それから、ハーロックが私のことを迎えに来てくれたのは、お父様と食事をする約束の10分前のことだった。
その間に私はローラに今日の自分の分の食事が必要なくなったことを伝え、お父様との食事の時間はそう遅くはならないと思うけど、何時に帰って来られるか分からないから、アルには先にブレスレットを重ね合わせて食事を取って貰った。
少しでも休んで欲しくて、セオドアに着いて来なくても大丈夫だよ、と伝えていたけれど。
私の提案を一度は了承してくれていたものの、私が部屋を出る間際、セオドアに……。
「やっぱり、姫さんを部屋まで送り届けたあと、話が終わったらまた迎えに行く」
と、言われてしまって、逆に気を遣わせてしまう感じになってしまった。
『昨日の夜の不審者の件も解決してねぇからな。……そこだけは譲れねぇから、譲歩してくれ』
そうして、耳元で私にだけ囁かれるように言われたその一言に。
そういえば、昨日、誰かが私の部屋付近まで来ていたんだったということを思い出した私は、心配してそう言ってくれているセオドアに申し訳なくなってくる。
あの場にはお兄様もいたし、“私”を狙ってきた人ではないかもしれないけど、あんなことがあった後だから、なおのことそう言ってくれているのだろう。
迎えに来てくれたハーロックが、セオドアの言葉を聞いて。
「では、会話が終わりそうな頃か、終わったあとで、私にでも伝えて頂ければ。
お嬢さまの騎士を呼びに向かわせます」
と、そう言ってくれた。
見慣れた廊下を歩きながら、ハーロックに着いていけば。
予想通り、扉の前にはお父様の専用の騎士が数人、警護の為に立っていた。
洗練されているのか、私達を見ても微動だにすることもなく、相変わらず職務を全うしている人達だなぁ、と思う。
「セオドア、ありがとう」
「あぁ、また迎えにくる」
「うん、ごめんね」
ふわり、と笑みを溢しながら。
ここまで着いてきてくれたセオドアにお礼を言えば、さっきまで、真面目な表情をしてそこに立っていた騎士の人がほんの少し驚いたような顔をして私とセオドアの方を見ていた。
「……??」
思わず、その視線に困惑していたら。
「お嬢さま」
と、ハーロックに呼ばれてハッとした私は、今度こそ、扉の前でセオドアと別れて、ハーロックが開けてくれた扉の中へと歩を進めた。
扉の先には既に、お父様が座って待っていて、まだ約束の19時になるまでは数分時間があるし……。
てっきり私の方が先に来て待つことになるだろうと思っていたから、内心でそのことに動揺しながらも、私は即座に自分のドレスの端を摘まみ上げる。
「……帝国の太陽にご挨拶を。
お父様、私の為にお時間を取って頂き、ありがとうございます。
あの、申し訳ありません、待たせてしまいましたか?」
「いや、そう待ってなどいない。
此方の仕事が思いの他早めに一段落ついたから、お前よりほんの少し先に到着していただけだ。
私の執務室の方が、ここから近いのだから必然、私の方がお前より先になるだろう」
「そうですか。……それなら良かったです」
「あぁ。
……堅苦しい挨拶もそれくらいにして、かけなさい」
「ありがとうございます。では、そうさせて貰いますね」
普段、皇族のために用意されている部屋にあるものよりも、小さめのテーブルと椅子になっているため、必然、お父様との距離も皇族が集まって食事をする場よりも近くなっている。
だからこそ、お父様の正面に座ったはいいものの、何て言うか、心許ない気持ちになりながら、そわそわしてしまう。
いつもなら挨拶をして用件を手短に伝えれば、それで終わりでいい。
食事を一緒にとって、こんなにも長くお父様と話すことも普段ないから、本当に、どことなく緊張してしまう。
そうして、お父様にちらりと視線を向ければ……。
「私と食事を取るのも久しぶりだろう?
お前の周囲を調べれば簡単に分かることだが、お前は今、侍女が作った食事を取っているそうだな?」
と突然、お父様から降ってきたその言葉に私はびくりと身体を強ばらせた。
「えっと……、そのっ、……はい」
何て言えばいいのか、分からなくて迷った末、結局私は、そのことを認めるように頷くことしか出来なかった。
ローラが作ってくれた食事を取っていることがバレているということは、私が従者のみんなと食事を取っていることもバレてしまっているのだろう。
「あ、あのっ、お父様。
私がみんなと食事をしているのは私から頼んだことなのです。
なので、従者のみんなは、何一つ悪くなくて……、そのっ、も、申し訳ありません」
「確かに、上に立つ人間として、お前の食事の仕方は褒められたことではない。
だが、まぁ、今までのお前の事情を考えれば、その件は別に良い。
それより、侍女ひとりが皇族の厨房の一角を間借りして食事を作っていることの方が問題だ。
明らかに、侍女としての仕事の範疇を超えたことまでやっているのだから」
「あっ……、そう、ですよね」
お父様の一言に、ローラが万能に何でもやってくれている状況に甘えすぎている自分を反省する。
私が皇族の人間と食事を取らなくなったから、ローラの仕事を増やしてしまっているのはずっと感じていた。
「申し訳ありません。彼女は私の所為で仕事を増やしてしまっているのです。
全部、私が悪いことですので、その……っ、」
とりあえず、どこまで伝わるかは分からないけれど。
お父様には、ローラにあれもこれもと頼り切っている私が悪いのであって、ローラ自体が悪い訳じゃないことを必死になって伝えれば。
はぁ……っ、と。
呆れたようなため息がその場に溢れ落ちて、びくりと身体を震わせる。
「あ、あの、お父様……?」
「いや、私の言い方が悪かったようだ。別にお前の侍女を怒るつもりもない。
ただ、侍女ひとりでは出来ることに限度があるだろう?
