち寄る場所など、お兄さまにもっと詳しく聞いておくべきでした」


 お兄さまと私とでは普通や常識などの基準も何もかもが違っているのだと改めて痛感するし……。


 自分たちの物差しではかってしまったことを反省しながら、此方に向かって声を出してくれたお兄さまに、私も謝罪する。


【一緒に動くんだったら、お互いのことももっとちゃんと考えて動くべきだったな……】


 と、改めて私がそう思っていると……。


 私達の常識は、多分何から何まで、お兄さまの傍にいる従者達からすれば信じられないようなものだったのだろう。


「皇女様っ、今回の旅の日程は陛下の仕事の一環で、決して遊びに行くような物ではないと伺っていますが……。

 私達に出来るようなことは、いつでも何なりと遠慮無くお申し付けくださいねっ!」


「まさか皇女様がホテルやレストランにも行ったことがないだなんて、本当に信じられませんっ!

 山の幸が美味しいレストランを殿下が予約してくれているので、是非美味しいものを沢山召し上がって来てくださいっ!」


 と……。


 何となく、さっきまでの話の流れで、私のことを不憫だと思われてしまったのか……。


 此方に向かって労るような視線を向けられたあとで。


 ワッと私の方に駆け寄って、何故か色々ともの凄く優しい言葉をかけてくれるようになったお兄さまの従者たちに


【私自身は、別にそれを嫌だと思ったことはないけど。

 やっぱり周囲から見ると、皇族として一人だけ浮いているように思われちゃったのかな……?】


 と、内心で思いつつ、彼らからかけられる言葉の一つ一つに、『ありがとうございます』と丁寧にお礼を伝えたものの……。


 私の身近にいる人以外の大勢の人達から、あまりこういう対応をされるのは慣れていないため、いっぱい優しい言葉をかけてもらうと戸惑いの方が強くなってしまって……。


 お礼以外に何て言葉を返したらいいのか分からずに、早くもアルとセオドアがこの場から離れてしまったことを私は心細く感じてしまった。