帰りの電車の中。行きの電車の中よりも近くなった2人の距離。私はスマホをいじって、ホーム画面をさっき撮った写真に変えた。
「じゃーん」
「ちょ、それ!!」
侑希に見せると慌てて私のスマホを奪おうとする。私は手を高くあげて、侑希の手からスマホを遠ざけた。
「私、変な顔してるじゃない!」
「ううん。撮り慣れてない感じでかわいいよ笑」
「ちょ、変えなさいよ!」
横で怒ってる侑希を無視しながら、私はスマホを閉じてバッグにしまった。
侑希の怒りもおさまった頃。私は、自分の膝に置かれた侑希の手を、握ったり離したりしながら遊んでいた。こうやってみると、侑希の方が少しだけ手が小さくて、運動をしてないからかモチモチしてる。
「ちょ、私の手で遊ばないで」
「はぁーい。ねぇ、また来年も来たいね」
「うん。でも、来年の今頃は受験直前だし、きっとイルミネーションを見に行ってる時間なんてないわね」
「受験なんて考えたくないー」
「ほんとにそうね」
来年の今頃か。受験勉強をしている自分なんて、微塵も想像がつかないけど、1年後には必ず受験生になっているんだ。今はこんなに楽しい毎日なのに、そう考えるとなんだか不思議な感じがする。
スターセーバーの仕事は、来年も続けられているんだろうか。受験勉強とアイドルの仕事なんて、本当に両立出来るんだろうか。分からないことだらけだけど、今みたいに横に侑希が居てくれるなら、なんだって乗り越えられる気がした。
もう、そこそこ遅い時間だし、あったかい空調は眠気を誘う。会話が止まってすぐに、横で侑希がうとうとし始めた。頭がどんどん前に下がっていく。
「侑希、眠い?」
私が小さな声で呼びかけると、侑希はハッと顔をあげて、目を擦った。
「ううん。別に、眠くないわ」
「うそ、眠いでしょ笑。着いたら起こしてあげるから、少し寝てな?」
自分の肩をポンポンっと叩いて、頭を預けるように促す。それでも侑希はなかなか言うことを聞いてくれない。
「凛の方が、疲れてるもの…」
「私は行きに寝させてもらったし。それに今日はたくさん待ってもらったんだから、それくらいさせてよ。ね?」
私がそう言うと、侑希は諦めて、私の肩に頭を預けてくれた。優しい重みが左肩にのしかかる。
「おやすみ、侑希」
耳元で声をかけてまだ冷たい手を握ってやると、少しだけピクッと動いたけど、すぐに寝息を立て始めてしまった。寒い中1時間も待ってくれていたんだから、それは疲れるだろう。
私は駅に着くまでの残り30分。寝過ごして、降り損ねてしまわないようにスマホをいじっていた。
電車が駅についた。なんとなく幸せなこの時間が終わるのが嫌で、できれば降りたくなかったけどそうも言ってられない。私の肩に頭を預けて、ぐっすり眠っている侑希の肩を優しく叩いてやる。
「侑希、ついたよ」
「ん、っ…」
「降りよう」
侑希のバッグを持ってやり、手を引いて電車を降りた。来る時と真逆になってしまった立場が可笑しかった。
駅を出て2人で家まで歩く。雪はすっかり止んでいたけど、濡れた靴の感触だけが気持ち悪かった。
侑希は次の角を曲がる。私はまっすぐだから、もうお別れだ。楽しかったから、なんだか寂しい。
「まだ帰りたくない」
「そうね」
でも、侑希の親御さん達を心配させるわけにもいかないから。私はゆっくりと、握っていた侑希の手を離した。まだ離れてないのに、もう寂しくなってしまう。
「冬休み、会える?」
「お正月以外なら、多分大丈夫よ」
「また連絡する」
「うん。待ってる」
バイバイと手を振って歩き出した。時間を確認するためにスマホを開くとさっきの写真が見えて、ほんの少しだけ元気になれた気がした。
翌朝。
昨日は帰りが遅くなって、結局寝たのは3時くらいだった。しかも雪が降ったから寒くてなかなか起きられず、私は昼前に妹に叩き起こされるまでぐっすりと眠っていた。
「ねぇね!早く起きて!」
妹に起こされた私は、一階に降りると顔を洗ってキッチンへ向かった。多分昼ごはんであろうオムライスが用意されている。
私は席に着くと、昨日撮った写真を見つめながら、ゆっくりと遅めの朝ご飯を食べた。幸せな気持ちでいっぱいだった。
ちょうどその時、通知の音が鳴った。
もしかして、侑希かな?
ワクワクしながらLINEを開くと、案の定侑希からだった。空いてる日付と時間が送られてきて、私は自分のスケジュールを確認する。年末は結構忙しいから予定がパンパンだけど、大晦日の2日前ならなんとか会えそうだ。
侑希に会うの、楽しみだな。昨日会ったばかりなのに、もう侑希不足だ。一緒に行きたいところもいっぱいあるし、話したいことがたくさんある。
早く会いたいな。
「ねぇね、なんでわらってるの?」
「え?」
気づけば、横に妹が立っていて、私の顔を見ながら不思議そうに首を横に傾けていた。
「スマホみながらわらってるから、なんだろっておもって」
「な、なんでもないよ」
慌てて真面目な顔に戻して、残ったオムライスを頬張る。妹は「ねぇね、へんなの」と言って、リビングの方へ行ってしまった。
最近はすぐに侑希のことを考えてしまう。お店で何かいいものを見つけても、侑希にあげたら喜ぶかなぁ、とか、何か面白いことがあったら、侑希ならどんな反応するんだろう、とか。
これじゃまるで私、侑希のこと…。
そこまできて、その先を考えるのはやめた。私は今まで誰かを好きになったことがないし、きっとこれは、友達へ抱く気持ちの延長線上なんだろう。
私は侑希とのトーク画面を閉じて、マネージャーからの連絡を確認する。お正月の配信のことや、ダンスレッスンのこと、その他にも色々なリマインドが送られてきていた。
こんなことで浮かれている場合じゃない、私は星空蒼なんだから。たくさんの人に愛されるように、やらなきゃいけないことは山ほどある。
また頭に浮かびそうになった侑希の顔を、自分のほっぺを叩いて無理やり振り払う。
そもそも、アイドルに恋愛なんてものは御法度なのだから。