「……うん、いいよ」
私の問いかけに、ルーカスさんが、誠実に見えるような表情を浮かべて、こくりと頷いてくれる。
その姿を確認してから、私は今、婚約の話を聞いてから、なるべくそのことを頭の中で整理して纏めたあと、幾つかの疑問点について質問してみることにした。
「私と婚約している間、ルーカスさんは、その六年を棒に振りませんか?
その場合、私以外の誰ともお付き合いをすることも出来ない訳ですよ、ね?」
「……まぁ、確かにねぇ。
でも、そうなってもその時、俺の年齢は二十二になっているかどうかだし。
そこから、縁談の申し込みとかが、一切、ない訳じゃないと思うんだよねぇ。
一応、侯爵家の人間だからね、俺も。……だから、それについては、お姫様が気にするようなことじゃないよ」
「……そう、ですか……。
じゃぁ、質問を変えますね?
今の話を聞いていると、きっと、それは、私にとっても、お兄様にとっても利があるお話なのだと思うのですが。
ルーカスさん……、エヴァンズ家にとっては……。このお話は、メリットのある話なのでしょうか?」
「うん、間違いなくあるよ。
エヴァンズ家にとっては、どっちに転ぼうとも、将来、君主に就く可能性の高い二人の両方ともを、支持することが出来る訳だからね。
この間も似たようなことを言ったと思うけど、皇女様は最早、その
「……っ、」
「気になることはもう、終わりかな?」
「最後にひとつだけ……。
もしも、仮に、将来の私に誰か。政略的な事情で、いい人が見つからなかった場合、ルーカスさんは、そのまま私と結婚をすることになってしまうと思いますけど、それは、嫌ではないんですか?」
「……それ、はっ……」
私の口から出る複数の質問に対しても、特に嫌がる素振りも見せず。
その全てに、流暢に回答してくれていたルーカスさんが、最後の私の質問で、ここに来て初めて動揺したように、その口を閉じたのが目に入ってきた。
そんな質問をされるとは『夢にも思っていなかったのだろう』ということは、その表情からも、読み取ることが出来る。
「……こんな話を持ちかけてきている訳だからねぇ。
当然、お姫様と結婚する心づもりはあるつもりだよ。
ただ、今のお姫様のことを、恋人の対象として見られるかって言われたら……。まだ幼すぎて、そういう対象っていうよりは、妹みたいな感覚に近いって言った方が正しいかな?」
ほんの少しの間があって、どこまでも慎重にルーカスさんが出してくれた言葉に、私自身も、一先ず、ホッとする。
これで、もしも『好きだ』とか、そういう感情があるって言われていたら疑っていただろうし、きっと、びっくりしていただろう。
……それに。
今、まさに、そういうふうに言われたことで『ルーカスさんのその態度』が、一応、婚約関係を結ぶものの、これから先の未来で、私と結婚をすることになるとは思っていないのだろうというのは明らかだった。
(多分きっと、どこかで破談になるだろうって……)
――そう思っている、ひとの顔だ……。
ルーカスさん自身は「将来、私に好きな人が出来たら破談にしてくれてもいい」と、私の前ではそう言ってくれているけれど。
婚約を、今、申し込んできた人が、これから先、政治的なものが絡んできて破談になってしまうとは言いにくいから、わざと、そういうふうに言ってくれているだけにすぎないのだとは思う。
最初から、将来、自分自身で『相手を選ぶことが出来る』だなんて、そんな考えは、私にも毛頭ない。
だから、私とルーカスさんの婚約がもしも、破談になるとしたら……。
お父様が私に、他にいい人を見つけたと、話を持ちかけてきた時だけだろう。
(多分、ルーカスさんは、お父様が、いつかどこかのタイミングで、この婚約を破談にすると思っているんじゃないかな?)
皇女である私の役割は、将来、君主になることがないのなら……。
この先、必然的に『政略結婚』という道が、皇女としては一番、国のために役割を果たせることになるだろうというのは、自分でも理解している。
……他国に嫁ぐことになるのか、そういうのまでは、まだ分からないけど。
(一応、こんな自分でも……。友好の証としては、強力なカードになるだろうから)
紅色の髪さえ、持っていなければ、本当はもっと役に立てたはずだけど。
――それはもう、今さらどうしようもない問題、だ……。
そして、今、この状況で……。
一応、私のことを考えてくれた上で、この話を決めるのは『私』でいいと、お父様も言ってくれているけれど……。
こうして、お父様の立ち会いの下で、説明がされている以上、この話を、私自身が引き受けることこそが、最善だということには変わりがないと思う。
(お父様だってきっと、今の今まで、ウィリアムお兄様が自分の跡を継いで皇帝になる未来しか考えていなかったはず)
――そのために、お兄様は早い段階からずっと、帝王学を学んできたのだから。
私達が無駄な争いをするというのは、きっと望んでいないはずだ。
だからこそ、そういう意味でもルーカスさんの言う通り、ルーカスさんと私で、仮初めでも、今ここで『婚約を結ぶ』というのが、きっと、一番いい方法なのだろう。
「……っ、」
そこまで自分で分かっているのだから、この話を引き受けるのが一番いいのだいうことは頭の中で理解していた。
でも、どうしても、今直ぐに答えを出すには……。
あまりにも考える時間が少ない上に、突然のことすぎて、頭の中が追いついてこない。
仮にもし、私が『結婚適齢期』になった時、お父様が、この婚約を破談にしなかったとしたら、ルーカスさんの一生をも『縛ってしまう』ことになる。
(私はその時、ルーカスさんを愛せる、だろうか……?)
そう思ったら、途端に、恐くなる。
それに……。もしも、万が一。
――お母様みたいに、なってしまったら……っ?
色々なことが頭の中を過ってしまって、いっぱい、いっぱいになってしまいそうな頭の中で、私自身、ルーカスさんのこと自体、まだあまり知らないし、その人となりもよく分からないということもあるんだけど。
それでも、全然知らない人と婚約を結ぶという状況と比べたら、凄く有り難い条件ではあるはずなのに、どうしてか、ツキン、と胸が痛むような思いもしてきて、自分のその感情に上手くついていくことが出来ず、おろおろしてしまう。
「あぁ、まぁっ。……今、突然、そう言われても頭の中も混乱するよなァ?」
そこまで、考えて、不意に、ルーカスさんから穏やかな口調で話しかけられたことでハッとした。
「お姫様が賢いから、お姫様に対してこんな話も普通に出来ていて、
まだ幼い場合は、よく分かってないことの方が多くて、本来は、結婚のことだなんて、その年で考えることが出来る方が珍しいからさ。
陛下からもゆっくりと考えて答えを出すといいって言われてるから、とりあえず、直ぐに答えは出さなくていいから、お試しで、暫く一緒に過ごしてみる?」
私が、一人、何も言えずに、この場で黙りこんでしまったのを見て……。
ルーカスさんから、そう提案してもらえたことで、私は心の底から安堵する。
「……はい、ごめんなさい。配慮していただいてありがとうございます」
「そう言われると、何ていうか……。
もの凄く、イケないことを強要してるみたいで、本当に胸が痛くなるんだけど。まぁ、これからゆっくりとお互いのことを知っていこうか?」
そのあとで、苦笑しながらそう言われて、私はルーカスさんのその言葉にこくりと頷き返した。