本来であれば補佐官は、事務員の中から選ばれるのが通例だ。
そのため魔術師として現場に出ているファリエが補佐官も兼任することは、異例中の異例であった。ここニーマ市の――いや、国内全ての自警団史上においても、かなりのレアケースだと言える。
なにせ魔術師はそもそもの総数が少なく、その中から治安維持の道に進む者は更に稀なのだ。このような貴重な人材を現場に出さず、裏方を任せる事態もまたほぼ皆無で当然であろう。
もちろんファリエも現場への出動回数こそ減らす予定ではあるものの、魔術師としての職務を完全放棄するわけではない。あくまで兼任なのだ。
逆に言えば、人間よりも魔術に秀でた吸血鬼の力を必要とする、かなり切羽詰まった危機的状況下へ優先的に回さられる可能性もあるのだが――その点については、ニーマ市の治安自体がほどほどにいいので、現状心配する必要はなさそうだ。
なにせ主な敵は、酔っ払って言うことを聞かないオッサンと、体力の有り余った不良少年たちである。殺人や、大規模な犯罪組織などとは無縁なのだ。
とはいえどっちつかずの宙ぶらりんな、悲しい役立たずになる可能性は大いに秘めている。
また今回の人事について事務員たちからの反発も懸念されたのだが、そちらは完全なる
その理由は主に二つだが、一つ目は無論ギデオンの過去の所業にある。
前任である彼が長らくサボり癖を患っており、更にティーゲルを舐めくさって色々とやらかしていたことは、他部隊の面々も薄っすら察していた。そこへ職務放棄からの交代劇が行われたため、誰もがこう考えたのだ。
「あれの後任になったら、どんな時限爆弾を抱える羽目になるか分からない。あんな奴の尻拭いなんて、まっぴらごめんだ」
なおこの意見については、第三部隊付きの事務員――一応はギデオンの元同僚になる――たちも同じであったりする。間近で彼の行いを見てきたので、なおさら後を引き継ぎたくなかったようだ。
結果、そんな火薬庫がごとき立場を引き継ぐファリエは団内から賞賛され、第三部隊の事務員からも喜んで協力する旨の申し出があったのだ。
おかげで宙ぶらりんの役立たずに陥る危険性も減ったため、人望のなさもたまには役に立つものだと評された。
ちなみに、第三部隊の補佐官職が嫌がられたもう一つの理由は、
「直接の上司のティーゲルさんはいい人だけど、横にいるあの鬼畜副隊長と関わり合いになるのはちょっと……」
であった。
”あの鬼畜副隊長”ことシリルは、そんな雑談を隠れて行っていた団員たちの様子を物陰から観察し、彼らの名前をメモに控えていた。ファリエはその恐ろしい光景を偶然目にして、
(そういうところだと思うんです、副隊長……)
心の中でだけ、そう呟いた。もちろん、本人には死んでも言えないだろう。
人望のなさが最後に役立った、元補佐官であるギデオンのその後であるが――
彼は現在も引き続き、ニーマ市自警団に勤めている。なかなかどうして、
ただ配属先は備品管理課に変わっていた。
彼の事務員としての経歴こそ長いが、入団から今までずっと部隊付きの業務だけを任されていたため、新たな職場では下っ端新人の扱いであるという。
本人としては屈辱なことこの上ない人事だろうが、生憎他部隊の隊長・副隊長たちがこぞって
「あのお人好しのティーゲルを怒らせたヤツは、さすがにウチじゃ手に負えない」
といった具合に受け取り拒否を表明したのだ。
かわいそうではあるが、順当な異動先であろう。
いや、実のところファリエは同情も哀れみも一切覚えていない。どちらかというと、彼に抱くものは嫌悪感と怒りばかりである。
何故なら事務員のほぼ全員が懸念していた爆弾処理改め、彼の業務の尻拭いに追われているのだ。
もちろんファリエとて、泣き虫で流されやすい人見知りだが、決して馬鹿ではない。
なのである程度のやり残し業務があることは、覚悟していた。
していたのだが……その予想を上回る量が、補佐官としての第一歩である本日発掘されたのだ。嫌悪感や怒りを覚えて当然だろう。
ギデオンが職務放棄した日から、ほぼそのままにされていた彼の机からは、多種多様な上司未確認の書類ならびに物体が、面白いぐらいに出て来ている。
いや、全く面白くないうえ、まだ手を付けられていない彼の書棚も残っているという惨状だった。
ティーゲルとシリルも、ファリエの人事異動が正式決定されるまでにいくらか片付けたのだが、残念ながらこれも焼け石に水であった。机の引き出しの、一段目の中身を処理するだけで精一杯だったという。
二人とも本来の業務を抱えての、隙間時間を使っての片付けだったことに加え、ギデオンには掃除人の心をへし折るような
「すまないファリエ嬢、俺は無力だった……!」
血涙でも流しかねない勢いでティーゲルにそう謝られたのは、いつのことだったか。
昨日――いや、今朝だったかもしれない。
どちらにせよ、お人好しのファリエに義憤を抱かせるには十分な理由だった。おかげで掃除への意欲だけは増したのは、不幸中の幸いであろう。