お前に送った新しい侍女もそうだが、二人きりでお前の身の回りのことを賄えているとは到底思えぬ。
ましてや、お前はまだ10歳だ。
どんなにお前のことを考えて作られたものでも、侍女が作る食事だけでは栄養面も心配だからな」
そろりと、窺うようにお父様へ視線をむければ、お父様から、そう声がかかって。
珍しく、回りくどい言い方をするお父様の、その言葉の意図がよく分からなくて、私は、きょとんとしながらも、首を傾げた。
「あ、あの……。ローラはちゃんと、栄養も考えて作ってくれています、よ?」
ローラが私のことを考えて色々としてくれるのは私は分かっているけど。
お父様はそこまでは、知らないのだろうと、声をあげれば、そんな私を一度、真っ直ぐに見た後で、お父様がコホンと、咳払いをする。
「まぁ、そのなんだ……。
別にお前が今していることを辞めろとは言わないが。
1ヶ月に数回ほど、私とこうして、夕食の機会を設けようという話だ。
お前は侍女が作るものだけでなく、プロであるシェフの作ったきちんとした食事もちゃんと取りなさい。
それが、お前の侍女がしている仕事の軽減にもほんの少しだが繋がる筈だ」
『どちらにせよ、悪い話ではないだろう?』
と、声を上げるお父様に……。
内心で、ホッと安堵しながら私はこくりと頷いた。
【お父様との食事の回数は増やしても、みんなとの食事も辞めなくてもいいんだ】
と、思ったら本当に安心した。
……ローラには負担をかけているけど。
それでも、みんなと過ごす時間は、私にとって何よりも幸せな時間だから。
「分かりました。
心配して下さってありがとうございます。
では、他の皇族の皆様との食事にお邪魔させて貰うことにしますね」
「ああ、いや。
……それなんだがな。
他の人間がいれば、お前も、気を遣うだろう?
まずは私とだけ一緒にこうして食事を取るだけでいい」
「え? で、ですが、お父様。それは……」
『ギゼルお兄様や、テレーゼ様が嫌な思いをするのでは?』
と、混乱する私に。
「どうせ朝には、顔をあわせて他とは一緒に食事をしているのだ。
夕食も、私が忙しいときは先に食べている場合もあるし、必ずしも全員が全員揃って食事をしている訳ではない。……多少私が、その場にいなかったとて、問題はないだろう」
「……あ、その……」
「それに、ギゼルが“異母”妹であるお前に対して当たりが強いのは把握している。
テレーゼは問題ないだろうが、そんなにもギスギスとした中で、お前が食事を取ることになれば、嫌な気持ちになるのはお前の方だ。
わざわざ、“お前だけ”が他の人間に合わせて配慮する必要などどこにもない」
「……ありがとうございます」
お父様がかけてくれたその言葉に、戸惑いながらも、私はお礼を口にする。
確かにギゼルお兄様と一緒に食事をすることになって顔を見合わせた方が、色々とお兄様の事を刺激してしまうかもしれない……。
どちらにせよ、良く思われないのなら、顔を見合わせない方がまだ、お互いのためにもなるのかも。
お父様との会話が途切れたタイミングで、料理が続々と運ばれてきた。
前菜から順番に、ではなく、今日食べる分の料理が全てきちんと揃って並べられていく。
料理を運び終えると、また、部屋からは人が消えて、また、私とお父様だけが、その場に残されてしまった。
「今日はお前のデビュタントのことについても話さなければならないと思っていたが。
一先ず、お前の用件から聞こう。
人払いをして話したいということだったが、能力がらみか? それとも精霊のことか?」
一瞬だけ、シーンとした室内で。
私を見ながら、お父様の方から、そう声をかけてくれた事に。
「一つだけではないので、少し長くなると思いますが、構いませんか?
能力のことも、精霊のことも含めて、色々とお話しすることがあったので」
と、私は、こくりと頷いて返事した。