侑希を送って帰った私は家に着くと、靴も脱がずに玄関でガクッと膝を落とした。
完全に、やってしまった。
花火の前から、侑希の様子が少しおかしい気はしていた。私に何か言いたいけど、言えない、みたいな。
もしかしたらと思って、元々誘う予定だった花火に誘った。その途端、あんなにうれしそうな顔に変わるんだから、そんな彼女にどうしようもないくらいに愛おしさがこみあげてきた。
屋上に上がってふたりで並んで座って、彼女の手の上にそっと自分のを重ねた。てっきり、いつもみたいに「なに?」って言われるかと思ったのに、侑希は拒否することなく受け入れてくれた。
隣にいる侑希のことで頭がいっぱいで、最初から最後まで花火なんてまったく目に入っていなかった。
気づけば花火の音が消えていて、侑希の顔が目の前にあって、自分でも無意識のうちにその唇に自分のを重ねていた。なんでそんなことをしてしまったのか分からないけど、考えるより先に体が動いていた。
触れた唇は何よりも柔らかくて、今までに感じたことのない不思議な感触だった。
唇を離すと、侑希は目をまん丸くして驚いた顔でじっと私のことを見つめていた。無理もない、ファーストキスをこんな風に奪われるなんて思ってなかっただろうから。
「ふはっ。すごい顔してる」
なんともないふりをしてそう言ったけど、心臓は自分でも聞こえるくらいにバクバクしてて、声が震えてないか不安だった。嫌がられてないみたいだけど、まだ、侑希が何を考えてるかは分からない。私は不安になって、彼女から逃げるように彼女の手を離して立ち上がった。
扉の方に向かって歩き出すと、すぐに侑希が追いかけてきてくれて、私の手を取ってくれた。その時、ありえないスピードで跳ねていた自分の心臓が少しだけ落ち着いたのが分かった。
帰り道の侑希は、明らかに放心状態だった。何をしゃべりかけても返ってくるのは気の抜けた返事ばかりで、そんな状態にしてしまったことを、少しだけ申し訳なくなった。
キスしたことには一切触れなかったし、侑希が聞いてくることもなかった。
そうして、侑希のペースに合わせてゆっくり歩いているうちに、いつもの分かれ道になった。いろいろあって侑希も疲れただろうから早く帰らせて休ませてあげようと思っていたのだが、侑希は不満げだった。
「侑希お嬢様は、おうちまで送ってほしいのですか?」
茶化してそういうと、侑希は小さくうなずいて「……うん」といった。侑希はあんまりこういうわがままを言わないから、私はびっくりした。それと同時に、わがままモードの侑希のあまりのかわいさにその場で抱きしめたくなった。けど、こんな道端ではさすがに気が引けて何とか踏みとどまった。
侑希の家についても、彼女はまだ帰りたがらなかった。そして、いつも私がするみたいに手を広げてきた。
揶揄う気も起きなくて、私はその腕に飛び込むとぎゅっと抱きしめて、その腰をこちらに引き寄せた。
侑希の方から求めてくれるのが、こんなにうれしいなんて知らなかった。甘えたモードの侑希は、本当に、世界で一番かわいかった。
「ほんとにかわいいね、侑希は」
心の声が、気づかないうちに漏れ出していた。私の言葉で、すぐに侑希の顔が真っ赤になった。相変わらず、照れてるのが分かりやすすぎる。
「別に、かわいくない」
「そういうとこが可愛いの」
「もし、そうなら、凛のせい、だから…」
そんなこと言われて、我慢できるはずがなかった。私は彼女の顎に手を当てて、クイっと上に上げた。そしてまた、本日2度目のキスをしてしまった。
終わった後の侑希の顔を見て、彼女が私とのキスを嫌がってないというのは確信に変わった。
侑希は私の手を取ると、自分の赤く染めた頬をすり寄せた。そうやってこちらを見上げる彼女の顔は、どこかもの欲しそうにすら見えた。
そんな顔しないで欲しい。私だって、もう歯止めが効かなくなりそうなんだから。
ちょうどその時、車の音が聞こえて私達はすぐに離れた。侑希のお父さんが帰ってきたらしい。もしも帰ってきてなかったら、私はどこまで進んでたんだろう…
私は頭を振って、そんな考えを消した。
「お姉ちゃん、そんなとこで何してんの?」
私が玄関で膝をついたままでいると、ちょうど二階から降りてきた弟が不思議そうにこっちを見ながらそう聞いてきた。
「な、何でもないよ」
「何でもなかったらそんな場所に座らないでしょ。なに、失恋でもした?笑」
「んなわけないじゃん!」
私たちがずっと玄関でしゃべってるから、リビングからお母さんも出てきた。
「あら、二人ともどうしたの?」
「なんかねぇねが」
「何でもない!」
弟の口を手で無理やりおさえて口を封じる。
「?あ、ご飯できてるから、はやく食べましょ」
「う、うん」
お母さんはそれだけ言って部屋に戻っていき、再び二人になった。
「お姉ちゃん、どんまい。俺は応援してるから」
「ほんとに違うから」
「大丈夫大丈夫。俺知ってるから」
「え?な、何を知ってんの」
「お姉ちゃん、夜、たまに彼氏と電話してるじゃん。あと、スターセーバーの仕事ないのに、明らかに帰り遅いときもあるし。今日とかね?」
「違う!ただの友達だから!」
「にしてはやけに甘い声でしたけどね笑」
こいつなかなか侮れないな。隣の部屋で弟が友達とゲームしてる声が聞こえることがあるから、私の声も漏れていたんだろう。
「で、振られたの?」
「まず付き合ってないし」
「マジ?付き合わないの?」
「別に付き合わなくても…」
「ヤれることはやれるって?笑」
「エロガキ、そういう話はお姉ちゃんじゃなくて友達とやれ」
にやにやしてる弟の肩を叩く。私は立ち上がると、絶対にお母さんに言わないように口止めして、弟と一緒にキッチンに向かった。